第9話.志田真太郎「僕ならばきっとできる! 頑張れ僕!」

【志田真太郎】


 プレートアーマーを着こんだ兵士四人に取り囲まれたまま、僕たちは『大賢者』エイモアとやらの屋敷に連行された。


 正直いきなり妻に暴力を振るった輩には思うところがあったが、道中話を聞けば、連行される謂れは確かにあるようだった。手続きもなしに突然建物を建てられては、街を治めている側からすれば黙ってはいられないだろう。僕たちにも事情があるように、彼らにもあるはずだ。いきなり攻撃してきたのも、この世界の治安が悪いと考えれば当然の対応にも思える。

 もちろん、だからと言って腹が立たないわけではないが。


 連れていかれた先にあったのは、ルネサンス風の立派な洋館だった。街の雰囲気ともマッチしている。屋敷へと続く道路には街路樹が等間隔に並び、建物の周りには花々が植えられていた。エイモアとやらが植物好きなのだろう。


 露天商の主人に聞いた話によると、彼は憐れみ深く民にも慕われているようである。整った町並みであったり高い好感度であったり、相当な政治の腕があると思われる。もし交渉の場面なんかに持ち込まれたら注意しなければいけない。


 そして、『大賢者』。

 あの露天商の話が本当だとすると、この世界では生まれつき職業というものが決まっているらしい。それは剣士であったり魔法使いであったり踊り子であったりと多種多様であり、大きく戦闘職と非戦闘職に二分される。

 だが、その割合は戦闘職が比較的多いとされている。この世界には魔物と呼ばれる害獣が多くいるらしいから、ダーウィンの進化論に基づいてそうなったのではないだろうか。


 そして職業システム最大の特徴は、その職業に応じた魔法を一つ使えることだ。曰く、剣士であれば武器強化魔法が、魔法使いであれば火を出すといったことができるらしい。

 俄かに信じがたい話ではあるが、実際に『商人』である露天商が見せてくれた、拳大の箱から容量以上の品が出てくる様は魔法にしか見えなかった。


 職業システムに魔法に魔物。幼い頃に夢中になってやったゲームソフトに似たようなものがあったのを思い出す。だが、あくまであれはゲームでありこれは現実のはずだが……まあ、それはまた後で考えるとして、とりあえず今はそういうものがある世界であると仮定してしまった方がいい。


 『大賢者』というのはその職業の中でもかなり強力なものらしく、使える魔法が一つではないらしい。エイモアは様々な魔法を操るそうだ。職業システムの根底を覆す呆れた性能だが、一つの魔法しか使えないというルールを考えれば、実際は『思い描いたものを具現化する魔法』のような一つの魔法なのだろう。強力なことに変わりはないが。


 結論、エイモアとやらに敵対することは家族の安全を考えると好ましくない。友好的な関係を築けるよう努力しよう。

 大丈夫。研究室では教授と後輩たちに囲まれて中間管理職のような立ち回りをしてきた僕ならばきっとできる! いや、しなくてはならない! 頑張れ僕!


「エイモア様の前では、失礼のないようにな」


 エイモア邸に入る直前、先頭を歩いていたテライドという兵士が振り返ってそう注意をした。妻に襲い掛かったという男だ。髭は伸びっぱなしで清潔感がなく、どうも好きになれない。腫れぼったい瞼の下から覗く濁った瞳からは、明らかに蔑むような視線が送られてくる。


「もちろんです」

 顔だけ笑ってそう返事する。業務用スマイルは社会を生きる上で大切な潤滑油だ。


「……ふんっ」


 テライドが顎を動かすと、僕たちの両脇にいた兵士たちが洋館の大きな扉を開けた。


 洋館に入るとすぐに広間があった。中央の階段に向けて赤い絨毯が敷かれており、柱や壁の装飾は見事なものだった。床や窓は鏡かのようにピカピカに磨かれており、埃一つない。


「うわあ……なんかロマンチック……」


 二葉が感嘆の声を漏らす。その視線の先には、壁に掛けられた大きな絵画があった。美しい夜空から天使が舞い降り、人々に様々な色の光の球を降らせているというものだ。宗教画だろうか。二葉がいう通り、確かにとても美しい。


「二葉がロマンチックって……ぷっ」


 一樹が噴き出すと、二葉は躊躇なくその尻を蹴った。パンッと痛そうな音が響く。


「黙れ馬鹿兄貴、殴るよ」

「もう蹴ってるけどね!」

「だから、殴るの」

「二撃目を与えようとしないで!」


「こら、二人とも、大人しくしてなさい!」


 寝ている三華をおんぶしている桜に怒られた二人。それにしても、我が子ながらよくこの二人はこんな状況でいつも通りでいられるな。肝っ玉が据わっているというのかなんというか。


「貴様ら! この屋敷はエイモア様のお膝元であるぞ! 静かにせよ!」

 テライドが再び振り返って言った。


 しかし、お膝元と来たか。知事のような存在と思っていたが、エイモアというのはどうやら、将軍とか天皇のような存在なのだろうか。


 ――その答えは、意外に早く分かった。


「もう! テライド! そんなお膝元とか仰々しい言い方やめてって言ったじゃないか! ボクはただの一領主なんだからさ!」


 頭上――階段の上から聞こえてきたその声は、想像していたものより遥かに高く、幼かった。

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