第19話.志田二葉「しばらく、その手を開くことができなかった」
【志田二葉】
魔法戦闘訓練を始めてから数日が経った。パパも魔法を使えるようになったということで、いよいよお金を稼ぐために依頼を受けることになった。
三華は魔法が使えないからママと家で留守番だ。私たちが外に出ている間も二人で家事をやってくれているのだ。
だから、今日のメンバーはパパとあたしと兄貴、それにトーランドさんとラナールも来てくれている。といっても二人が参加すると一瞬で終わっちゃうから、今日はただ見てるだけだって。セラっちは、自分の仕事があるらしい。
「てかさ、まだ着かないの? もう一時間は歩いてるんですけど」
「うーん、地図によるともうここら辺なんだけどなぁ。迷ったかな」
パパが眼鏡を上げながら手に持った地図と周りの風景を見比べた。高低差の多い丘陵地帯で、所々に大きな岩があるため見晴らしも悪い。街を出れば魔物が出てきてもおかしくないから、気を付けなければいけない。
「迷ったとか最悪なんですけど」
「日本と違って道もしっかり整備してないし地図も手書きなんだから仕方ないだろ?」
「もー、分かってるっつの!」
兄貴に言われて、少しムキになってしまう。あたしって子供だなって思うけど、口が勝手に言っちゃうんだもん。
「あ、でも周囲にアカイトウの木が生えてきたからもう少しだと思うよ」
少し後ろでトーランドに向かってお喋りしていたラナールさんが、赤みがかった幹の木を見つけて言った。
「アカイトウ?」
「うん、アカイトウの木はね、日当たりのいい場所に群生する木で、せせらぎの森にもたくさん生えてるんだ。木材としても優秀だけど、何より秋になる果実が美味しいんだ。今は季節じゃないから食べれないけど、あのホクホク感は堪らないんだよね。あれとコッフェルを蒸して潰して塩かけて食べたら絶品なんだ。特にその料理が美味しいのがグレニラーチ南にあるヤーパン料理店でね、」
「ラナ、長い」
トーランドさんが低い声で遮った。
「あ、ごめんよ三人とも。まあ、もう少し歩けば着くと思うよ」
▽
ラナールの言葉通り、それから十分もしないうちにせせらぎの森に到着した。
志田家パーティ初めての依頼は、ミズマツタケの採取。グレニラーチの西に位置するせせらぎの森に生えるキノコで、水々しく旨みの多い食材なのだそうだ。それを乾燥させたものは旨味が凝縮していて、出汁やスープの具材として優秀らしい。たくさん取って持って帰ったらきっとママも喜ぶだろう。
「せせらぎの森には魔物が出る。陰からいきなり襲いかかって来ることもあるから気をつけろ」
せせらぎの森に入ろうとすると、トーランドさんが怖い顔でそう忠告してきた。まぁこの人いっつも怖い顔してるんだけどさ。
「特に二葉、お前は確かに強いが、その分気を抜くことが多い。気をつけろ」
「はーい。気を付けまーす」
別に気を抜いてるつもりはないんだけど。
「お、あった」
採取を開始してから五分。ジメジメとした落ち葉の敷き詰められた地面を掘り返しながら、兄貴が声を上げた。
「え、どれどれ?」
「ほい」
「ちょ、うわ、いきなり投げないでよね! 服汚れるじゃん!」
泥だらけのミズマツタケに当たる寸前で身を捻ってかわした。ふぅ、どうにか土が付かずに済んだ。
「汚れるって、ここに来てる時点でもう無理だろ……。それに、依頼用の装備だろ? それ。汚れてナンボじゃん」
「依頼用だからって仕方なく汚れるのと汚されるのは違うし! 一応防具の中でもかわいいの選んだんだから!」
異世界だからって、オシャレを諦めたくはない。自分の好きなことが出来ないって生きてる意味ないし。
「ええ……。だからお前そんなヒラヒラした服なのか。俺みたいにちゃんと金属製のやつにしろよ」
「金属とかかわいくないし動きにくくてムリ。それにこれ一応武道着だから。兄貴みたいにとりあえず胸の部分だけ装備買った人とは違うの」
「は? 別に金貯まったらフルメタルアーマー買うし!」
「いや、兄貴筋力なさすぎてあんなの着たら歩けなくなるに決まってんじゃん」
あれはトーランドさんみたいなゴリマッチョだから許される防具だっつの。兄貴みたいなヒョロヒョロ高校生が着たら邪魔になるだけだ。
「一樹、二葉、いい加減にしなさい」
パパが落ちたミズマツタケを拾って土をはたき、持ってきた籠に入れる。
ちなみにパパは、灰色のロングコートに黒のテーパードパンツとわざわざ装備を買った様子がない。というか、実際装備を揃えていないのだ。
「ちぇ、兄貴のせいで怒られた」
「いやどう考えても二葉のせいだろ」
「こーら! 早く依頼終わらせて帰るよ!」
パパに注意されて、渋々ミズマツタケ捜索を再開する。
▽
ミズマツタケは、傘の部分が非常に肉厚で、ブニョブニョとしているらしい。それに比して柄がとても短いから、落ち葉の中から柔らかそうな傘だけが顔を出す。探すのも大変だ。
「あ!」
見つけた。ちょこんと落ち葉の中に焦げ茶色の頭が見えていた。ツンツンと指で押すと、ぶにぶにと弾力がある感触だ。
これを掘り出さないといけないんだけど……。
「指汚れるのやだなぁ」
まぁ、仕方ないから掘るけどさ。元々空手をしてた関係で爪は伸ばしていなかったから、それだけが救いだ。
ミズマツタケを掘り出した。傘の部分はひしゃげた球体みたいだ。何だかかわいい。
ミズマツタケは群生していることも多いらしいから、近くにまだあるはず。そう思って周りを見回す。
と、木の陰から何か動物らしいものが顔を出している。
「あ、ウサちゃんだ!」
よく見たら、少し耳が大きい気がするけれど、兎の顔だった。頭に小さな角は生えているけれど、目がくりくりうるうるでとてもキュートだ。
魔物は見つかったら襲われる前に倒せって言われてるけど、兎くらいだったら大丈夫だよね? この前の猪じゃないんだし。
少しだけ撫でてみようと兎に近づいてみる。兎はうるうると潤った瞳であたしを見つめている。心が通じ合ったのかな。
そして、恐る恐る兎に手を伸ばした。
「――ってイヤアアアアアアッ!」
キモい! キモすぎる!
兎の木に隠れていて見えなかった身体には、頭部や前脚に比べて明らかに不釣り合いな大きさの巨大な後ろ脚が備わっていた。カンガルーくらいあるだろうか。筋肉質で相当な脚力が予想される。
あたしが近付いたときから臨戦態勢を取っていたのだろう、すぐさまその大きな脚の兎は跳躍して蹴りを放ってきた。
不意を突かれたが辛うじて腕で受ける。兎の足裏は金属のように硬かった。左に受け流して距離を取る。
「ッ――」
「おい、どうした――ってうわっ! ムキムキじゃん!」
「二葉、大丈夫かい?」
あたしの声が聞こえたのだろう、近くでミズマツタケを採取していた二人が走って寄ってきた。
「見た目通り脚力がヤバい! それと、足の裏がマジ硬い!」
端的に情報を伝えると、あたしはその兎に向けて駆け出した。
「『魔纏い』」
魔闘士の魔法『魔纏い』は、その名の通り身体の各部位に魔力を纏わせるシンプルな魔法だ。だが、その威力は絶大だ。どういう仕組みかは分からないけど、筋力は何十倍にも膨れ上がり、皮膚は硬くなる。まるで身体そのものを一瞬で作り替えるような感覚に近い。
ま、昔よく見ていた魔法少女の変身とは程遠いけど。
「フッ!」
兎の右側頭部目掛けて蹴りを放つ。
だが兎も反応が早く、足裏で受け止められる。ガギィ、と金属同士がぶつかったような音がした。
「あらー、ケビットかー。初めての相手にしてはちょっと強めかなぁ」
「……二葉なら、大丈夫だ」
ラナールとトーランドさんが遠くからあたしたちの様子を見ていた。
この兎、ケビットと言うらしい。名前はあんまりかわいくないな。
「らっしゃあ!」
兄貴が横からケビットの脚を切り付けた。しかし傷は浅く、むしろ警戒させてしまったようだ。
ケビットはこちらを牽制するように睨むと、スウッと大きく息を吸い込んだ。
「――ギュウウ!」
ケビットが突如大きな鳴き声を上げた。
え、なに?
「――『ファイア』」
パパの放った火球が、あたしと兄貴の間を通って森の奥に飛んでいく。
何かと思って火球の飛んだ方向を見ると、さっきまでとは別個体のケビットが火球をかき消していた。
「今、シンタロの火球が無かったら二人ともまともに蹴り当たってたよー。油断しない! ケビットは二匹で行動するのが基本なんだから!」
「先に教えてよね!」
腕組みしてトーランドさんと楽しそうに見学しているラナールに不平を漏らしながら、跳躍する体勢のケビットに向かって距離を詰める。
「兄貴はそっちの!」
「分かってる!」
さっきは少し驚いただけで、来ると分かっているならこんな魔物に遅れは取らないっつの!
ケビットの跳躍から繰り出されるキックを『魔纏い』で強化した左手で弾き、空中で態勢の崩れたケビットの身体目掛けて、全力の突きを叩き込む。身体もある程度硬質化しているらしいけど、あたしの全力の拳を受け止めるにはやわすぎる。
ケビットは勢いよく空を切って、木に叩きつけられた。グシャ、という嫌な音と共に首がひしゃげる。
地面に落ちると、足だけがピクピクと痙攣していた。赤い血が落ち葉の下に染み込んでいく。
――それは、あたしの拳が初めて生物の命を奪った瞬間だった。
「――ギュウウ!」
兄貴と戦っていたケビットが、死体になった相方のケビットを見て大きく叫んだ。まるで、その死を悲しむかのように。
「一樹、頭を下げて! 『ファイア』!」
火球が空気を熱しながらケビットに直撃する。構えていなかったケビットはその火球をまともに受け、横に転がった。それでも、ケビットはもう一匹のケビットを見つめて鳴き続けた。
「――ごめんな」
兄貴はそんなケビットにゆっくりと近付き、強化された剣でケビットの首を切断した。血液が噴水のように噴き出て、もう一匹のケビットを赤く濡らす。二匹の血は混ざり合い、ゆっくりと地面に染み込んでいく。
自分の固く握った拳を見つめる。
しばらく、その手を開くことが出来なかった。
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