第1話.志田一樹「分かったか? つまり俺はリア充だ」

【志田一樹】


 今日もいつも通りの朝だ。自分の趣味に溢れた部屋で目を覚まし、制服に着替えた。リビングで母さんの作ってくれた朝ご飯を食べる。

 仲の悪い妹と一緒に登校するのは気まずいから、少し早めに家を出ようと玄関に向かった。


 学校は好きじゃない。スクールカーストに支配された教室はひどく息苦しく、猿のように騒ぐ陽キャどもが馬鹿笑いしているのが目障りで仕方ない。

 勉強や部活に精を出すことだけが正しいという価値観を押し付けてくる教師には吐き気がする。

 男女でイチャイチャと不純異性交遊に勤しむことを青春の全てと勘違いしている奴らなんて最悪だ。


 死ねばいい。いや失敬。葬り去ればいい。


 そもそも『リア充』って言葉自体がムカつく。

 リア充ってなんだよ。じゃあ、恋人いることがイコールリアルが充実してるって意味なんですか? 趣味を存分にやれていて、しかもその趣味を仕事にできている人がいたとして、その人は恋人がいなかったらリア充じゃないっていうのか?

 逆に恋人はいるけど借金があって毎日食べていく人がやっとの人はリア充と言えるのか? 


 分かったか? 

 つまり俺はリア充だ。


 恋愛していなくたって、部活動をしていなくたって、親しい友人がいなくたって。

 いいじゃないか、それぞれの青春があるんだから。むしろそんな固定概念に縛られる方が視野が狭くて可哀想だ。そんなありきたりな個性のない青春が送れなくたって、俺には俺の青春がある。


 ――なんて。


 そんな屁理屈を立てることで今日も扉を開ける勇気を振り絞る。木製の暖かな雰囲気のある扉。だが、俺には地獄に繋がるゲートに見える。

 ここを開ければ居心地のいい家から出てあの教室に向かわねばならないと思うと、最悪の気分だ。


 この扉を開けたら、外の世界がネット小説によく出てくる中世ファンタジー系異世界になってないだろうか。そして俺は唯一の転移者であり、世界初の闇属性魔法の使い手にして最強の剣士として英雄となり、魔王との戦争で無双してハーレムにならないかなぁ……。


 昨夜読んだ小説の設定を妄想しながら取っ手を回し、扉を押した。


 隙間から吹き込んできた乾いた風が、うざったくなってきた前髪を揺らす。差してくる日光に思わず目を細めた。


 扉を開けたその先は、いつもの風景――ではなかった。


「えぇ!?」


 あまりの驚きに大きな声が出た。目の前に広がる光景は、俺の知っている場所ではない。玄関から出たらまず見えるのは最近リフォームしたばかりの川島宅であるはずだったが、赤い屋根の見慣れない建物になっていた。


 道行く人々の物珍しそうな視線が俺に刺さる。俺の着ている制服が珍しいのだろうか。それとも、周りの街の雰囲気に対してこの家が浮いているからだろうか?


 バタン。とりあえず家の中に戻り、焦って扉を閉めた。大きな音が鳴る。


 いやいやいやいや、ちょっと待て。待ってくれ。まだ心の整理ができてない。

 落ち着いて、いったん今見たものを確認しよう。


 扉の先に広がっていたのは、未知の世界だった。今までの町の風景と共通点があるとしたら、空が青かったくらいだ。


 道路を挟んで向かい側はモダンな住宅地だったはずなのに、レンガ造りで赤い三角屋根の洋風な建造物が並ぶ異国情緒溢れた街並みになっていた。


 道路はコンクリートではなく石畳になっていたし、そこを行きかう人々も現代日本に普通に歩いている人とは様子が違った。魔女のようなローブを着ていたり鎧を着こんだりマントを羽織っていたり、コミケ会場でもなければありえない。


 それだけならまだしも、この二十一世紀に馬車が走っているし、ましてや剣や槍を背負ってる人が普通に街をうろうろしているなんてどう考えてもおかしい。銃刀法違反ではないのか。


 映画の撮影の可能性も頭に浮かんだが、向かいの家や道路を一晩ですっかり建て直したりすることは困難なはずだ。向かいの家に住んでる川島さんからはそんな話聞いてないし。


 ということで、結論。

 扉を開けると異世界が広がっていた。ということになる。もしくはタイムスリップか? とにかく、尋常ではない何かが起こっている。

 そんなことがあり得るかどうかの話ではない。そんなことが現実になってしまっているのである。


 待ち望んでいたはずの非日常は、やってきたらやってきたで困るものなんだなぁ。と、何故か頭の隅で冷静に思った。

 とりあえず今は、いったい何をすべきなんだろう。

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