第10話.志田真太郎「星渡りの聖女?」
見上げると、彼は階段を降りてきているところだった。
着衣は、頭のターバンや大きな布を結んだような衣服に山吹色の袴のようなものと、アラビアンな印象を受ける。背中まで伸びたグリーンの髪は後ろで大きな三つ編みにされており、身に着ける豪華な宝石類から、彼がただの子供でないことが読み取れた。だが、領主というにはあまりに幼く、背丈は百五十センチほどである。年齢的には小学五年生である三華と変わらないだろう。
「えっと……エイモア様の、御子息でしょうか?」
「なっ、ぶ、無礼者!」
「もう、別にいいってば、テライド!」
しまった、違ったか。
「君たちがそう思うのも仕方ないけれど、ボクが正真正銘エイモア・グランドールさ! こう見えて、君たちよりはずっと年上なのさ!」
「なるほど、エルフとかの人種か」
納得したように一樹が呟く。何がなるほどなんだ、一樹。その現実と空想をごちゃまぜにする癖をやめなさい。
「……へえ、君、あのエルフを知っているんだね。だけど残念。エルフと一緒にしてほしくはないなあ。確かにエルフ族は長命だけれど、ボクは彼らと異なり、不老なのさ」
エイモアは、幼い笑みでそう言い放った。
「え、何? フロウ? ラップでもすんのあいつ」
小声で二葉が一樹に訊ねる。おいおい、父さん二葉の将来が心配だよ。
「……ごめん、今なんの話してる?」
と思ったら、桜も話についてこれていないようだった。
まあ、仕方ないか。これは漫画を読んだり小説を読んだりして、現実と乖離した話に慣れておかないとすんなり理解するのが難しい類の話なのかもしれない。
「大丈夫、ここは僕と一樹に任せて」
「ごめん、ありがと、真太郎さん」
どういたしまして。
「なるほど、不老不死系ショタか。強キャラだな」
「あはは、不死ではないけれどね。っと、こんなところで立ち話もなんだし、こっちに来なよ。応接室で話を聞くよ。そこの眠っているお嬢さんを背負ったままではしんどいだろうしね」
たしかに、小学生というには不自然に言動が大人だ。
▽
通されたのは、ソファとテーブル、それにタンスが置いてあるだけの、簡素な応接室だった。暖炉もあって、温かみの感じられる部屋だ。
ソファには僕と桜が座り、桜の膝枕で三華が寝ている。三華が一向に起きないのが気がかりだが、今はどうしようもない。一樹と二葉は長方形のテーブルの短辺側のソファに大人しく座っている。テーブルを挟んで向かい側にはエイモアが腰かけ、その後ろにはテライドが控える。
「……そっか、じゃあ君たちは、突然この世界に飛ばされてきて困っているんだね」
「ええ、その通りです」
「それは災難だったね。こっちも、いきなり捕えようとした非礼を詫びるよ」
「いえ、そんな。仕方のないことです」
変に隠さず事情をそのまま伝えると、エイモアは疑うこともなくそれを受け入れた。のみならず、僕たちに謝りさえした。
「エイモア様! それは私めの独断でしてしまったことです! 悪いのは私ですので、どうか!」
「テライド。部下の責任は上司の責任でもあるでしょ。それに、テライドにも落ち度はないと思うからね、ボクは。不慮の事故みたいなものだよ」
テライドは恐縮して縮こまる。良い上司だな、彼は。テライドが羨ましいくらいだ。
「さて、じゃあ話を進めるね」
こちら側からの話が一段落すると、改まってエイモアは口を開いた。
「とりあえず、君たちにはこのグレニラーチで暮らすことを許可するよ。住民税やらなんやら面倒なことは後で担当の者に説明させるけど、この街に所属するのなら当分、税のことは気にしなくていい」
「それは……ありがたいですが、あまりにもそちらに利がないんじゃないですか?」
エイモアはニッコリと笑った。
「人材は宝なのさ。それに、見返りはあるよ。こうすれば君たちは、いずれボクに恩を返してくれるだろう?」
「貸し一つ、というわけですね」
「うん、そう受け取ってくれるとありがたいな。ボクだって慈善事業で領主をやっているわけではないからね。そのうち、色んなお願い事をするかもしれない」
それは、つまり鎖だ。一見こっちに有利な条件に見えて、感謝という感情で僕たちを雁字搦めにしようとしている。しかし、現状僕たちに選択権はない。
「分かりました。心得ておきます。……それで、幾つか質問があるのですが……」
「うん、僕は物知りだからね。どんな質問でも大丈夫だよ」
「僕たちのような人たち――つまり、異世界からの転移は、前例があるのですか? それと、元の世界に帰る方法があれば知りたいのですが……」
数秒、エイモアは顎に手を当てて思考する。
「いや、こんなケースは君たちが初めてさ。帰る方法は、正確には分からない」
そっと、桜が僕の袖を掴んだ。その小さな手に僕の手を重ねる。
「正確には、ということはおおよそは見当がついているのですか?」
「予想の域を超えないけれどね」
「差し支えなければ、教えていただけないでしょうか」
元の世界に帰る方法がある。それだけでも、今の僕たちには十分すぎる希望だ。
エイモアはしっかりと頷いた。
「もちろんさ。――『星渡りの聖女』なら、もしかしたら可能かもしれない」
「『星渡りの聖女』? それは、いわゆる職業ですか?」
「うん。そうだよ。このアストラ王国第一王女の職業は、『星渡りの聖女』。世にも珍しい固有職の一つさ。あらゆる法則を無視して空間を移動することが出来る。彼女はまだ十五歳だけれど、その力は既に絶大だ。なんせ彼女がいるだけでどんな場所にいても王国軍が乗り込んでくる危険性があるわけだからね」
魔法というのは、そんなことまで可能なのか。
「彼女がもう少し大きくなれば、君のいた異世界にだって渡れるかもしれない。なんせ、彼女の力は成長を続けているからね」
「なるほど……」
ならば、当面の目標はその第一王女と接点を持つことになる。だが、この話が本当なら第一王女は国にとってもかなりの重要人物であるようだから、それはかなり困難だろう。やるしかないが。
「へー、戦略級じゃん。かっこいいなぁ」
「王女ってマジ憧れるわ」
一樹と二葉がそれぞれ感想を述べる。子供というのは、素直というのか何なのか。
能天気な二人と違って、桜はずっと不安そうにしていた。
「それより、お水のこととかお金のこととか、これからの生活をどうしていけばいいかも聞きたいんですが……」
控えめな声で訊く桜に、エイモアは安心させるようにニッコリと幼い笑みを向けた。
「うん、とっても大事な話だね。お金に関しては一旦ある程度ボクが貸すよ。利子はいらないから、余裕が出来たら返してくれたらいい。一か月暮らすには十分な金額を渡すね。水は街のいろんな場所に井戸を設置してあるから、そこから汲んでくればいい。それと、お金の稼ぎ方だけど――」
そこで切って、エイモアは僕たちを見回した。露天商の話では、組合で依頼が受けられるらしいが……。
「――まずは、君たちの職業から調べようか」
「スキル診断きちゃあ!」
一樹が、椅子から立ち上がり叫んだ。僕は君が本当に心配だよ、一樹。
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