異世界で核家族は斯くありき
守川ひゞく
世界の秘密編〜異世界転移?〜
第0話.????「ずっとずーっと、大好きだよ」
【????】
「ねえ、いやだよ。はなればなれになりたくない」
三華がわたしの手を掴んで離そうとしない。
「もー、お姉ちゃんなんだから、泣かないでよ」
三華の大きな目から溢れた涙を、わたしは拭った。わたしだって泣きたいけど、そうしたら三華はわたしからきっと離れようとしない。
「双子なんだから変わらないじゃん……」
「お姉ちゃんはお姉ちゃんですー。わたしにとっては二葉ねえも三華も立派なお姉ちゃんだもん。……ね? だから、わたしのさいごのお願い聞いてよ、お姉ちゃん」
涙の止まらない三華のおでこにわたしのおでこを引っ付けて、ニッコリと笑ってみせる。
うまく、笑えてるかな……?
「うぅ……さいごなんてやだよぉ……だって、そのお願い聞いたら、そしたら三菜は……」
「だいじょーぶ。わたしは落ちこぼれだけど、それでもマザーにとってはわたしがいちばん価値があるもの。だからわたしは死なないよ」
本当の話だ。回路がないからユニバーステクノロジーは使えないけど、わたしはその分ユニバースエネルギーを生み出すことができる。いわゆる、発電所みたいなものだ。
だからきっとマザーはわたしを殺さない。殺さず、永遠に生かし続けるのだ。どんなに苦しくても辛くても、死ねない。ある意味、死ぬより辛いのかもしれない。
――でもそんなの、みんなが死ぬより辛くないに決まってる。
とある研究施設の中、薄暗い部屋の片隅。そんな場所で、わたしは三華を強く抱きしめた。
「みんなに伝言、伝えてもらっていい……?」
三華の耳元で囁く。
だめ、声が震えてる。これじゃ三華を不安にさせちゃうよ。
いつものように、明るく元気な三菜でいなきゃ。せめて今だけでも。
「ね、いいよね」
「うっ、うぅ……ぐすっ」
三華は泣き虫だ。お姉ちゃんのくせに。そんなに泣くと、わたしまで泣きたくなるじゃないか……。
「お願い、三華」
泣きじゃくりながら、三華は頷いた。
「えっとね、パパ。研究ばっかりでママを困らせちゃやだよ、みんなと遊んでよね。……パパにこの前抱っこしてもらったとき、恥ずかしかったけどうれしかったよ」
だめだ、泣いちゃだめ。
「ママ、覚えてる? 二人でケーキ作ったの。ママはすごく料理が上手で……もっとたくさん、教わりたかったなぁ……でも、怒ったら怖いから、泣き虫三華にはほどほどにしてあげて」
「うぅ、泣き虫じゃないもん……ぐすっ」
「一樹にい。怖がりで、面白くて……時々カッコいい一樹にいが、三菜は大好きです。お嫁さんにはなってあげられないから、ちゃんとかわいい人見つけてね」
照れて「やかましい」と言う一樹にいの姿が目に浮かぶ。
「二葉ねえ、一樹にいとは仲良くね。いっつもケンカしてるけど、ホントは一樹にいのこと好きだってわたし知ってるよ。二葉ねえにもらったかみかざり、一生大事にするね」
緑の葉っぱの髪飾り。誕生日にもらったわたしの宝物。
「そして、三華」
顔を離して、三華の涙でぐしゃぐしゃの顔を見つめる。きっとわたしたち、今同じ顔してるよね。鏡で写したみたいに。
「……三華といっしょにいれて、ほんとに……ぐすっ……ほんとに、よかったよぉ……。いつも、いつもいっしょで……べんきょうも、あそびのときも、ずっと、うっ、うぅ……ずっと……」
三華の泣き虫がわたしにもうつったみたいだ。目の前にある三華の顔がぼんやり滲む。
離れたくない。三華とずっと一緒にいたい。本当は一人で残りたくなんかない。みんなと一緒に行きたい。
「三菜、三菜ぁ……やだよ、やっぱり、やっぱりいっしょに……」
「……ぐすっ。……うんうん、だいじょーぶ。心はずっといっしょなの。双子だもん」
だめ。大事だから。大好きだから、ここでお別れしないと。
「バイバイ。みんな。ずっとずーっと、大好きだよ」
三華をもう一度抱きしめて、私の中で作り出したユニバースエネルギーを思い切り流し込む。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴ。
床が揺れ出した。照明が明滅を繰り返す。
急に身体中のエネルギーを出し切ったせいで、頭がギシリと痛んだ。身体にもどっと疲労感が押し寄せる。
「まって! 三菜! なんで!?」
「このままいると、いっしょに行きたくなっちゃうもん」
「じゃ、じゃあいっしょに!」
本当は分かってるでしょ? 三華。
「だめだよ。わたしが行ったら、みんなは殺されちゃうもの」
「やだ、やだよ三菜!」
「行って! もう時空がゆがみはじめてる。時間がないの! ほら!」
三華を立たせて、部屋の外に無理やり押し出した。頭の疲労感に耐えながら、三華を見送る。
「三菜!」
「――三華、バイバイ」
そう言って、扉を閉めた。金属製の冷たい扉。
もう、みんなのところへは戻れない。みんなと会うことは、二度とない。
扉がガンガンと叩かれる。行って。早く行って、三華。
「――忘れない、忘れないから!」
扉越しにそう聞こえて、足音が遠ざかっていく。
わたしはその場にうずくまった。
無理だよ、三華。知ってるでしょ?
自分たちのいる過去に戻ったら、過去の自分と今の自分が入れ替わる。けど、自分たちの存在しない過去に戻ったら、世界が勝手に記憶を書き換えちゃう。矛盾が起きないように。
きっとみんなは、わたしのことを忘れてしまう。
それはすごく悲しいことだけど、わたしは憶えているから、それでいいの。そしたらわたしとみんなのつながりは、きっと無かったことになんかならないよね。
これから、世界は変わる。マザーに作り変えられる。
だけど大丈夫。わたしのあげたエネルギーが切れたら、みんなはこの世界に帰ってくる。
そのときみんなは、わたしを憶えていないんだろうけど。
でも、それでもいいの。
その時はこの世界を救ってね。信じてる。
涙が一粒落ちた。床はもう、揺れていなかった。
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