第5話.志田二葉「それってマジでヤバくない?」
そのまま二人で少し街を歩いて見つけた、道路の脇で露天商をしている男に声をかけることになった。あたしとしてはもうちょっとイケメンが良かったけど、こんなときに言うことじゃないよね。
「すみません、ちょっとお尋ねしたいんですけど」
「ん? 何だね。よく見れば珍しい素材の服を着ているね、あんたら」
まん丸の眼鏡を押し上げてじろっとあたしたちの身体を見てくる髭面のおじさん。うっ、少し鳥肌が……。
「ああこれですか。ちょっと訳あって、遠くの村から来ましてね。それでちょっとこの辺の事情に疎いんですが、少しお話をお聞きしても?」
「ほう、田舎出身か。商品を買ってくれるなら構わんが、客でもないやつを相手にしている暇はないぞ」
意地悪なヤツ。ちょっと話するくらいいいじゃん!
「ええ、それで構わないのですが……すみません、貨幣も違う国から来たものですから……。物々交換などは可能ですか?」
「ふんむ、そんなに遠くから来たのか。よし、とりあえず物々交換でかまわんよ。珍しいものを持ってそうだしな」
「はい、これなのですが……どうでしょうか」
パパがポケットから出したのは、100円ライターだった。え、そんなもので大丈夫なわけ?
「なんだ、それは。見たことがないが」
眉間に皺を寄せる店主に、パパはライターで火をつけてみせた。
「こういうものなのですが……」
「こりゃ驚いた! あんた、魔法具なんて持ってんのかい! そんな貴重なもんと釣り合うもんなんてここにゃあ置いてないぞ」
「いえいえ、構いません。質問したことに答えてくれて、それとそこの地図と少しばかりの貨幣を分けてくだされば十分です」
詐欺だ。父親が詐欺している現場を目撃してしまった。目を丸くしている店主が細かく頷いている。
「そんなものでいいんなら、こっちは構わんが……。後から返せって言っても返さんぞ」
「ええ、大丈夫です」
パパはライターを店主に手渡すと、店主からガサガサした紙の地図と銀貨を5枚と銅貨を15枚受け取っていた。ただ、銅貨の中にも種類がある。
ああ、父親が人を騙す瞬間なんて見たくなかったな。そのライター100円だよ、店主さん。
「それで、聞きたいことってのは?」
「そうですね、まずはここら辺の相場についてと、この街のことについてできるだけ詳しく。それと、田舎から来た人が金を稼ぐなら何がいいかを教えて頂けると幸いです」
パパはここぞとばかりに質問した。とりあえずここは全部パパに任せて、あたしは後ろで話を聞いていることにする。最初からそうだけど。
「相場か……そうだな、普通の店ならパンとスープは銅貨一枚程度で買えるだろう。少し贅沢したいなら半銅貨一枚を足せば軽いおかずも付けてくれるだろうな。材料から買って作ればもう少し安くなるかもしれんが、旅してきたなら家などないだろうしな。宿屋は安いとこなら飯付きで一人銅貨三枚といったところだ」
店主の説明に、ふんふんとパパが相槌を打つ。パンとスープかぁ、なんか質素じゃね。
「この街はグレニラーチ。知っているとは思うが大賢者エイモア様の治める街だよ。王国の中ではあるが、特別にエイモア様に自治権が与えられている、小さな国のようなものだ。エイモア様が治めるまでは貧しい街だったが、今となっては立派な大都市だ。エイモア様は移住は歓迎しているから、きっとあんたらも過ごしやすい街だろうよ」
王国に大賢者って……いよいよアニメみたくなってきたや。
よく分かんないけどエイモアって人が県知事みたいなものなのかな? 多分だけど髭すごい長い仙人みたいなお爺ちゃんだろうな。
「後は、金を稼ぐ手段か……。そうだな、あんた、こんな魔法具を持ってるってんなら、職業は魔具士かなんかかい?」
「あ、いえ、職業は学者ですが……」
パパが否定すると、店主は訝しむようにパパを見た。そんなガン見すんなし。
「学者? そんな職業、聞いたことがないが……固有職か。そこの嬢ちゃんは何なんだ?」
「は? あたし?」
何なん職業って。まだ学生だっつの。
あたしが答えないでいると、店主は「ああ、すまん」と謝ってきた。
「いきなり職業を聞くのは無礼だったな。申し訳ない。学者というのが何なのかは知らんが、戦闘系の職業なら組合で魔物討伐依頼や護衛依頼が受けられるはずだ。それが一番手っ取り早いな。非戦闘系だったらそれに応じて稼ぎ方が変わるから、一概には言えんが……」
「魔物、というのは?」
「あ? あんた魔物も知らないってことはあるめえよ。魔物ってのは…………」
おじさんたちの話は長い。後からパパに直接聞けばいいや。スマホが使えれば一発なのにな。異世界って不便。
せっかくだから、あたしはあたしで、この街の様子を少し調べてみようかなぁ……。今のところ危険な感じはしないし。
美味しいお菓子とかあればいいけど。パンケーキとかタピオカとか、ないとあたし死んじゃいそう。
よし、パパを見失わない範囲で少し探索してみよう。
アクセサリーを売っている店、美味しそうな匂いが漂ってくる料理屋さん、かわいい帽子が売ってある服屋さん。何だ、異世界って言ってもやっぱりショッピングは楽しそうじゃん!
そうやって周りをキョロキョロしていたあたしの耳に、近くで世間話をしていたおばさんがたの井戸端会議が聞こえてきた。
「……それでね、あそこの空き家があったじゃない? そこが今朝になっていきなり変な家に建て替えられたらしいのよ」
「怖いわねえ。昨日の夜中に地震があったじゃない? あれが関係しているのかしら」
「分からないけど、住人が一瞬出てきたらしいわよ。見たこともないような変な格好をしてたらしいわよ」
「聞いた聞いた。そういえば、エイモア様のとこの兵士が騒いでたわね。今からそこの家の中に突入するんじゃないかしら」
「あら、エイモア様がいるからやっぱりこの街は安心ね」
「ええ、そういえばこの前、うちの旦那が……」
……これって、もしかしてウチのこと? てことは、今ママと兄貴と三華の三人だけの家に、兵士が向かってるってこと? それって、マジでヤバくない?
パパに知らせなきゃ!
すぐにパパの元に戻り、聞いた話をそのまま伝えた。
「走るよ」
店主との話を打ち切って、パパは短くそう言った。
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