第34話.志田三華「私の願いが届く日は、きっと来ない」

【志田三華】


「――バイバイ」


 最後にパパに別れを告げると、世界がぐるりと回った。色んなものが溶け合い視界を回り続ける。時空の歪みが私を元の居場所に戻そうとしているのだ。


 パパの腕があった場所が少し温かい。その部分にそっと指で触れ、目を閉じた。


 一瞬の浮遊感の後、足に確かな感触が返ってくる。着いたみたいだ。


「おかえり、三華」

「ただいま、お兄ちゃん」


 SUT作成のために必要な金属板やUT回路図に、銀水晶製のUE充填タンクが並んだ雑多な研究室の中央で、お兄ちゃんは懲りもせずにUT回路を弄っていたみたいだ。マザーを倒すのに必要だからとは言え、無理のし過ぎは良くないんだけど、何度忠告しても聞きやしない。


「父さんは助けられた?」

「うん! 何とかギリギリ間に合ったよ。助ける時間と色々と伝える時間を考えてあのタイミングにしたけど、もう少し早くても良かったかも。マザーのこととかエイモアさんのこととか龍種のこととか、全部伝えきれなかったや」


「いやいや、救えりゃそれで十分だろ。エルフの里のことは言ったんだろ? あそこに行けば、父さんなら俺たちより早く真実に辿り着ける。それに二葉や母さんもいるんだ。この世界よりは可能性があるさ」


 少しだけ顔に陰を落として、お兄ちゃんは言った。過去に二人を亡くしてしまったことを思い出したのだろう。


 幼い頃に私のせいで死に別れてしまったパパは、過去に戻って助けたからと言ってこの時代で生き返るわけではない。それはお姉ちゃんやママも一緒だ。この世界はもう、そういう歴史ができてしまっているから、世界自体が歴史を改変しようとしない限り死者は甦らない。


 突如バタンと扉が勢いよく開いて、黄金の髪を持った女性が部屋に入ってきた。


「あら三華、帰ってきましたのね」


 露出の高い戦闘服を纏ったスタイル抜群の彼女は、パパに会いに行くことを勧めた「エルシー」その人である。ぷるんとした唇がセクシーで色気は凄まじく、初対面の頃に比べて確実に大人の女性と変化している。見習いたいものだ。


「さっきまで幼い頃のあなたがいたのだけれど、随分と私に懐いてかわいらしかったですわ。強くなりたいと言っていたから、今のあなたの戦闘スタイルを教えておきましたの」


「あはは、なんか照れ臭いね、ありがとう。三華の戦い方って、『記憶旅行』? 最近できるようになった技なのに、昔の私にできるかなぁ」


 エルは微笑を浮かべながら、緩やかに巻かれた髪をくるんと指で回した。


「できますわ。三華はやり方を知らなかっただけ。やれるってことを知っておけば、ずっと早くできるようになれるわ」

 エルの言葉に頷く。


「そうだったらいいな。三華あの頃はずっと、みんなの足でまといなのが悔しかったから」


 そう。あの時、三華が自分で戦える力を持っていれば、お姉ちゃんは傷付かなかったかもしれないし、パパは死ななかったかもしれない。たらればになっちゃうけど、それからしばらくはずっとそうだった。『時渡りの巫女』である三華は各国や八星十字に狙われ続け、お姉ちゃんやママは死んでしまった。


 この世界ではもう遅いけど、過去の志田三華はみんなの力になってあげれたらいいな。


 ――ビシャアアアンッ!

 落雷の落ちた音が空気を震わせた後、扉が開いて白銀の女性が現れた。


「あ、おかえりなさいセラさん」

「おかえりなさいませ」

「おつー」

「ただいまみんな。ふぅ、さすがの僕も少し疲れたや。今日はゆっくり寝たいもんだね、カズ君」


 セラさんはサングラスをかけてSUTを弄るお兄ちゃん(UEが光として見えるお兄ちゃんは、サングラスをかけることでUE光なしで物体を観察しているらしい)の真横にある椅子に腰を下ろした。


「ああ、そろそろ終わる」

「カズ君のそろそろはまだしばらくって意味だからね、ベッドで気長に待つとするよ」


 そう言ってセラさんは肩をすくめた。二人は恋人関係なのだ。というより、もはや夫婦という方が近いかもしれない。三華もいつかは……なんて思ってはいるけど、残念ながら戦争中の今はそんな余裕がない。


「セラさん、トレッツィエル基地は落とせそうです?」

「うん、流石に機兵の数も多かったけど、どうにかなりそうだよ。グレニラーチ本部との交戦も、案外近いかもしれないね」


 そうか。数年前に始まった戦争も、もう終わりが近付いている。世界の全てを知った日に起きたこの戦争では、既に多くの犠牲者が出ていた。終わらせられるなら早く終わらせたいものだ。


「……もう少しだ。もう少しで、三菜に手が届く」


 お兄ちゃんが口から漏らしたその呟きは、小さい声だったがその空間にやけに響く。


「そうしたら、みんなを――」

 ニヤリと口角を上げるお兄ちゃんの瞳は、怪しく光っていた。


「お兄ちゃん…………」


 あの日から、お兄ちゃんはまだどこか壊れてしまったままなのだ。


 お兄ちゃん、思い出して……。三菜も大切な家族なんだよ。


 私の願いが届く日は、きっと来ない。

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