第29話.志田一樹「ごめん父さん、多分無理かな」
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グレニラーチ中央、巨大な噴水のある天杯の大広場から北に伸びる通りを脇道に入った先に、そこはあった。
夜ということもあり、薄着の女性たちが煌びやかな建物の中から手を振っている。そこに入っていく男たちはどこか浮かれた様子でそわそわしている。
流石に高校生ともなれば性の知識ぐらい一般教養として履修済みであるので、ここがどのような場所かぐらい分かる。普段なら俺もそわそわしてしまったかもしれないが、今日ばかりはそんな気分になれなかった。
その隣の赤い屋根に白い壁の建物が今回の目的地、影兜のアジトだ。そんなに大きいわけではないから、人数はあまり多いわけではなさそうだ。
見張りの人間が立っているので、そいつを倒してからでないと中には入れない。仲間を呼ばれたりなんかしたら最悪だ。
まずは、テライドがその見張りを倒すことになった。
テライドが黒服をきた見張りに近付き何かを言うと、見張りは慌てた様子で建物の中に入ろうと背を向けた。そこを槍の柄を使って一撃で昏倒させる。中々に鮮やかな手際だ。
テライドが手招きするのを確認して、建物に近付いた。板でできた扉の奥からは陽気な歌声混じりの声が聞こえてくる。宴会をやっているようだ。
「まさか小娘を攫うだけでこんな金がもらえるたぁな! こりゃあ一生遊び放題だぜ!」
「恐ろしく強い化け物女がいたけどなぁ! まあジョンジョンミン様が助っ人に来てくれたお陰で、助かったぜえ! 泣きながら小娘に手を伸ばしていたのが最高に傑作でよお!」
「うわー、性格悪いなお前」
その会話を聞くのが早いか、横にいた父さんは何も言わずに扉を開けた。
「あ? な、なんだお前ら!」
大きなテーブルには料理や酒がたくさん並べられている。宴会でもしていたのだろう、男たちは皆顔が赤く、酒に酔っている様子だった。
「黙れ」
父さんは低い声で呟き、突然の状況に動揺している男を殴り飛ばした。倒れる男の顔面に容赦なく蹴りを入れる。母さんや二葉のように鍛えられた技ではなく、ただ単に憎しみを暴力に代えてぶつけている。
「い、いきなり何すんだゴラァ! お前ら、やっちまえ!」
倒れた男が叫ぶと、周りの人相の悪い男たちが一斉に攻撃を仕掛けてきた。人数は十五人ほど。『ウインド』や『ロック』と言った基本職の魔法が多く、多方から一斉に攻撃が飛んでくる。
「『王の盾』」
「耐えてねトーランド、『守』!」
ラナールの『付与術エンチャント』による防御力強化とトーランドさんの衝撃緩和による人間要塞は、相変わらずとてつもない防御力だ。大きな身体で全ての攻撃を受け切ってなお、傷一つ付いていない。
「おおぉ! 『伸槍』!」
テライドが雄叫びを上げ槍を突き出すと、槍の柄が勢いよく伸びて男たちの一人を突き刺した。
「むんっ!」
槍を抜いて振り回すと、数人を纏めて吹き飛ばす。最初会った時は魔法を使わなかったが、副隊長ということもあり確かに強い。
俺も戦うために武器強化で剣を強化する。
まだドルー戦の疲れが抜けず、身体が怠くて堪らない。父さんもきっと同じ状況のはずだ。長くは戦えない。
「はああ!」
「うおっ」
切りかかってきた男の剣を何とか止めた。
何とか、持ってくれよ……。
▽
「はあ、はあ、はあ……」
どうにか全員倒した。と言っても、ほとんど倒したのはトーランドさんとテライドだが。俺は剣で自分の身体を守るのが精一杯だった。まともに戦う力は残っていない。
死屍累々の荒れた部屋の中、十五人ほどの男たちが倒れ、呻き声をあげている。殺してはいないようだ。
「おい、三華をどこにやった……?」
倒れた男の一人に、感情の読み取れない低い声で父さんが訊いた。
「う…………」
頭を持ち上げられ、男が呻く。
「顔を焼かれたくなかったら早く言え。代わりならいくらでもいる」
淡々と言う父さんは、完全にブチ切れているようだ。普段から怒っても怖くない人だったが、本当にキレるとここまで怖いのか。ギャップがある分、母さんより怖いかもしれない。
「う、上だ。ボスの部屋にいるはずだ……うっ!」
父さんは乱暴に男の髪から手を離すと、すっくと立ち上がる。
「上に行きます。一応、ジョンジョンミンがいるかもしれないので警戒を解かないように」
「うん」
「了解了解ですですデス」
――は?
慌てて声のした方を振り返る。トーランドさん、ラナール、テライドが立っていたはずのそこには、ひょろっとした長身の男が不気味に立っていた。長いコートの先から見える鋭いナイフからは、血が滴り落ちている。
「――ぐっ!」
「あらあらまだまだまだまだ気を失ってないです? 偉いようで偉くないようで可哀想で同情しますですはい」
細身の男の足元には、トーランドさんたちが地に伏していた。ラナールとテライドは完全に気を失っているようだ。ナイフで切られたのだろう、赤い血液が床に広がっている。
そんな馬鹿な、全く気付かなかった。
「トーランドさん! ラナール! テライドさん!」
「ではではこれでサヨナラサヨナラバイバイキン」
男はナイフをトーランドさんの頭部に突き立てようと振り下す。
「やめろ!」
咄嗟に剣を振る。間一髪、ギリギリでナイフを弾くことができた。
「えええー、邪魔しちゃいますます? 面倒面倒コケコッコー。君を先にサクッとサクサク頂いちゃいます。『ジャックナイフ』」
男がナイフを虚空で振るう。
「なんっ――」
ナイフから漏れ出した魔力の光が、数十センチ先の俺の胸の上で、刃の軌道を正確に描く。光はブレストアーマーの下に食い込んでいる。
マズい。
身をよじり何とか光の線から身体を遠ざけるが、間に合わず浅く肩が切り裂かれた。
コレか、二葉がやられた魔法は。ナイフの斬撃を任意の場所で放つ能力。
鎧の下から攻撃できるから、トーランドさんの魔法も関係ない。あれはあくまでも鎧にかける防具強化魔法だ。
「あれあれ? え? え? 避けちゃいます避けちゃいます? そんな、ジョンジョンミンさん困惑ワクワクドキドキです」
「くそ、訳わかんないこと言いやがって……」
厄介だ。この魔法がある限り距離を取ることに意味がない。どこからでも腕を振るだけで攻撃できるのだから。
その上、魔法を使わなくても二葉と同じくらい強いなんて、反則だろ。
「一樹!」
父さんが近寄ってこようとするが、俺はそれを手で制した。
「これは、俺にしか避けられないタイプの魔法みたい。ここは俺に任せて、三華をお願い!」
そう、これは魔力を見ることのできる俺にしか相手ができない。父さんが来ても死ぬだけだ。
「そんなそんな、逃がすと思いますです?」
光が父さんの身体に向かって走る。それが見えない父さんは、攻撃をされることにも気が付いていない。
――ガギィッ!
「やらせると思ったか?」
俺はジョンジョンミンのナイフを直接受け止めた。魔力がナイフの軌道を再現するなら、ナイフを振らせなければ魔法は発動できない。
しかしそれでも完全には防ぎきれず、父さんのコートに切れ目が入った。
「いいから、父さん、早く!」
「――すまない! 死ぬなよ! 一樹!」
父さんはそう言い残し、階段を駆け上がって行った。
死ぬなよ、かぁ……。
ごめん父さん、多分無理かな。
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