記憶奪還編

第35話.????「身体は揺れても心を揺らすな」

【????】


 ああ、また目覚めてしまった。一日が始まる。


 目を開けて、ふと下に視線を落とした。液体に浮かんでいる丸裸の身体は、生命活動に必要な栄養だけを与えられた貧相な姿だ。乙女としては恥じらうべきであろうが、そんな感情はとうの昔に無くしてしまった。


 それにしてもこう毎日プカプカと液中に漂っていると、まるでクラゲにでもなったかのような気持ちになる。…………こう考えるのはいったい何度目だろうか。ただただ生きてUEを搾取されるだけの日々に刺激はまるでなく、思考はぐるぐるとループしているみたい。まるで壊れたビデオのように、同じところをぐるぐるぐるぐる。


 あの日から、どのくらいの時が過ぎただろう。時間感覚が狂ってしまっていて数ヶ月なのか数年なのか、もしかしたら数十年なのか数百年なのか……とにかく、長い時が過ぎたことだけは確かだ。


ここからの景色はずっと変わらないから、外がどうなっているかは全く分からない。私の世界はこの陰気な研究室と、『マザー』たる超次人工知能の見上げるほどに巨大な本体だけだ。メタリックな彼女はたまに喋ることもあるけれど、結論はいつも同じだ。


『人間は私が救わねばならない』


 当たり前だ。彼女はそれだけのために生まれたのだから。


 もう、私たちの文明は滅ぼされてしまったのだろうか。ムーンエレベーターで行った月面遊園地。パパが給料で買った電磁自動車や一樹にいの仮想世界シミュレータも、みんなみんな、なくなってしまったのだろうか。


 なくなってしまったんだろうな……。もう二度と、あの頃には戻れないのだ。みんな、きっともう私のことは憶えていない。それで、いいのだ……。


 そのまま数時間何も考えずに液体の中でUEを吸われる疲労感に苦しんでいると、突如として警戒アラートが部屋に鳴り響き、マザーが口を開いた。


「――Z0地点に時空フィールドの揺らぎを感知しました。照会致します…………照会完了しました。揺らぎは個体A0003のUTの影響と確定。対処を検討……速やかに実施致します」


 時空フィールドの揺らぎ……個体A0003……まさか。


 まさかまさかまさか。


 みんな、なの? ほんとに……? みんなが帰ってきたの?


 それなら世界はきっと、救われる。

 そして、私も……。


 いや落ち着け、ダメだよ私。身体は揺れても心を揺らすな。期待なんかするんじゃない。みんな、私のことは忘れているんだから。


 ああ、でも……。もし、みんなに会えたなら。


 きっと私、その時は死んでもいい。

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