1-4. 冒険者ギルドの洗礼

 森を抜けると高台からソークの街を一望できた。街は中世ヨーロッパ風の良くある造りで城壁に囲まれ、石造りの街並みと、教会の尖塔が見て取れた。

 実に美しい街じゃないか。ここで暮らすのも悪くないなと思った。


 城門につくと、俺はシアンに言われたとおり、衛兵に『ギルドで冒険者をやりたい』と、告げ、そっと魔石を一つ差し出した。

 衛兵は、

「騒ぎは起こすなよ」

 そう言うと、あごでクイッと『中に入れ』と指示をした。


 街の中は賑やかで、多くの人が行きかっており、子供たちも『キャハハハ!』とはしゃぎながら通りを走り抜ける。いい街だ、活気を感じる。


 俺たちは、街の中心部からちょっと外れたところにある冒険者ギルドを目指す。

 シアンは俺の身体に器用にピョンピョンとよじ登り、俺の肩に座ると、

「歩き疲れたにゃ」

 と言って、大きくあくびをした。

「おいおい、俺も疲れてるんだけど?」

 と、返すと、

「早く魔石を換金して宿を取るにゃ」

 と言って眠り始めた。

 困った奴だとは思ったが、揺られながらすやすやと気持ちよさそうに寝るシアンを見ると仕方ないなと思えてくる。それに、この世界で生きていくにはシアンのサポートは不可欠なんだからむげにもできない。

 ギルドらしき建物についた。年季の入った石造りで二階建て、小さな看板が出ている。

 木製の扉をギギギーっと開けると、中には冒険者の休憩スペースがあり、奥にカウンターがあった。休んでる冒険者は20人くらいだろうか、みんな、ドアを開けた俺をチラチラと確認してくる。視線が痛い。

 ここの住民は中世ヨーロッパ風の服が基本で、冒険者は皮の防具を身に着けブーツを履いている。それに対して、俺はサラリーマンの通勤姿、スーツにネクタイに通勤リュックに革靴だ。そして肩には猫を乗せている。違和感バリバリである。

 本当は身なりを合わせてから来たかったが、買う金がない。まずはギルドで魔石を換金してからでないと何も買えないのだ。


 俺は彼らを見ないように、冷や汗かきながらカウンターを目指した。

 カウンターには白いブラウスに紺のベスト、豊かな胸元に赤いリボンを付けた可愛らしい受付嬢が居て、笑顔で迎えてくれる。

「いらっしゃいませ! どういった御用ですか?」

 金髪で碧眼へきがんの綺麗な瞳が俺をじっと見つめる。この世界の女の子は可愛い子しかいないのだろうか? 芸能人レベルの整った目鼻立ちに透き通った肌……、女の子慣れしていない俺はドギマギしてしまう。


「ぼ、冒険者登録と……これを換金したいんですが……」

 そう言って俺は、リュックから魔石をゴロゴロと出して見せた。

 受付嬢は目を丸くして叫ぶ。

「えっ!? あなた、これ、ハイオークの魔石ですよ!?」

 後ろで冒険者たちがざわつく……

「えっ!?」「何だあいつ?」「ハイオークだって?」


 冷や汗がタラりと流れてくる。

「あ、あれ? オーク……じゃないんですか?」

「オークはルビー色、これはサファイアですからハイオークです。ソロだったらレベル60は必要な魔物ですよ? 失礼ですが、あなたのレベルはおいくつですか?」

 俺は肩に乗ってるシアンをにらむ。しかし、シアンは首をかしげてる。シアンにとってはオークもハイオークも大差ないって事なのだろう。

「レベルは……35なんですが……」

「35……」

 受付嬢はそう言って、腕を組んだまま悩み、動かなくなってしまった。

 すると、後ろからごつい皮よろいのオッサンが声をかけてくる。

「35じゃぁハイオークは倒せねーよな。お前、これ本当に自分で取ったのか? 誰かの盗んでたら……犯罪だぜ?」

 疑惑の目つきでにらんでくるオッサン。

 さて、困った。これはどうやって証明したらいいのだろうか……?

 するとオッサンがとんでもないことを言い出した。

「よし、分かった。俺がお前をテストしてやる。俺に一太刀でも入れて見せたら認めてやろう」

 一太刀って、一発当てたら死んでしまうのに困った事になった。

「いやいや、それは困ります。私手加減できないので……」

 するとオッサンは激怒し、

「手加減!? お前、俺を侮辱したな……。俺のレベルは55! お前の剣なんて食らわねーよ!!」

 そう言って俺の目の前ですごんだ。

「あ、いや、そう言うんじゃなくてですね……」

 と、弁解しようとする俺の腕をつかみ、強引に引っ張るオッサン。

「広場でテストしてやる!」

 レベル55の腕力は凄い。とても抵抗できない。

 受付嬢は、

「ロック! ケガさせちゃダメよ!」

 と、声をかけるだけで止めてくれない。何と野蛮な世界だろうか……。


 俺は、引っ張られるがままになり、ギルドの裏手の広場に連れていかれた。


 困った事になった。殺すわけにもいかないし、殺されるわけにもいかない。一体どうしたらいいのか……。

 周りはやじ馬たちが囲んでいる。逃げられそうもない。


「さて、始めるぞ! かかって来い!」

 ロックと呼ばれたオッサンは剣を構え、吠える。


 俺はいやいやエクスカリバーを構える。

 豪華な装飾がついたゴツい剣、その異様な存在感にやじ馬から笑い声が上がる。

「なんだその豪華な剣は? そんなんで切れるのか?」

「お前は曲芸師か!?」


 やじ馬に囲まれて完全にアウェイ、一体どうしたらいいんだ……。


 と、その時、誰かが叫んだ。

「あ、何あれ? ガーゴイルじゃないか?」

 指さす先を見ると、遠くの空で何か巨大なコウモリみたいな物が飛んでいる。

「ヤバいぞ、あいつ、この街を狙ってる!」

「おい、誰か何とかしろよ!」

 辺りが騒然となった。

 ガーゴイルと言えばゲームの中ではかなり強く、飛んだり魔法使ったり厄介な敵だ。これはどうしたらいいのだろうか……。少し離れたところでチョコンと座っているシアンを見ると、ウインクしている。どうやらシアンが呼んだらしい。これを倒せって事だろう。

まぁそれは助かったかもしれないが……、いとも簡単に魔物を呼べるシアンの得体のしれない能力に、ちょっと寒気がする。


 ガーゴイルは広場目指して飛んでくる。そして、いきなりファイヤーボールを三発、こちらに向けて放ってきた。


「ヤバい!」「逃げろ!」

 あわてる群衆。そこに一歩前に出る少女がいた。銀髪の可愛い少女は呪文をぶつぶつとつぶやき、ガーゴイルに向けて手をかざす。すると、巨大な魔法陣が展開され、金色に輝いた。直後、飛んできたファイヤーボールは魔法陣上で激しい爆発を起こし、広場は守られた。


「アメリ! ナイス!」

 かけ声がかかる。

 魔女の帽子に黒いローブ、木製の杖を持った少女、アメリは掛け声の方にぺこりとお辞儀をした。

 しかし、ガーゴイルはたいそうご立腹で右手を高く掲げると呪文を詠唱し始めた。ヤバい予感しかしない。


 逃げずに残った魔法使いや弓使いがガーゴイルめがけて攻撃を放つが……、ガーゴイルは結界を展開しているらしく攻撃はことごとく届かなかった。


 ガーゴイルを中心に黒雲が集まり、やがて直径数百メートルは有ろうかという巨大な魔法陣が上空に現れ、街を覆った。どうも街ごと滅ぼすつもりらしい。


 アメリはそれを見るとペタンと地面に座り込み、

「あぁ……あ、あ、あ」

 と、声にならない声を上げながら、恐ろしさに打ち震えた。


「ヤバいぞ! 逃げろ!」

 皆、ワラワラと逃げ始める。


 しかし、見えるところにいてくれるなら、俺からしたら格好のカモでしかない。俺はニヤッと笑うと、

瞬月斬りエクストラッシュ!」

 と、エクスカリバーを振った。

 高速に飛んだ光の刃はいとも簡単に結界を貫通し、ガーゴイルを真っ二つにする。


「グギャァァ!」

 恐ろしい断末魔の悲鳴が街に響き渡る……。


「はぁ!?」「え――――!」

 ロックやアメリたちの驚く声が響く。


 やがて、ガーゴイルは霧のように消えると魔石となり、落ちてきて広場の隅に転がった。


 予想外の展開に、唖然あぜんとするみんな。


 ギルドの誰もが通用しなかった強敵を、いとも簡単に瞬殺した変な服を着た新人、それは明らかにヒーロー誕生の瞬間であった。


 ピロローン! ピロローン! ピロローン!

 レベルアップの音が鳴り響く。

 俺はドヤ顔で、あっけにとられるロックを見た。


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