第28話.志田一樹「無駄にカッコいい名前しやがって」

【志田一樹】


 母さんは重傷を負った二葉を治療しなければいけないから、三華の奪還は俺と父さんで行くことになった。


 ただ、三華を襲った相手の場所が分からなければどうしようも無い。


 黒づくめの男たちとジョンジョンミンの居場所を探るため、俺たちはある場所に来ていた。この街の領主、エイモアの邸宅である。


「というわけなんですが、何か知りませんか?」

 父さんが説明を終えると、エイモアは頭に手を当てて少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。


「その黒い服の男たちは、『影兜』だろうね」

「影兜……? とは、何ですか」


 無駄にカッコいい名前しやがって。


「グレニラーチに潜む裏組織だよ。と言っても大きな犯罪には手を染めず、店の用心棒のようなことをしてお金を稼いだり、娼館を経営したりしていたみたいだけどね。急にそんなことをするなんて考えにくいけど……」


 要するにヤクザみたいなものだろうか。


「なるほど、分かりました。影兜のアジトのような場所は分かりますか?」


「街の北の方に娼館があって、その横の建物が影兜の本部さ。ボクはこれから、現れた龍種のことで色々と用事があるからついてはいけない。ごめんね」

「いえ、場所が分かっただけでもありがたい」


 龍種というのは、セラが今朝討伐に向かった魔物のことだろう。たしかに街を滅ぼしかねない魔物がいるなら、領主としてはそちらの方が優先なのは仕方ない。


 正直『大賢者』で複数の魔法が使えるというエイモアが力を貸してくれることを期待していた。俺も父さんもドルーとの戦いでかなり疲弊しているから、どこまで戦えるか分からない。


 三華を助けるためには俺たちの力だけでは足りそうもないが、三華がずっと無事な保証はない。


「ありがとうございました。それでは」

「あ! そ、その……」


 父さんが頭を下げて帰ろうとすると、エイモアは焦って呼び止める。いつも達観しているエイモアが焦るなんて珍しい。


「二葉は無事かな……?」

 照れたように言うエイモア。なるほど、二葉関係か。


「今は桜が治療しているので何とか大丈夫そうです」

「そっか、良かった。……ボクは行けないけど、誰か応援に行かせるから、家で待っててよ」

「ですが、そんなに長くは……」


 父さんの気持ちはよく分かる。今だって三華がどんな思いをしているか考えるだけで怒りが湧いてくる。ゆっくりと集合を待っている時間はない。


「大丈夫、すぐに行かせるから」


 そう告げて、エイモアは幼い笑みを見せた。



 本当にすぐに来た。俺たちが家に帰ってから十分も経たないうちに彼らがやってきた。


「無事か、二葉」

「ちょっとトーランド、心配なのは分かるけど、ちゃんと寝せてあげなきゃ」


 ラナールに嗜められ、珍しく動揺していたトーランドさんは大人しくなった。二葉のことを娘のように思っているトーランドさんにしても、二葉が傷ついたのがショックでならないようだ。


「急を要する事態ということなのでこれ以上時間を取るのは不毛である。敵陣は割れているのだから、早急に突入するぞ」


 トーランドさんよりは薄い、身軽そうな甲冑を装備した髭面の男が見かねてそう言った。

 グレニラーチ守衛団副隊長のテライドだ。この人が来るのは意外だった。


「でも、ジョンジョンミンって奴はどうする? トーランドさんより強そうって話だけど」

「戦闘を避けるしかあるまい。その男の魔法は聞いたことがないが、遭遇しなければ問題ないだろう」


「そりゃあ避けれるに越したことはないけどさ、そんなこと可能なの?」

 簡単に言うテライドに訊ねると、テライドは「はあ」とため息をついた。


「愚か者め、可能か不可能かではない。やるしかないのだ。三華殿を攫った奴らの目的は恐らく『時渡り』の確保だろう。どこの誰が裏についているかは分からぬが、影兜単体の犯行ではないはずだ。ジョンジョンミンという男は聞いたことがないから、恐らく別の組織の人間だろう。二つの組織が手を組んでいるとなれば、場所の割れている影兜にわざわざ三華殿を置いておく理由がない。もうこの街にいるかも分からぬのだ。今突撃せずしていつする気だ」


 テライドは腕を組んで滔々と述べる。最初の印象ではただのエイモア信者の兵士だったが、副隊長を任せられているだけあって優秀らしい。そう言えば最初会った時、セラも優秀だって評価してたっけ。


 ぐうの音も出ないほどの正論に、黙るしかなかった。冷静に状況が分析できていなかったのは俺の方らしい。


「テライドさんの言う通りだ。これから北の通りにある奴らのアジトを襲う。敵は影兜、並びにジョンジョンミンという謎の男だ。ジョンジョンミンとの戦闘は出来る限り回避するつもりだけど、もし遭遇した場合は……すみませんが、トーランドさん、お願いできますか」


「うむ、二葉を傷つけた男とやらは許しておけん。任せろ」

 気合の入った様子のトーランドさん。たしかに衝撃緩和の能力なら、ジョンジョンミンの謎の魔法も防げる可能性が高い。この中では適役だろう。


「影兜のボスって『爆弾魔』だよね。あいつはどうする気?」


 ラナールが二葉の横で疲れて寝てしまった母さんに毛布を被せながら言った。


「ダイダル・ボアーグ。職業は『爆弾魔』。魔法は詳しくは分からないけど、名前の通り爆発系の魔法だろうね。うちは正直相性的に良くないから戦いたくないけど……」


「僕がやるよ」


 そう言い切った父さんの目は、何かの感情に燃えているようだった。決意……いや、殺意だろうか。温厚な普段の父さんと同じ人とは思えない。


「じゃあ、行こうか」


 冷えた声で、父さんが告げた。


 俺も兄だ。二葉と三華、妹を傷つけられて黙っておくわけにはいかない。正直怖くて堪らないが、それ以上に三華が心配だ。


 ここで震えて何もできなかったら、一生後悔することになる。

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