第26話.志田真太郎「ああ、僕は気づくのが遅すぎた」

【志田真太郎】


 鬼種の魔物ドルーを、苦戦の末撃破した。ほぼ一樹と桜のおかげだ。僕の魔法では援護さえまともにできなかった。父親として、男として、情けなかった。


 黒い角を回収した後しばらく休んで、僕たちは帰途に着いた。しかし行きの時に比べて移動速度はあからさまに遅くなっていた。


 あの凶悪な鬼と真正面から戦った二人は、傷自体は桜の魔法で治癒していたものの、体力の減少が大きかったのだ。僕の仮説では、魔力とはすなわち体力を変化させたものに過ぎない。故に魔力の使い過ぎは精神の摩耗などではなく、ダイレクトに身体の疲労として襲い掛かる。


 解決策は簡単だ。エネルギーを取ればいい。どうやら魔力を使う僕たちの身体は、モノを食べると全てを消化しエネルギーに変えることが出来るようになっているらしい。端的に言うと排泄物が少量しか出ない。これは自身の排泄物で確認済みである。


 ただ脳の疲労だけは寝ないと回復しない。体力から魔力への変換は可能だが、逆は不可能ということだろうか。要調査である。


 そんなわけで、多めに持ってきた弁当を帰り道で食べながらグレニラーチに帰ってきたというわけである。日はほとんど沈んでいて、建物の影が長く伸びていた。


 組合にドルーの件やおたけびの山の様子、それに亡くなってしまっていた組合員のことを報告した。どうやらその件でしばらく組合に話をしないといけなかったから、疲れている二人は家に帰して僕が残った。



「亡くなっていた組合員は恐らく、朝早くヒヅキ草の依頼に向かった方でしょうね。ヒヅキ草の依頼は今日の九時には取り消されていましたから」


 取り消されていた……?

「そんなことはよくあるんですか? ヒヅキ草の依頼は年中なくなることはないと聞いていましたが」


 リーナは書類を見ながら小さく「えーっと」と呟いた。

「私が受付になってからはそんなことはありませんでしたね。今回が初めてです」


「それって、おかしくありませんか? 下級の依頼も僕たちの受けたおたけびの山での依頼以外は報酬が少なくなっていたし、初級依頼ではおたけびの山でのヒヅキ草採取依頼が取り消されているなんて。そしてそこに普通ならいないはずのドルーがいるなんて」


 そうだ、明らかにおかしい。どう考えても作為的なものだろう。確率というのはあまり好きな言葉ではないが、ここまで異常事態が重なっては、確率論的にとんでもない数値が叩き出されそうだ。


「たしかに変ですねぇ。ドルーは中級以上の組合員がパーティで討伐する魔物ですし、あの辺にそう簡単に出現するはずはないんですが……」


 難しそうに唸って数秒考えた後、リーナは顔を上げた。ニコッと綺麗な笑顔を見せる。


「――でもきっと、たまたまですよ。悪い偶然が重なっちゃったんですかね」


 その目は誤魔化そうとしている目には見えなかった。本当にそう思っているのだ。

 完全な思考停止。僕の忌むべきものだ。


 組合の受付なら、こうなってしまった原因なりを一応でも調査しなければならないはずだが、彼女は完全に「偶然」だと割り切ってしまっている。


 朝の僕たちと同じ状態。


 偶然を嫌う僕がその不自然さを偶然で片づけ、心配性の桜が異常な状況に目を瞑り依頼を受けた。そしてリーナは原因の追究を放棄する。


 気づいた時のバチッと電流が脳に走った感じ。疑問に感じていたが、ようやく分かった。


 これは洗脳に近い。魔法で思考を誘導しているのだろう。自分では普通に物事を考えられていると認識しているからたちが悪い。桜のような心配性でもないと、この魔法は自力で解けないに違いない。

 とても僅かな思考誘導ではあるが、それが生み出す結果は大きい。


 そう、つまりこの魔法をかけた人物は、この状況が生みたかったはずなのだ。


 僕たちが助けのこない状況でドルーと遭遇したというこの状況。助けもこれないし、危うく死んでいたかもしれない。


 僕たちを殺したかったのか?

 なら、その理由は………………まさか――ドルーが、ただの噛ませ犬でしかなかったとしたら。本当の狙いが、他にあるとしたら……!


 その可能性に思い至ったのと同時、


「――父さん! 三華が! それに二葉も、怪我、してて!」

 組合の扉を乱暴に開けて、一樹が僕に向かってそう叫んだ。肩で息をしている。走ってきたのだろう。

「今行く!」


 ――ああ、僕は気付くのが遅すぎた。



 全力疾走で走る僕たちを、街の住人が不思議そうに見ていた。既に日は沈み空は暗くなっている。


 息苦しさを無視して走り続け、家に着くと乱暴に扉を開けた。


 家には明らかな闘争の跡があった。壁には穴が開いていて、物が乱雑に散らかっている。そして、赤黒い血痕。


 思い切り走ったせいなのか、それとも最悪の状況が頭に浮かんでしまったからなのか、心臓が高速で拍動している。

「はっ、はっ、はっ」

 息が浅くなり、頭が締め付けられるように痛い。


 玄関に乱暴に靴を脱ぎ捨て、廊下を進みリビングの扉を開ける。


「二葉っ!」


 廊下以上に荒れた部屋の中心で、身体に大量の傷を負った二葉が横たわっていた。傍らでは桜が顔を顰めながら懸命に治療している。


 四肢は切り裂かれ、胸から腹部にかけては大きな切傷があった。今は桜が血を止めているようだが、床を見ると尋常でない量の出血をしているのが分かる。


「二葉、大丈夫か! 二葉!」


 彼女の横に膝をつき、だらりと垂れ下がる手を握る。痛いのは二葉のはずなのに、僕の胸が切り裂かれたように痛んだ。


「あ、パパ…………ごめ、ごめん……なさ……三華、守れなかった……」


 薄く開けられた目の端に、大粒の涙が浮かんでいた。静かに尾を引いて流れるそれを、僕は静かに指で拭った。


「三華、知らない男に連れていかれたみたい……もう、数時間も前のことらしいけど……」

 桜がそう教えてくれた。二葉から聞いたのだろう。


「パパ……あたし……あたし…………弱、くて……」

「大丈夫。頑張ったね。もう大丈夫だから、後はパパに任せなさい」


 そういって二葉の乱れた髪をゆっくりと撫でると、二葉は何度か「ごめん」と呟いた後、気を失うように眠った。



 ――こんな感情は、初めてだ。形容しがたい怒りに身が震えていた。マグマのようなドロドロとした何かが、心臓に流れ込んできたような感覚。内に暴れるモノが「殺せ」と叫ぶ。


 これが殺意か。


 論理や理屈なんてかなぐり捨てて、正当な理由なんてなくたって、ただただ殺したい。自分が何をしてしまったのかを悔やませて、その上で残酷に。


 ぐちゃぐちゃになってしまった部屋で、傷だらけになってまで戦った二葉。思考誘導魔法で罠に嵌められ、瀕死になりながらも戦った桜に、ボロボロになるまで攻撃を避け続けた一樹。そして、まだ魔法も使えないのに攫われてしまった三華。


 ふざけてる。


 僕の家族に手を出したことを後悔させてやる。


 絶対に、許さない。

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