第3話.志田真太郎「守らなければならない。夫として、父として」
【志田真太郎】
一つずつ起きた事象を整理していく必要がある。
昨晩、小さな地震が起きた。僕以外は寝てしまっていたから気付いていないだろうが、あれが何かの前触れだったのかもしれない。
本日二月十三日の朝、いつものように僕は目覚めて、妻の桜が作ってくれた朝食を家族揃って食べた。水道管が凍っていたらしく、備蓄の水で料理したとのことだ。
その後コーヒーを飲みながら昨晩遅くに起きた地震についてインターネットで検索しようと思ったが、スマートフォンは圏外になっていた。故障かと思い、テレビをつけようとするも電波が悪いのかどのチャンネルも映らない。もう古いテレビであったし、買い替え時かと諦めた。
しばらくして、朝の早い長男の一樹と長女の二葉がリビングから出て行くのを見送ると、出勤の準備を始めた。職場の研究室は九時までに到着すればいいから、僕の朝は割とゆったりめだ。
次女の三華が気分が悪そうなので体温を測らせたところ、三十七度五分あった。大事をとって休ませるため、小学校に電話するよう桜にお願いしたが、電話が繋がらないという。
インターネットもテレビも電話も繋がらないのは流石におかしいと感じたところで、バタバタと玄関から音が聞こえてきた。
ガラガラと乱暴に扉を開けてリビングに入ってきた一樹は、興奮した様子で叫んだ。
「お父さん、イセカイテンイケイファンタジーだ!」
最近の子は何を言っているか分からない。ジェネレーションギャップを日々感じさせられる。
それに続いて二葉も珍しく慌てた様子でリビングに駆け込んできた。
「マジイミフなんだけど! 魔法! 魔法使ってるんだけど!」
……何かが起きているということだけは理解できた。
二人を一旦落ち着かせて話を聞く。
どうやら、玄関から先がまるっきり別世界のようになってしまっているらしい。
確認したが、二人の話の通り異国のような街並みだった。昔旅行でヨーロッパに行ったことがあるが、あの石畳や赤い屋根の並んだ様子はチェコの街に近い。
とは言うものの、チェコにも武器を剥き出しで抱えている人々なんていなかったし、もちろん一樹たちが見た『魔法』なんて現実に存在するはずもない。ローブの下に火炎放射器でも仕込んでいたのではないかとは思うが、そもそもたかが喧嘩で火炎放射器を使用する輩が外にいるなんて考えたくもない。そんな文化圏の国が現代社会にあってたまるか。
何やら一樹がウキウキしている気がするが、危険なのでとりあえず外に出るのは禁止にした。
一樹の説明が本当なら、僕たちは家ごと移動してしまったらしい。異世界、というのはにわかに信じ難いが、かと言って現状を説明できる論理を思い付かない。昨晩の地震が何かのトリガーになったのではないかと推測されるが、だからといって今までの世界がここまでおかしくなるなんて聞いたことがない。
インターネットもテレビも電話も、ここが異世界だから繋がらないのだろうか。電気だけはソーラーパネルにしていたおかげで供給できていた……のだろうか。そういえば水道も止まっていた。あれが水道管の凍結でないとしたら……。
正直、何も分からない。一樹のいう異世界転移とやらで一応説明はつくが、そんな小さい子の妄想みたいな話を信じてもよいものか……。
「これからどうします、真太郎さん。冷蔵庫もいつまで使えるか分からないし、缶詰とカップ麺はいくらかあるけど、それだけでいつまで持つか……。」
ソファに寝ている三華の頭を撫でながらそう言う桜の声音は不安気だ。
部屋から『異世界転移系』とやらの漫画を持ってきて何やらうんうん唸っている一樹に、それを見て「キモ」と呟く思春期の二葉。
――守らなければならない。
夫として、父として。僕が家族を守らなければ。その強い義務感が、心の奥底から湧き上がってくるのを感じた。
そのためにもまずは外のことをしっかりと知る必要がある。
玄関から確認できるだけの情報では限りがある。幸い、喧嘩でもしない限りいきなり火炎放射器をぶちかましたりして来る乱暴者はいないようなので目立たないようにすれば通りを見てくることは可能だろう。
「僕が外を見てくるよ。誰か話ができそうな人がいたら話を聞いてくる。ここが僕たちの知らない外国にせよ異世界にせよ、知らなければどうしようもないからね」
前提知識を持ち、事象を理解し結果を予測することが研究の基本だ。まずは、前提知識から埋めに行こうか。
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