第27話.志田二葉「お姉ちゃんなのに……」

【志田二葉】


 時は数時間前に遡る。



「あーあ、留守番暇だなぁ」

 ソファに寝転びゴロンと転がる。午前中のうちに水汲みや掃除は済ませたから、午後はやることがない。スマホもテレビもないのってやっぱり不自由極まりない。スマホ触らないで一日過ごすとか昔だったら考えられなかったんだけど。


「お姉ちゃん、一緒に遊ぼ」

 さっきまで机でプリクラ帳を眺めていた三華が、とことこと歩いてきて袖を引っ張った。マジ激カワじゃんこの生物。


「よし、遊ぼっか! 何する? トランプ?」

「トランプ飽きた……」


 口を尖らしてぶーたれる三華。まあ、夜とか暇すぎて家族でトランプすることが多かったし、それもそっか。大富豪もババ抜きも、もう一生分した気がするし。


「んー、じゃあ…………あ、ショッピングは?」

「おー、行きたい行きたい!」

「お小遣い貰ってっしね! かわいいアクセ、ゲットだぜ!」

「ゲットだぜ!」


 目をキラキラさせる三華の頭を撫でて、ソファから勢いよく起き上がる。

 そうと決まったら「善はなる早で」って言うし、早速出かけよう。水汲みの時に着替えてるから、あたしはこのままでも出かけられる。


「じゃ、着替えてきて三華。三分以内に来なかったら置いてっちゃうぞー」

「え! 待って待って、まだ数えないで!」

「ダメー。いーち、にー、さーん」

「待っててね! 先に行っちゃやだよ!」

「よーん、ごー、ろーく」

「ぎゃー! わー! まだまだ!」


 慌ただしく自分の部屋に走り去った三華を目で追って、くすりと笑う。本当にかわいい。あたしの癒しだ。

 さて、玄関で待っとこうかな。西の通りに、イヤリングみたいなアクセを売っている店があったはずだからそこに行こう。ついでに、もう一着依頼用の武道着買っとこうかなぁ。


 これからの予定を考えながら玄関に向かう。やっぱり服とかアクセのこと考えるとテンションが上がるなぁ。女の子はオシャレを忘れちゃダメだよね。


 ――トントン。

 そうして玄関で三華を待っていると、ドアがノックされた。


 パパたちやセラちゃんはノックなんかしないから、自然と相手は限られてくる。トーランドさんかラナだろう。何か用だろうか。


「トーランドさん? 今開けるね」

 鍵を開けて、扉を開いた。そこにはいたのはトーランドさんやラナではなく、黒づくめの服に身を包んだ五人の男たちだった。


「……誰? あんたたち」

「よし、突入!」


 質問に答えようともせずいきなり入ってきた侵入者に、あたしは一旦距離を取った。廊下は細く、取り囲まれる心配がないからだ。それにこの廊下を抜けない限りは、他の部屋には行けない。


「いきなり何のつもりなワケ?」

「……『時渡り』はどこだ?」


 狙いは三華か。なら、尚更ここを通られるわけにはいかない。


「私がそうだけど」

「嘘をつくな。『時渡り』は十歳の少女と聞いている。……まあいい、殺して探せば済むことだ」


 そう言ってリーダーらしき男は、「行け」と手を振った。


「『魔纏い』」

 四肢に魔力を纏わせる。ここは先手必勝だ。


 片手剣を持って突っ込んできた男を半身になってかわし、腹部に掌底を叩き込む。吹っ飛ばされたそいつが後ろに続いていた男にぶつかりよろめいたので、その隙に飛び膝蹴りを顔面に入れた。グシャリと嫌な感覚。


「なっ! こ、こいつ強いぞ!

「狼狽えるな、遠距離から魔法で攻めろ!」


 バッカじゃない? この家に入ってきた時点で、距離が取れるほど広くないのに気付けっての。

 壁を蹴って気絶した男たちを乗り越え、後ろで放出系の魔法を放とうと構えている二人に肉薄する。


「くっ、『ウイン――」

「――人の家壊すなっての!」


 魔法が完成する前に上段蹴りでこめかみを撃ち抜く。魔法使いの男はそのまま飛んで、家の壁に激突した。壁に穴が開く。


「……だから、壊すなって」


 壊したのはお前だろとでも言いたげな顔で、もう一人の魔法使いが『ウインド』を放った。風が吹き荒れ、壁にかかっていた絵や靴箱の上に並べてあった置物が地面に落ちる。


 顔は何とかガードしたが、風が腕や足を浅く切り裂いた。服もボロボロだ。


「お気に入りだったのに!」

 もう一発『ウインド』を撃とうと手を翳す男を足払いして、倒れるのに合わせて踵落としで頭を床に強打させた。もちろん死なない程度に加減はしてある。


「で? 残りはあんた一人だけど?」

「この……化け物め……」

「はぁ? 激カワ美少女だし。で、あんたらはどこの誰の差し金?」


 こんなに弱い五人のみの組織なワケがない。彼らは実行犯だとして、裏から命令した奴がいるはずだ。少なくとも、箝口令が敷かれていた三華の職業についての情報を知りうる人物。誰だ?


「…………」

「喋らない感じ? 別にいいけど。じゃ、遠慮なく倒させてもらうし」


 彼我の距離を一瞬で詰め、力を抑えた正拳突きを胸に放った。これで、終わり!


「――すみませんすみません、少しだけ松ぼっくり!」


 しかしあたしの拳は、高い声と共に男の後ろからニョキッと出てきた長い腕によって止められてしまった。新手だ。手加減していたとはいえ、あたしの拳を片手で止めるなんて……。


 すぐにバックステップで距離を取る。


「ジョ、ジョンジョンミン様!」

「そうですそうですジョンジョンミンですです。お前らが『時渡り』の回収に失敗したらマズいから来た来たノーズです」


「そうでしたか……ジョンジョンミン様がいれば心強い! ありがとうございます!」

「いいからお前は『時渡り』探しに行く行くですよー。さもなければればレバータレ味」


 リーダー格の後ろから現れた男は、一言で言えば長かった。細身の体躯に長い手足、高身長。病弱そうな男だ。長い髪が七三に分けられている。


 ふざけているような態度を取っているが、身体から出ている威圧感は別格だった。武道家としての勘が、絶対に勝てないと伝えてくる。どんな魔法を使うのか分からないが、勝負にもならないだろう。

 ここまで格の違う相手だなんて。正直トーランドさんより強いと思う。セラちゃんと同じくらいの圧倒的な強者感。


「お姉ちゃん……?」

 リビングの扉を少し開けて、三華が顔を覗かせていた。怯えているのだろう、声が震えている。


「隠れて! 絶対に来ちゃダメ!」


 そう叫び、リーダー格の男を倒そうと距離を詰める。

 二対一は不利すぎる。三華を守るためにも、まずは一人だけでも!


「ダメですダメです。お嬢さんはジョンジョンミンがお相手お相手愛してる」

 しかし、ジョンジョンミンと呼ばれた男が長いコートの下からナイフのようなものを取り出し、切り付けてきた。


「くっ!」

 回避が間に合わず、二の腕が大きく切り裂かれた。血液が服に染み込む。


「よくぞジョンジョンミンの攻撃避けたですです。褒めて遣わしわしわし」

 避け切れてないっての、くそ。どうする。


「ハァッ!」


 踏み込み、ナイフを持った方の腕に手刀を叩き込む。普通だったら折れるほどの力だけど、回転することで勢いを殺された。しかももう片方の手にもいつの間にやらナイフが握られていて、回転した勢いのまま頬を切り付けられた。


「っつう……」

 まだ魔法を使っている素振りすらないのに、真っ当に強い。どうしよう、どうすれば……。


「きゃあああっ!」

 しまった! ジョンジョンミンに気を取られすぎて、もう一人が奥に向かったのに気が付いてなかった。


 ジョンジョンミンに背を向けてリビングに向かう。部屋の中は三華が男から逃げようと物を倒したり投げたりしているせいでめちゃくちゃだった。花瓶は割れ、テレビや時計も全て床に落ちている。


「やめろ! 三華に触れんな!」

 三華を捕まえようとしていた男に向かって駆ける。一瞬で距離を詰め――


「――『ジャックナイフ』」

「……え?」


 激痛が走る。見下ろすと、左胸から斜めに深く切り裂かれていた。鮮血が勢い良く溢れ出す。


「なん……で……?」


 ジョンジョンミンは後ろにいるはずなのに、どうして身体の前面を傷付けられた? 何……この魔法……。

 痛い、痛い、痛い。

 足に力が入らず目の前がぐらりと揺れたかと思うと、頬に固い感触があった。倒れてしまったのか。


「お姉ちゃん! お姉ちゃん! いやだ、パパ! ママ! お兄ちゃん!! 助けてっ!!」

 三華が泣き叫ぶ。立たないと。三華を守らないと……!

 しかし、無常にも手を握るのがやっとだ。


「三華……!」

「すごいですすごいです、ジョンジョンミンの魔法で死なないなんてん寒天百点。ここで殺してもいいけどけど、でもでももうちょっと強くなってからの方が楽しめるめるめーる」


 訳の分からないことを言って、ジョンジョンミンは近付いてきた。見上げると、ひょろっとした七三分けの男が、にこにこと笑っていた。


「ジョンジョンミンは期待しているですですますもす。次はもうちょっとマシになるなるなーるでお願いしマスク」

 ふざけた口調でそう告げて、そのまま外に歩いて行った。止めを刺していくつもりはないらしい。


 意識が朦朧としてきた。血を流しすぎたみたいだ。


「やだ! やだ! お姉ちゃん! 死んじゃイヤ!」

「おい、大人しくしろ! ……ちっ!」

「三華……!」


 リーダー格の男は三華を殴って気絶させた。そして脇に抱えると、チラリと私を一瞥した後、何も言わずに部屋を出て行った。


 三華を守れなかった。お姉ちゃんなのに……。


 パパ、ママ、兄貴……。ごめんなさい。三華を、助けて…………。


 ――そのまま意識は薄れていき、数時間後ママに治癒してもらえるまで、気を失っていた。

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