第23話.志田真太郎「本当に僕だよ、志田真太郎だ!」
【志田真太郎】
バチッと頭の中に電流が流れたような感覚が襲う。と、同時に気付いた。
――あれ、桜のいう通りじゃないか。何で僕、『偶然』なんて言葉を使っていたんだ?
普段であれば使うはずのない言葉だ。科学を突き詰めれば偶然なんてものは存在しない。人間の起こす気まぐれでさえも、脳で起こる化学反応が基となっている以上は必然だ。
それが、何故――。
そもそも朝からおかしなことが続いていたのに、なぜ僕はこんな依頼を受けてしまったのか。この依頼を受けるに足るほどの前提条件があったわけではなかった。ただ単に報酬がいい依頼がこれしかないからというだけで他の不審な点に目を瞑るなんて僕や桜がするはずがないのに。
それに、さっき走った電流のような感覚は何だ?
「――答えて。あなたは誰。真太郎さんをどこにやったの?」
「え、本当に父さんじゃないの? う、そういや朝思った違和感はこれか……まさか、父さんの姿をしてるなんて……そういう魔法か?」
メイスを構えにじり寄ってくる桜に、戸惑った表情で剣を抜く一樹。考え事をしている間に、まずい状況になってしまった。
「ち、ちがうちがう! 本当に僕だよ、志田真太郎だ!」
必死に否定するが桜は全く聞く耳を持たない。
「嘘よ! 真太郎さんは私が『偶然でしょう』って言ったら偶然の起こりえない理由を一時間は解説する人だったわ。間違ってもそんな言葉使わない! 真太郎さんをどこにやったか早く吐かないのなら――死ぬ覚悟はデキてんだろうなぁ?」
まずい、桜の口調が荒くなり始めた。嫌な思い出が蘇り、額と背中に汗が噴き出す。
「ほ、本当だって! ほら、二人で初めてのデート、僕が考え事をしていて水たまりに突っ込んだのを憶えていないかい? あの時買ったズボンはたしか黒色だったよね」
誤解を解こうと二人しか知らない思い出を語ると、桜は驚いたように眉を上げた。
「え、本当に真太郎さん? 偽物じゃなくて?」
「さっきからそう言っているだろう」
ふう、ようやく信じてもらえたか。メイスをゆっくりと下ろす彼女を見て胸を撫でおろす。
「母さん、騙されちゃダメだ! 変化能力を使用した際に記憶も写し取る魔法かもしれない。そういうの漫画で見たことがある」
後ろから一樹が納得しそうだった桜に待ったをかける。
「一樹! その漫画を現実と混同する癖をやめなさい!」
しかもよりにもよってこのタイミングで。物事を疑って見ることも大事と彼に教育したのは僕だが、今回ばかりは信じて欲しかった。
「え、そ、そうなの?」
「ちょっと桜、しっかりしなさい。記憶を写し取って変装する魔法なんて、そんな都合良いものあるわけないだろう?」
戸惑う桜を説得しようとすると、一樹の持つ剣がぐいと僕に近づく。鋭い切っ先が光を反射している。
「じゃあ、偶然って言い間違えた件はどう説明する? 俺たちの聞き間違いとでも?」
「それは、僕にも何が何だか…………何だか頭に靄がかかっていたような……」
「それだって魔法のせいにしてるのと変わんないだろ。俺たちからしたら、都合のいいように言い訳してるようにしか聞こえない」
う、確かに。実際僕が僕らしくない発言をしていたのは事実で、それを説明できる情報を持っていないから説得性がないのは仕方ないのだが……。
いや……あるじゃないか説明する方法。
「『ファイア』」
掌から小さな火球を一瞬出現させて、消す。
魔法は一つの職業に一つだけ。その法則に則ると、僕が変身魔法を使った偽物だとしたら、『ファイア』を使えるのは矛盾していると言うことになる。
「分かってくれたかい?」
「……そういえば、さっきもファイア使ってたな……え、本当に父さん?」
「だからそう言ってるだろう」
ふー、これで完全に証明できたか。良かった、危うく息子に攻撃されるところだった。
「……記憶がコピーできるなら、変身対象の魔法もコピーできないかしら」
眉間に皺を寄せながら、桜が呟いた。
「ええ……」
今度は桜の心配性がこんなタイミングで……。発言について弁解ができないのが気にかかっているのだろう。どうしよう、もう証明の手段がない。
しかし息子や妻にこうも疑われるのは、精神的にかなり参ってしまう。
とりあえず警戒された状態でもいいから一旦帰ろう、と桜に提案しようと口を開きかけたところで、気付く。
彼女の後ろの茂みに、何か大きな影が見えた。脳が警戒しろと全力で告げてくる。
「――危ない!!」
影が何かを投げたように見えて、桜の肩を横に押した。これで桜には当たらないが、避ければ後ろの一樹に当たる。避けるわけにはいかない。
ガイン、という音と共に飛んできた何かにぶつかった。咄嗟に頭を空いた手で守ったが、飛んできたもののあまりの堅さに顔を顰める。
衝撃に耐え切れず、後ろに倒れた。飛んできたもの――鎧の兜が、地面に落ちる。コロコロと転がり僕の目の前で止まる。
その兜には、中身が入っていた。血管や筋肉が捻って千切られたような断面が見える。血は固まってしまっていた。
「――おえっ」
それを見てしまった一樹が膝をついて嘔吐する。くそ、高校生のこの子にこんなもの見せたくはなかった。
「真太郎さん、その腕……!」
兜を受けてしまった方の腕は、完全に前腕が骨折してしまっていた。血がぽたぽたと袖から垂れている。激しい痛みが持続しているが、それで思考を鈍らせるわけにはいかない。
「大丈夫。逃げる分には支障がない。動けるかい?」
「でも、私のせいで……」
桜は涙を堪えている様子だ。だがこんなことをしている暇はない。すぐにこの場を逃げなければ、大変なことになる。
「気にしないで、後で治してくれればいい。ほら、行くよ!」
立ち上がって倒れている桜の腕を掴んで無理矢理立たせる。
「一樹、逃げるよ。動けるかい?」
「だ、大丈夫」
汚れた口元を袖で乱暴に拭って、一樹も立ち上がる。
「――ゴアァアァアアアァアッ!!」
茂みの奥から聞こえた雄叫びが、地をビリビリと震わせる。身体の奥にまで響くような低い声。
陰から現れたソイツは、黒く大きな角を二本も持っていた。本で読んだことがある。強い魔物は魔力を貯める角の色が変色することがある、と。
「鬼……!」
ドルーと呼ばれる鬼種の魔物が、ニヤニヤとした細い目で僕たちを捉えていた。
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