1-5. 冒険者は儲かる仕事

 アメリは、信じられないとでも言うように、目を丸くして俺の顔を見つめる。

 16歳くらいだろうか? クリッとしたブラウンの瞳の可愛い少女アメリは、ローブの中に胸元が広く開いた黒の服を着て、豊満な胸を強調しており、俺はちょっと目のやり場に困った。


 ロックは広場の隅に落ちたアメジスト色に輝く紫の魔石を拾い、持ってくると言った。

「テストは……合格だ。だが……、お前のその剣は何なんだ?」

 これは何と説明したらいいのだろうか……?


「あ、いや、これは知り合いからもらったもので、魔法の剣なんです」

「魔法の剣……いや、なるほど……うーん」

 オッサンは腕組みしながらエクスカリバーを見つめる。


 すると、アメリが駆け寄ってきて言った。

「すごい! すごい! すご――――い!!」

 尊敬のまなざしでブラウンの瞳をキラキラさせながら続ける。

「それって聖剣ですよね! 初めて見ました!」

「あ、そ、そうなのかな? もらい物なんで詳しくは知らないんだ。はははは……」

 アメリは、少し考えて、

「聖剣を持ってるって事は……お兄さん、もしかして勇者?」

 と、興味津々しんしんの目で聞いてくる。


「ゆ、勇者!? まぁ最後は魔王を倒すつもりだけど、そんな立派な者じゃないよ……」

「ま、魔王だと!!」

 ロックがかみついてくる。

「え? あれ? 魔王……何かマズいですか?」

 この世界の常識が分からない俺は、冷や汗が湧いてくる。

「魔王を倒せるのは勇者だけ、それを倒すって言うなら君は勇者だぞ? 本気なのか?」

 困った事になった。俺は聖剣でパパッと魔王ぶった切って東京に帰りたいだけなのだ。大事になるのは避けたい。

「あー、いや、実は私、記憶喪失でして、気が付いたらこの剣持って森に居ただけなんです。勇者じゃないし、冒険者として皆さんと冒険しながらこの街でのんびり暮らしたいなぁって思ってるだけです」

「記憶喪失……? うーん……、まぁその服見るにこの辺の人間じゃなさそうだしな……」

 考え込むロックとアメリ。

 あまり詮索せんさくされるとボロが出そうなので、

「あ、ここでの暮らしに慣れたいので、服と宿と食べ物を何とかしたいんですが……」

 と、別の話題に振る。

 ロックはしばし考えたのち、

「まぁ冒険者というのは皆、秘密を抱えているものだ。では、魔石をまず換金して……アメリ! お前案内してやってくれるか?」

 そう言ってアメリを見る。

「まーかせて! お兄さん、名前は?」

「な、名前? ヒ、ヒロって呼んで」

「ヒロ……いい名前ね」

 そう言ってアメリはニッコリと笑うと、俺の手を取り、

「じゃぁ換金から行きましょ!」

 そう言ってギルドに引っ張っていった。


       ◇


 魔石を換金したらすごい金になった。ガーゴイルなんて金貨で百枚、日本円にしたら一千万円相当で買い取ってくれた。どうもただのガーゴイルではなく、かなり高位の存在だったらしい。街一つ滅ぼせる魔法を展開できるんだから、そりゃ規格外だろう。しかし、ガーゴイルはシアンが呼び出した訳で……、改めてシアンの規格外な能力にゾッとする。きっと本気になったら世界一強いに違いない。『魔王倒すなんて余裕にゃ』って言ってた意味が少しわかった気がする。一体何者なんだろうか……。

 また、今日一日だけで一千百万円近く稼いだ計算になる。俺の月給20万円なんだけど……。これ、東京に戻る意味あるんだろうか? 俺は東京に戻るという当初の目標が揺らぐのを感じていた。


 その後、アメリにつれられて『金馬のカミツレ亭』にチェックイン。金貨1枚で一か月逗留とうりゅうできるというので、それでお願いしたらおかみさんは大喜び、もはや大富豪気分である。

 続いて、服屋に行った。店主は俺のスーツを興味深く観察しながら驚いている。ポリエステルの安物をマジマジと見られるのは恥ずかしいからやめて欲しい。もちろん、この世界には無い素材だろうから物珍しいのは分かるんだが。

 この世界のファッションは全く分からないので、アメリのおすすめをそのまま買うことにした。何しろ金ならいくらでもあるのだ。ケチケチ言わず、おススメをそのまま買ってすぐに着替えた。

 中世ヨーロッパ風の服に着替えて試着室から出てくると、

「ヒロさん、お似合いですぅ」

 と、アメリがうれしい事を言ってくれる。

「ヒロさんは止めて、ヒロでいいよ」

 俺がそう言うと、アメリは恥ずかしそうに、

「そう? じゃ、ヒ、ヒロ」

 そう言って真っ赤になってうつむいた。

 あまりにウブな反応に俺も少し恥ずかしくなってしまった。でも、異世界はこうじゃないと! 異世界バンザイ!


 シアンはそんな事どうでも良さそうに、後ろ足で首のあたりをかいていた。


 次は防具屋に行った。ギルドのみんなは皮よろいとかカッコいい防具を着けていた。冒険者たるもの、やはり防具にも凝りたい。

「ヒ、ヒロ……に似合うのは……、この肩当かたあてなんかどうかな?」

 ちょっと顔を赤らめながら、アメリがミスリル製でひし形の肩当を指さす。なるほど、左肩にこれを着けていたら確かに安心かもしれない。さらに、表面には幻想的なツタ模様が施されていて美術品レベルの美しさを誇っていた。値段は……金貨10枚、百万円かぁ……。

「試着してみたら?」

 アメリはにっこりと笑う。

 俺はうなずいて試しに着けてもらった。

 その状態でエクスカリバーを構え、ブンブンと振ってみる。なるほど、肩当があると防御の安心感が圧倒的に違うのが分かる。さらに鋼鉄製に比べて圧倒的に軽い。百万は妥当なのかもしれない。


 俺はシアンを抱き上げてそっと聞いてみる。

「こういうのどうかな?」

「好きにするにゃ」

 心底どうでもいいといった風につれない返事だ。


「もしかしてチートな防具出せるの?」

「あたしにばっかり頼ってちゃダメにゃ」

 そう言ってピョンと逃げだした。

 『サポート猫』って自分で言ってたのだから、もっとサポートしてもらいたいものだが……ちょっと今日はいろいろあって疲れちゃったかな?


 アメリはしゃがんで、

「猫ちゃんに聞いても分からないわよねぇ」

 と言って、シアンを抱きかかえようと手を出す。

 するとシアンは

「フーッ!」

 と、怒って全身の毛を逆立てた。

 シアンはあまりアメリの事気に入ってないみたいだ。困ったな。


「あらら、嫌われちゃったみたい」

 しょげるアメリ。


「そろそろ疲れたよね? 宿に帰ろう」

 俺はそう言って手を出すと、シアンはぴょんと俺の肩の上に乗った。

「やっぱり、ヒロがいいのね」

 アメリはちょっと残念そうに言う。

 この猫が実は世界最強の女の子だってこと知ったら、アメリはどう思うだろう?

 俺はちょっとおかしくなってニヤッと笑った。

 シアンは俺の考えを読んだみたいに

「バラさない方がいいと思うにゃ」

 耳元でそう言って、目をつぶった。


 俺は肩当を買う事に決め、他にも剣のホルダーや小手なども買っておいた。これで立派な冒険者の出来上がりだ。ただ、傷一つないまっさらな防具だらけなのでド素人なのは丸わかりだが。

 外に出ると、陽が大きく傾き、空は茜色に染まっていた。

 真っ赤な夕焼けに照らされて赤く輝く教会の尖塔からカーン、カーンと鐘が鳴る。石造りの街並みは印影がクッキリと浮き出て幻想的な美しさを醸し出していた。

 しばらくはこの街に住む事になるだろう、果たして東京の暮らしとどっちが良いのだろうか……。

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