第17話.志田一樹「だまらっしゃい!」
【志田一樹】
いやいやいやいや! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!
「どぅえい!」
気合を入れて右に跳躍する。無様にうつ伏せで着地。顎を強打した。
さっきまで立っていた場所に光の線が通る。その直後に放たれた雷撃が直線上の木にぶつかると、枝が落ち、バキリと幹が縦に割れた。
「おい! 当たったら絶対死ぬだろ今の!」
「……? 当たって生きてたら練習にならないじゃないか」
「おいやめろ、何も分かってない顔するな。お前かわいいからって何でも許してもらえると思うなよ」
「そんな、可愛いだなんて……」
雪のように白い頬が真っ赤に染まり、恥ずかしそうに両手でイヤイヤという風に顔を隠す。くそ、可愛いな。
と安心した瞬間、顔を隠す手から光の線が俺の心臓を捉えた。
「ぬおっしゃラァッ!」
必死に横に転がる。そして放たれる雷撃。轟音。
危なかった。よく避けた俺。危うく心臓撃ち抜かれて死ぬところだった。胸を撫で下ろすという言葉をこれほど実感できるのは初めてだ。
『雷神』。神シリーズと呼ばれる、固有職の一つだ。魔法は職業名と同じ『雷神』。雷になることも雷を放つことも自由自在。雷になれるわけだから、どんな距離でも一瞬で詰めることが可能であり、その攻撃を避けることは非常に困難である。
そんな不可避の雷撃を俺が何とか躱せている理由は、この両眼にある。俺の眼は、魔力の流れが光として見える。これは、俺だけの能力らしい。この眼に俺は『魔(視)眼』という名前をつけた。
彼女の放つ雷撃に限らず、魔法というものは発動する前に魔力を対象に流す必要がある。俺だったら剣に、二葉であったら手足に、セラだったら雷が通る空気中に。魔力の流れが分かれば、放ってくる攻撃が分かる。故に、その魔法を避けることが可能。
と、言うのが大まかな理屈であるのだが、セラの場合光の線が通って雷撃が通るまでにタイムラグがなさすぎる。見えた瞬間動かないと間に合わない。間に合わなかったら多分死ぬ。
「さすが一樹。よく避けたね」
「避けなきゃ死ぬからなぁ!」
半ギレで返すと、セラは長い髪を揺らしてふふふと無邪気に笑った。可愛らしいのが余計に腹立つ。
落ちていた枝を拾い、魔力を流す。金属製の剣と違って魔力が少し流しにくいが、このくらいなら問題ない。魔力が行き渡ったところで、剣士の魔法『武器強化』を発動する。枝が薄く光を纏う。
「ッラァ!」
その枝で不恰好に斬りかかるが、セラは何でもなさそうに身体をズラしてそれを避けた。枝が地面に激突し、パラパラと土埃が舞う。
「それじゃあ誰にも当たらないよ。遅いし動きに無駄が多い。それに当たってもちょっと痛いくらいだから、反撃されちゃうよ」
こんなふうに。そう呟いて、セラの指から光の線が伸びてくる。
「っげえい!」
慌ててその場を後にする。躓いて尻餅をつくが、何とか雷撃を避けることは叶った。
「休んじゃダメ」
セラの人差し指から光の線が伸びる。「ッヒョオ!」横に跳躍し直後の雷撃を避ける。セラの中指から光が通る。「おろっしょォ!」避ける。雷撃。薬指から光。「どっこいしょコラ!」転がる。轟音。今度は小指から。「うおお!」ハイハイで移動。雷撃を避けた――かに思えたが、光の線がなんとぐにゃりと曲がった。
「あばばば!」
電気が俺の身体を駆け巡る。筋肉が勝手に収縮し、ビクンと跳ねた。
こうして俺は、練習三日目も呆気なく意識を手放した。
▽
いただきます。合掌して言うと、母さんが「どうぞ」と笑って返す。
そんな、当たり前の光景。前と少しだけ違うのは、主食が米でなくパンになったことと、毎日作っていた味噌汁がスープになったこと。それに、俺の隣に新たな住人が増えたことだ。
「この唐揚げって料理、すっごくおいしい! こんなの食べたことないや!」
「ふふふ、大袈裟ねぇ。どんどん食べていいのよ。たくさんあるんだから」
たくさんありすぎるけどね。中央に置かれた大皿に山盛りになった唐揚げを見て、少し顔が引き攣る。六人で食べるとしても、この量は明らかに多すぎる。
「だっしょ! ママの唐揚げマジ激ウマ超えて激ライオンなんだよな! ねえ三華!」
「うん! 激ライオンなの!」
「おいやめろ、三華をそっちの道に引きずり込むな。三華はこの純真無垢なまま育てるんだよ!」
「はあ!? そういう男の理想みたいなの押し付けるのマジで引くぐらいキモいから辞めた方がいいよ。多分クラスの女子とかに陰ですごい笑われてるから」
くっ……! やめろ、的確に傷つくところを狙ってくるのは……! 俺に効く。
「こーら、喧嘩しないの」
「はーい」「はーい」
二葉の真似をして三華が返事をする。このままでは三華が「マジテンアゲなんですけど」って言い出す未来に進んでしまう。
「いやあ、今日も賑やかだねぇ。良いことだ。それにしてもみんな、よく食べるようになったなぁ」
父さんが笑いながらそう言った。父さんの言う通り、最近何だか無性にお腹が空くんだよな。多分普段やっていない量の運動を毎日しているからだと思うが。
しかし、セラはそれにしても大量の料理を平らげる。成長期って恐ろしいな。
「パパ……またキショいこと言い出さないでね」
「は、ははは。いや、あれは研究のためであってね、別に他意があるわけじゃ」
「真太郎さん。それでもダメですよ。次言ったら……」
母さんがにっこりと笑う。ああ、この顔の裏にはどんな鬼が潜んでいるのか……。
「めっ、だよ。パパ」
「い、言うわけないじゃないか、三華。ははは」
『父さん排泄物事件』があってから、三人の父さんに対する反応はこんな感じだ。なんて不憫な父さん。きっと純粋に研究のためだったんだろう。けど、擁護したら俺が変な目で見られるから擁護はしない。
「一樹、スープ美味しい?」
突然の母さんの質問に、俺は正直に答える。
「ん? ん、ああ、美味しいけど」
「うふふ、そのスープ、セラちゃんと一緒に作ったのよ。良かったわね、セラちゃん」
ああ、どうりで野菜の切り方が不揃いだと思った。味は変わらんけど。
「…………うんっ」
セラは恥ずかしそうに頬を染めた後、小さく頷いた。真っ白の髪は長すぎるので、二葉に後ろで纏めて貰っていた。普段見えないうなじが微かに見えて、どきりとする。
「いやぁ、兄貴の何が良いんだかあたしにゃ分からないよ。ただのオタクじゃん」
「失礼な。ただのオタクじゃない。魔法が使えるオタクだ」
期せずして童貞の上位互換である魔法使いになってしまった。
「うん、眼がいいの!」
唐揚げをフォークで刺しながら無邪気にそう答えるセラ。
……セラさん。それは恋心ではないよ。ただのおもちゃに対する興味と同じだよ。母さんの勘違いも、いつ解けるのやら……。
「セラちゃん、お兄ちゃん好きなの?」
三華が尋ねると、セラは唐揚げを頬張りながら「うーん」と唸る。
ごくん、と唐揚げを飲み込むと、セラは天使のような笑顔を見せた。
「――分かんないけど、一緒にいたいって思うよ」
まあ、と母さんが口を隠す。おー、と二葉と三華が拍手した。
――ま、まあ、セラが本当に誰かに恋をするその時まで、一緒にいてもいいかな。
「あ、お兄ちゃん顔が赤い!」
「だまらっしゃい!」
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