第4話.志田二葉「この世界どうなってるわけ? イミフすぎ」

【志田二葉】


 ありえないんだけど。

 この世界どうなってるわけ? イミフすぎ。


 何でこんな街中でそんなごっつい鎧着てるの? 剣とかハンマーとか杖とか弓とか、どこのアニメ世界の住人ですか? てか髪染めすぎじゃない? 100%うちの中学なら校則違反だな、アレ。生活指導の田中センセにバリカンで刈られても文句言えないぞ。


 すっかり変わってしまった街並みを歩いていると、さっきの光景がふと脳裏に蘇る。黒いローブを着た男が手から出したあの火球は、パパが疑っていたように本当に火炎放射器だったのだろうか。


 何となく、違う気がする。球体に近い形だったし、彼の動きからは火炎放射器のようなものを隠している様子はなかった。魔法以外に説明がつかない。というか、魔法だったらちょっと夢がある。


 それにしても。


「パパ、あんまりキョロキョロしすぎないでよ」


 アタシの横を歩くパパにしか聞こえないような声量で注意すると、パパは「うんうん」と小さく頷いた。

 あ、ダメだこれ。自分の世界に集中しすぎて人の話全然聞いてないときのパパだ。


 パパには昔からそういうところがある。昔といっても私が十四歳だからパパからしたらそんなに昔でもないかもだけど。でもママもそう言ってたからきっとパパはずっとこんな調子だったんだろう。もうちょっとで四十になるんだからしっかりしろっつの。


 さっきだって、一人で外を見にいくって出て行こうとしたのをアタシとママで必死に止めた。研究者がみんなそうなのかは知らないけど、パパは考え事をしてる時周りが見えてなくて危なっかしい。初めての街で、しかもこんな変な街でパパを一人で歩かせたらどこの誰に喧嘩を売られるか分からない。


 ママは熱のある三華についていなきゃ行けないから、アタシが着いて行く事になった。兄貴も行きたがってたけど、兄貴も兄貴で時々突拍子もないことするから妹としてはかなり怖い。今みたいに浮かれている時は特に危険。現実を漫画やゲームと一緒に考えて変な行動取るに決まってる。それに腕っ節も弱いただのオタクだからパパに付き添わせたところで喧嘩を売られたらまとめてKOされるだけだ。ホント、ウチの男たちは貧弱すぎる。


 一応アタシは空手で全国に行ってるから少しだけなら闘えるし。それでも大人の男相手、しかも武器持ちならかなり厳しいけど、逃げるだけならどうにかなるかもしれない。


 スーツや制服はこの街では目立つから、持っている服の中で出来るだけ目立たないような服装に変えてきた。黒いカッパは、ローブのように見えないこともない。


「パパ、何か分かった?」


 家を出てしばらく道沿いに行くと、商店街に出た。人通りは多くなって、出店も出ているみたいだ。朝市というやつだろう。野菜や果物、パン、魚などが売ってある。


「うん。野菜や果物は僕たちのよく知っているものもあるけど、全く知らないものも多いね。少なくとも日本じゃないな。それに魚が変な色をしてたり角みたいなものが生えているのも気になる」


 確かによく見れば、魚には角が生えているみたいだ。そういえばさっき、馬にも生えてなかったっけ。イミフ。


「通貨も見たことがないものだね。紙幣は使用されてないみたいだ。銅貨や銀貨が使用されているようだけど、造幣技術は少し低いね。技術文化の発達していない国……もしくは、世界なんだろう」


 ……ん? つまり変な場所ってことかな。パパの話は頭の悪いあたしでは時々よく分からない。


「二葉、街の人たちの話している言葉は理解できるかい?」

「え? うん、できるけど」


 うんうん、とパパは頷いた。


「それがおかしいような気がしないかい? ここまで文化圏は違うのに、どうして言語は日本語なのだろう? あそこをよく見てごらん」


 パパが指差して示したのは、小さな居酒屋のような店の看板だった。そこには、グニャグニャとした線が羅列してある。だが……。


「酒場トンメル?」

 何となく、その文字の意味が理解できる。まるで最初から知っていたかのようだ。


「そう。そう書いてあるように感じるね。僕たちが見たことのない文字であるのに、その意味が自然と頭に入ってくる。文法もきっと日本語とは違うはずなのに、話し言葉も書き言葉も自然な日本語に変換されて脳に入ってくるんだ。これは驚くべきことだ。確かにこれは、魔法と言っても問題ないほどのことだよ」


 早口でそう話すパパは少し興奮気味だ。自分の研究を話すときに似ている。こうなるとパパの研究病が止まらないから、早めに方向修正しないと……。


「それはすごいけど……てかパパ、そんなことよりあたしたちがこの街でどう生きていくのかの方が今重要じゃん。三華だって風邪が悪化したら医者に見せないといけないだろうしさ」


 パパはハッとしたようにあたしを見た。


「そうだ、その通りだ。すまないね、二葉」

「いえいえ、どーも。パパが変人なのは知ってるし!」


「信じがたいことではあるけれど……言語のことからもこの世界が僕たちのいた世界とは違う世界だと仮定して、差し当たっての問題は食糧問題や金を稼ぐ手段かな。それに戸籍の登録なんかも必要になるのかもしれない。とりあえず、その辺の情報を得ることが必要だから、誰か温厚そうな人に話しかけよう」


 顎に手を当てそう言うパパ。うん、やっぱり少し理屈っぽいけど頼りになる。

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