第8話.志田一樹「その姿はまるで神のように見えた」
足元まで伸ばした長く白い絹のような髪に、血管が見えそうなほどに透明感のある肌。小柄な身体に豪奢なレースとフリルのドレスを纏い、長いショールを巻いている。雷鳴と共に現れたこともあって、その姿はまるで神のようにも見えた。
全身の白に、ルビーのように紅い瞳が良く映えている。
ふと、少女の指先からフヨフヨと光の粒が漂い始めた。思わず目で追ってしまう。その光は俺の方までやってくると、目の前でふっと消える。
俺が光を追っていたことに気づいたのか、少女は身体と似合わない艶っぽい笑みを浮かべた。
「へえ」
白い髪とドレスを揺らしながら、少女は微笑を浮かべたまま僕に歩み寄ってくる。俺が固まっていると、彼女は息がかかりそうなほどに近くに顔を寄せた。紅い瞳が、視界いっぱいに映り込む。吸い込まれてしまいそうな、不思議な瞳だった。
「君、面白い眼をしてるね」
「お、面白い眼……?」
彼女は唐突に、そう言った。その少女の方が、紅く珍しい眼をしていると思うけれど。
「セ、セラ殿! これはどういうことですかな!?」
雷鳴に耳を押さえていたテライドが、憤慨し突然現れた少女に向けて抗議した。
だが少女は、テライドの方を見向きもしなかった。
セラ、というらしい。綺麗な名前だな、と素直に思った。
「ねえ、君、僕と一緒に来る気はない?」
「セラ殿! 何を!?」
「うるさい」
少女が無造作に指先から細い光を放つと、それはテライドの胸を直撃した。電撃だ。ビクンと跳ねた後、大きな金属音を立てて、テライドは倒れる。
まさか……死んだ、のだろうか。倒れたテライドを見ていると、
「ん? ああ、いやいや、殺してないよ。気絶させただけさ。彼は仕事に真面目で良い人材だし、殺したら僕が大賢者に怒られちゃうからね。まあ、そんな話はどうでも良いじゃない。で、どう? 五秒以内に返事して」
五秒!? セラは手を突き出すと、「いーち」と数えて指を折り始めた。
ちょ、えっと、そんないきなり……。
動揺して周りを見ると、不安気に僕を見つめる母さんと目が合った。
――そうだ、答えなんて決まっているじゃないか。
「さーん、よーん、」
「――あ、あの! ごめんなさい。……家族がいるので」
咄嗟に、そう返事した。そう、母さんも三華も、俺が父さんに頼まれたのだ。迷う要素は、初めからない。
「へえ、ふーん。そっかそっか。……残念な気もするけど、まぁそれはそれでいいか。じゃあ、とりあえずそこで立ってて」
ニコッと笑みを残して、セラは彼女が現れてからずっと棒立ちになっている兵士の元へ歩いていった。
何だったんだ、今の。周りの兵士の反応を見る感じ、強キャラっぽいけどどういう立ち位置かは全く分からない。その人が俺に対して一緒に来ないかって誘いをかけてくるのはもっと分からない。二葉的に言うとイミフだ。
「おーい、一樹! 桜! 無事か?」
「ママ! 大丈夫?」
セラと兵士が何やら会話をしている間、俺と母さんが手持ち無沙汰に待っていると、父さんと二葉が息を荒くして走ってきた。
「雷が近くで鳴ってたけど、大丈夫だった? それに、エイモアって人の兵士が来るって」
二葉が慌てた様子で母さんに訊ねる。
「ええ、いらっしゃってたわよ、ほら」
母さんは三人の兵士とそれに支えられる副隊長テライド、そしてセラを手で示した。
「桜、怪我しているじゃないか! 大丈夫かい?」
二葉より少し遅れてきた父さんは、母さんの負傷した肩に気付き、心配そうにそう言った。
「ええ、大丈夫よ。ちょっと小突かれたくらいだから……」
「小突かれたって……。昔とは違うんだから、無茶しちゃダメだよ」
「大袈裟ねぇ」
口ではそう言いながらも、母さんは嬉しそうだ。この二人、未だにラブラブなんだよな。見ているこっちが恥ずかしくなる。
「ママ、それアイツらがやったんだよね?」
メラメラと闘志を滾らせて、パンッと拳を鳴らす二葉。ダメだ、こいつ好戦的すぎる。
「もういいわよ。穏便に終われるなら、それが一番いいわ」
「でも!」
「二葉。あなたに空手を習わせたのは、そんなことをするためじゃないわよ」
「……はい」
シュン、と萎んでしまった二葉。いかんな、兄として何か励ましてあげねば。
「まあ、それが大人になるってことだよ、二葉」
「黙れ、中二病兄貴」
……。いや、泣かないよ。だって俺は高二だもん。中二じゃないもん。
▽
「それでは、皆様にはエイモア様の屋敷に来て頂きます」
セラと言う少女が、雷と共に消えた後、残った兵士は俺たちにそう伝えた。先程までの攻撃的な態度を謝った後で、客人として迎え入れると言ってきたのだ。未だにテライドだけは攻撃的な態度ではあるけれど。
何だろう、この態度の変化は。どうも胡散臭い。
だがしかし、VIP待遇してくれると言うのなら警戒されるよりはありがたい。言われるがままに、俺たちはエイモアの元へ向かうこととなった。
もちろん、三華を一人だけ放ってはおけないので、五人まとめて、である。
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