第7話.志田一樹「ちくしょう、情けない」
【志田一樹】
異世界転移系なら、神様にチート魔法を与えられたり、全属性の魔法が使えたり、規格外の戦闘力が備わっていたりしそうなものだが、未だその気配はない。
むむむ、と己の内側に語り掛けて火の玉を出そうともしてみたけれど、うんともすんとも言わない。うーん、現実は厳しい。
とりあえず、今は父さんと二葉の帰りを待つしかない。父さんたちが得てきた情報から、今後の方針を立てるしかないだろう。
魔王みたいな存在がいるのなら、それを倒す旅に出るもよし。国と国が戦争中なら、その戦争を終わらせるために奮闘することになるのだろうか。
もちろんこれは現実である以上、ネット小説の知識を頼りすぎるのもよくないとは思うけど。でも、何も考えないよりかはいいはずだ。
父さんもよく言っていた。「思考は止めるな」と。色んなことを想定するのはきっと無駄ではない。
――ドンドンドン。
突如、玄関から扉を乱暴に叩く音が響いた。
一瞬ビクンと身体が跳ねる。何だ、いったい。明らかに父さんや二葉ではない。心臓が痛いほどに胸の内側を叩き始めた。
突然の状況に、色んな事態を想定していたはずの身体はこわばって動くことができない。クラスの身体の大きな子にいじめられていた、あの時と同じだ。頭では何をすればいいか分かっているはずなのに、身体は少しも動かせない。
母さんと目が合った。母さんも不安げな表情だったが、俺の顔を見てぎゅっと口を結んだ。
「一樹、ここで待ってなさい」
母さんは立ち上がって廊下に出ていこうとする。
「母さん!」
「……大丈夫よ。心配しなくても、二人に手は出させないわ」
いつものようにニコリと笑う。俺は、それ以上何も言うことができなかった。
――ちくしょう。情けない。
母さんと三華を守ってくれと父さんに頼まれたのに。結局、俺は守られるだけだ。
▽
「ここを開けよ。さもなくば突き破ることになるぞ!」
大きな声が扉越しに聞こえてくる。
玄関に歩いていく母さんの後姿を目で追いかける。
途中で、母さんは棚から箒を取り出した。武器のつもりなのだろうか。慣れたように手首の周りをくるりと回した。
「どちら様でしょうか?」
母さんは扉越しに語り掛けた。相手が身じろいだのが分かる。
「こちらは、大賢者エイモア・グランドール様に仕えるグレニラーチ守衛団副団長、テライドである。速やかにここを開けよ。さもなくば」
「何の御用でしょうか」
「……許可なくこの街に家を建てることは禁じられている。ここは空き家だったはずだ。貴様らには守衛団本部まで来て話を聞かせてもらう」
「話をしたら、助けてもらえるのですか?」
母さんがそう質問したのと同時、轟音と共に扉が蹴破られた。埃が舞い、母さんの髪と服がバタバタと揺れる。
「――そんなわけがないだろう。エイモア様の治めるこの街の治安を乱すものは誰であろうと許さん。貴様は豚箱行きだよ」
扉の先にいた男は、そう言ってにやりと笑った。
全身に鎧を着こんでいて、手には槍を持っている。とんがった兜は、顔の部分だけスライドさせてその髭面を露わにしている。
後ろにも三人、同じ格好をした兵士が並んでいた。テライドを含め、全員で四人。しかも全員が鎧に槍だ。勝ち目はない。
「それ以上、家の中に進んだら許しませんよ」
しかし母さんは、箒の柄をテライドに向けてそう宣言した。
「ほう? そのちんけな箒で何ができるのかは知らないが……そもそもここはエイモア様の土地だ。貴様に権利はないんだよ!」
言うと同時、テライドは強く踏み込んで槍を母さんに突き出した。魔法なのか、槍が薄く光っている。
――ドクン。心臓が跳ねる。
母さんは突き出された槍を箒の柄で弾き飛ばすと、身体を斜めにして、体勢の崩れたテライドの唯一出ている顔面へ向けて右のハイキックを叩きこんだ。テライドは扉の外によろめきながら出ていき、尻もちをつく。
……母さん、つえぇ。
倒れたテライドに箒を持ったまま近づく母さんの背中が、いつもより大きく見えた。
「くっ……お前ら! 違反者は立ち退き命令に従わず暴力を振るってきた。即刻立ち退きをさせるべく、戦闘を許可する! 敵は恐らく『剣士』系統か『武闘家』系統の職業持ちだ。遠距離を交えつつ鎮圧せよ!」
立ち上がりながらテライドが後ろの兵士たちに呼びかける。
剣士? 武闘家? 職業と言っていたから、ゲームでいうジョブシステムみたいなものだろうか。
一人の兵士が母さんに向けて槍を向けて近づいていく。後ろの二人は、槍を片手で持ったまま母さんに手を翳している。
箒を構える母さんは、どうやら正面の敵にしか注意が向いていないようだ。
――まずい!
「母さん! 魔法だ、気を付けて!」
俺が叫ぶのと同時に、兵士の手からゴオッと音を立てて火球が放たれた。母さんは咄嗟に身体を捻って避けようとするが、肩に火球が掠って弾き飛ばされる。更にその拍子に箒を取り落としてしまった。
母さんは慌てて箒を拾おうとするが、その前にテライドが箒を踵でバキリと折った。
そして、ニヤリと笑う。
「終わりだよ」
火球を放った兵士が、また母さんに向けて掌を向けた。
――くそったれ!
さっきまでピクリとも動かなかった足が、自然と動いていた。どたどたと廊下を全力で走る。火球が放たれそうになっているのか、光のようなものが兵士の手に収束していくのが分かった。
あんなのまともに食らえば、無事でいられるわけがない。助けないと!
だが、分かってしまう。収束したあの光は、後数瞬で火球となり母さんに直撃してしまう。くそ、これじゃ間に合わない……。
バリバリバリ!
視界を塗りつぶす強烈な光と共に、鼓膜を突き破りそうな轟音が空気を揺らした。
なん、だ――
「――ハイ、そこまでー」
鈴のような美しい声が、痺れた鼓膜を優しく擽った。
視界が戻ると、そこにいたのは美しい少女だった。
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