第2話.志田一樹「魔法だ」
普通(?)異世界転移ってトラックに轢かれたとか、そんなトリガーになるようなことが起きるはずだけど、もちろん俺はトラックに轢かれてなんかいない。神様に夢で会ったりもしてないし、身体能力が急に上がっている感じもない。
「……ステータスオープン」
小さな声で呟く。もちろん何も起こらない。当たり前だ。
ふと思いつき、傘を持ってみる。傘を振って、頭に浮かんできた呪文を唱えた。
「――炎の精霊よ。我が願いを叶え我が敵を葬り給え、『ファイアボール』」
「――何玄関でキモいことしてんの? そういうの、マジでキモいよ」
突然後ろから冷たい声をかけられ、ビクッと無様に体が反応した。
「ふう」
何事もなかったかのように息を吐いた。手に持った傘はそっと傘立てに戻す。
平常心平常心。羞恥心なんて感じてない。そういうことにして欲しい。
振り返ると、中学のセーラー服に身を包んだ目つきの悪い少女が、蔑むように俺を見ていた。目鼻立ちは整っているが、切れ長の目とこの態度から冷たい印象を受ける。肩ほどの高さに切り揃えられた髪が、サラリと揺れた。
何を隠そう、我が妹一号である。
「まあ、別になんでもないけど」
「…………。ほのおのせいれいよ、わがねがいをかなえわが」
「お願いやめて!」
突然の呪文詠唱を、決死の思いで止める。こいつ、俺の痛いところを突いてきやがる……。
「ふん。で、何でそんなとこにまだいるわけ? さっさと行ってくんない? 兄貴と一緒に歩いてるの、見られたくないんだけど」
「いや……。まあ、あの、なんて言えばいいのか……異世界転移というかファンタジーというのか」
説明を試みるが、正直何からどう説明していいか分からない。
「は? 何言ってるか分かんないんだけど。行かないんなら邪魔だからどいてくんない?」
妹一号の志田二葉は、玄関の真ん中で突っ立っている俺を鬱陶しそうに避けながらスニーカーに足を通した。トントンとつま先で床を叩きながら取手に手を掛ける。
……まあ、百聞は一見に如かずというし、見てもらった方が早いか。
ガチャリ。
「………………は?」
バタン。
「……どうだった?」
ドアを閉めた姿勢で固まっている二葉が振り返る。その表情は明らかに困惑していた。
「……は? 外国になってる? ……いや、てかどう見ても街で持ってたら捕まる系の武器持ってる人がいたんですけど。通り魔?」
「な、だから言っただろ」
「え、え、待って待って。これどうなってるわけ?」
「それが分からんからキモい動きしてたんだよ」
そう答えると、二葉は少し考え込むように黙った後、もう一度ゆっくり扉を開けて、隙間からその先を覗き込んだ。俺もそれにならって二葉の上から覗き込む。
やはり何度見てもそこは慣れ親しんだ近所の風景ではなく、どこか異国の街並みを思わせる家々が並んでいる。
馬車を引いている馬はよく見たらただよ馬ではなく、ユニコーンのように頭部に小さな角が生えているように見える。人種は白人であったり黒人であったりアジア人風であったりと、様々な国の人間が混在しているようだ。ただ、髪の色は赤、青、黄、緑、金、茶、とカラフル極まりない。とんだ陽キャ集団である。容疑検査があったら一発アウトだ。
「兄貴、あれ……」
二葉が指差した先では、スキンヘッドの大男と黒いローブを着た細身の男が言い争いをしているようだった。野次馬が数人集まってそれを囃し立てている。まさに一触即発といった様子だ。
今にも掴みかかりそうな剣幕で大男が何やら叫ぶと、細身の男が馬鹿にするように肩をすくめた。その態度に怒ったのか、大男は細身の男に勢いよく殴りかかった。
「あっ」
下で二葉が小さく声をあげる。同時に、殴られた細身の男が吹き飛ば――――されなかった。
細身の男は素早い身のこなしで華麗に大男の拳を避けていたのだ。そして、そのまま手のひらを大男の身体に翳した。
「――――え」
目の前で起きた光景に、思わず声が漏れた。
ゴオッという何かが燃焼する音と共に、男の手からは野球ボールほどの火の玉が放たれた。
タネも仕掛けもないかは分からないが、少なくともこの距離からは火の玉が突然発生したように見える。火球は大男に直撃すると、その身体を数メートル弾き飛ばして消えた。
これは、まさか――――。
「何、今の」
二葉の呟きに、俺は混乱と不安と、同量の期待感に胸をいっぱいにしたまま返事をした。
「――――魔法だ」
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