第15話.志田一樹「いや、待って待って」
【志田一樹】
爛々と輝く宝石のような紅い瞳が、真っ直ぐに俺を見つめていた。衣服や髪、肌が白いから、その紅がとても目立つ。吸い込まれそうで、目が離せない。
最初に会った時と同じく雷鳴と共に現れた彼女は、気付けばラナールさんに差し出したはずの俺の手を握っていた。小柄な彼女らしく、細く小さな手だ。
特級、と誰かが言った。世界に十人しかいないという、組合のトップメンバー。そのうちの一人が、目の前のこの少女だと言うのか。年齢は、少なくとも二十歳は超えていなさそうだけど。
「やれやれ、セラ。君は静かに移動することはできないのかい? それに、君にはボクの依頼を受けてもらっているじゃないか」
エイモアは大きく溜め息を吐いた。その様子だと、普段から色々と厄介事を起こしているんだろう。
「もちろん、君の依頼通りこの街の護衛はちゃんとこなすよ、大賢者。けど、最近暇なんだもん。面白そうな子見つけたし、僕のものにしてもいいよね」
めちゃくちゃだ、この子。
面白そうな子ってきっと俺のことなんだろうけど、残念ながら職業はただの剣士でしたけどね。
「まあ、依頼をこなしてくれればボクは問題ないけど……君はいいのかい? 一樹」
「え、あ、その、俺は……」
どうなんだ? 特級から魔法や戦闘を教えてもらえるなら、むしろありがたい……よな?
「――駄目です」
俺が言い淀んでいる間に、硬質な声が横から飛んできた。
「あなたはいきなりなんですか? こんな人の多い場所で魔法を使って見ず知らずの方たちに迷惑をかけておきながら、自分の都合だけで私たちの息子を『自分のものにする』ですって? 横を見てご覧なさい。あなたのせいでラナールさんは床に倒れてしまいましたよ」
「あ、いやあの、ウチは大丈夫だから」
「まず彼女に謝りなさい。それに、相手の親に挨拶もなしなんて。非常識にも程があります。そんな娘に私たちの大事な息子はあげられません。ね、真太郎さん」
「あ、ああ、そうだね」
母さんがブチ切れていた。目が吊り上がっている。あまりの勢いに父さんも苦笑いしていた。
志田家では母さんだけは怒らせてはならない、というのは暗黙の了解である。十代の頃は不良で、喧嘩に明け暮れていたらしい母さんが怒ると本当に怖い。二葉でさえ、母さんが怒ると一瞬で謝り、その怒りが過ぎ去るのを待つ。
「え、何このババア。君の母親?」
「あ、バカ」
ゴン。鈍い音がした。母さんの鉄槌が下ったのだ。今のは仕方ない、彼女が悪い。しかし、見ているだけで俺の頭が痛くなってくるから不思議だ。
「いったーーい!!」
セラは繋いでいた手を離すと、頭を押さえて蹲った。きっとたんこぶができているに違いない。
「いきなり人に向かって何ですか! 無礼にも程が」
「何だようっさいババア! 僕が本気出せばお前なんて一瞬で殺せるんだぞ! ブス! 筋肉女!」
あー、やっちゃった。
母さんの怒りは収まらないどころか、天元突破して建物を焼き尽くさんばかりの勢いである。蹲るセラの胸元を掴み、グッと持ち上げる。
「きさんは今何ち言ったんかゴラァ! どつき回したろかボゲェ!」
「ちょ、ちょっと落ち着きなよ桜、ね? 戻ってる! 昔に戻ってる!」
こうなったらもう止めるのは至難の業だ。一度、父さんが浮気していると勘違いしてこうなったことがある。結局ただの仕事相手で浮気でも何でもなかったんだけど、あの時の母さんはこの世に具現化した鬼だと思った。
「ちょっと一樹、二葉。二人とも手伝って!」
父さんが母さんを羽交い締めしているが、筋力に差がありすぎて全く止まってない。セラは涙目になっていた。
「母さん! 三華が見てるって!」
「ママ、やばいやばい、死人が出るよ!」
ちなみに、実際は三華の耳はラナールさんが塞いでくれていて、目はトーランドさんが隠してくれている。助かる。
三華の名前が効いたのか、母さんは我にかえってセラから手を離した。セラは涙目になりながらも一瞬で俺の後ろに隠れる。息子には手を出せないだろうという咄嗟の判断だろう。
「ま、私ったら。ごめんなさい、嫌なこと言われるものだから、少し興奮しちゃったわ」
「ふう、仕方ないなぁ、桜は」
「いや、仕方ないのレベル超えてるっつーの」
二葉はいつも通りの両親に呆れた様子だ。
とりあえず、怒りは収まったみたいだ。人が死ななくて良かった。
「うう……怖いよぉ、あの人」
後ろでセラが俺の服を掴みブルブルと震えている。世界トップレベルをここまで震え上がらせるなんて、やはりうちの母は最強らしい。
「えっと……セラさん、だったかしら」
「ひゃいっ!」
後ろでセラがビクリと怯える。駄目だ、恐怖が植え付けられてしまっている。
「あなた、ご家族はどこに?」
「あ、その……」
セラが言い淀む。声が尻窄みになり、なんだか言いたくなさそうな雰囲気だ。
「セラに家族はいないよ。彼女は孤児だからね。強いて言うなら孤児院に家族のような存在はいたようだけど……今はもう、いない」
代わりに、エイモアが答える。いない、の前に『この世に』という言葉が隠れているように聞こえたのは、きっと勘違いではないだろう。
セラは俯き、シャツの裾を握る手に力が入った。
家族がいない。日本で平和に暮らしてきた俺たちには、その気持ちの全てはきっと理解できない。
「そうなの……」
エイモアの言葉を聞いて、母さんはゆっくりとセラに近付く。
怯えたセラは、母さんに掌を向けた。掌がボウッと光る。テライドの胸を電撃で攻撃した時と同じだ。マズい。
「セラ!」
「それ以上僕に近付くな! 近付いたら…………殺す」
明らかにテライドを攻撃した時より光が大きい。これが母さんを襲ったら、本当に死んでしまうかもしれない。
「母さん、ダメだ! これ、本気で……」
「大丈夫」
しかし、母さんは止まらない。
「止まれ! 止まれって!」
セラがそう叫んでも、母さんは歩みを緩めることすらなかった。
そして、セラの目の前に立つと――――セラを優しく、抱き締めた。
「――え?」
セラの真っ赤な瞳から、涙が溢れた。雫が雪のような頬をすっと伝い落ちる。
「今まで、一人で頑張ってきたのね」
母さんがセラの絹のような白銀の髪をそっと撫でる。
「ど、同情するな! 僕は一人でもお前ら全員より強いんだ!」
鼻声だった。特級で最強な彼女だけれど、強がっているのは誰の目から見ても明らかだ。
「もう、大丈夫だから」
トントン、と手のひらでセラの背中を優しく叩く。グスッとセラの鼻を啜る音が響いた。
しばらくそうしていた後、母さんは体を離し、彼女の目を見て言った。
「あなた、うちに来なさい。一樹のお嫁さんになりたいんだったら、私が花嫁修行つけてあげるわ。大丈夫よ、私だって昔はやんちゃだったけどお淑やかになって真太郎さんをゲットできたんだもの。あなただって頑張れば立派なお嫁さんになれるわよ」
「……うあ、グスッ、うう……」
「私は厳しいけど、大丈夫?」
「うん、うん……頑張る……! う、ふぇぐ……うわぁーーん!」
セラはコクコクと頷き、号泣した。
世界に十人しかいない特級組合員であっても、『雷神』と恐れられる存在であっても、彼女だって一人の少女なのだ。抱き合う二人の姿は、息子である俺が言うのも何だけど、親子に見えた。
こうして、志田家に新たな家族が増えたのだった。
――いや、待って待って。何で当然の流れで俺と結婚する感じになってるの? 単に俺の潜在能力に目を付けてくれた感じじゃなかった? 完全に母さんの勘違いで話が進んじゃってるけど!
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