1-3. 急に魔王が出たので

「この先に一匹いるにゃ」

 シアンが淡々と言う。

「本当に一匹だけだね?」

 命がかかっているのだ。俺は慎重に聞く。

「大丈夫にゃ、早くいくにゃ」

 そう言うとシアンはブナの木に駆け登り、太い枝の上で丸くなって座った。高みの見物を決め込むらしい。


 俺はもう一度剣を振り抜く動作を再確認し、大きく深呼吸を繰り返した。

「よし、行くぞ!」

 俺は両手で頬をピシピシと叩き、気合を入れると、エクスカリバーを目の前に持ち上げ、気合を込めた。

 エクスカリバーはぼうっと青白く光り、俺の気合に応える。


 シアンが教えてくれた方向にそーっと歩いて行くと……いた! 筋肉隆々のでかい体躯で牙をたたえた魔物……オークだ。でかい棍棒こんぼうを軽々と振り回す様子はまるで巨人に見える。攻撃を受けたら即死……、その言葉の意味が良く分かる。冷や汗がタラりと流れた。


 あれに攻撃を当てるだけでいいのだ。ゴブリンよりは当てやすいはずだ。俺はそう自分に言い聞かせると、剣が振れそうな場所にそーっと移動する……


パキッ!


 枯れ枝を踏み折る俺、異変に気が付くオーク……最悪だ。

 オークは俺めがけてドスドスと駆けてくる。俺は覚悟を決め、エクスカリバーを力いっぱい振り抜く。

「ふんっ!」

 放たれた光の刃はオークを真っ二つに切り裂き、あっさりと勝負はついた。

 ピロローン! ピロローン! ピロローン!

 鳴り響くレベルアップの効果音、俺はすかさずガッツポーズ。

 狩りの成功に俺は手ごたえを感じていた。この調子でガンガン強い敵を狩ってたら一気に強くなるだろう。チート最高!


 俺はこの手のゲームは得意な方だ。効率よくレベルアップするには条件を調べて最適化する事が重要である。まずは、このエクスカリバーの性能を調べねばならない。


「エクスカリバーの射程距離はどの位なの?」

 シアンにきいてみる。

 木から降りてきたシアンは、

「無限よ。どんなに遠くても大丈夫にゃ」

「え!? 何キロでも届くの?」

「百キロでも、千キロでも、獲物を捕捉さえできれば、瞬殺にゃ」

「チートすげ――――!」

 俺は改めてチート武器のすさまじい性能に感動した。

「じゃぁさ、こんな近くの敵やめて、ずっと遠くの敵倒したいんだけど」

「ずっと遠くって……どういう事にゃ?」

「山の上から見える範囲の敵をバシバシ倒せば効率いいじゃん?」

「魔石はどうするにゃ?」

「まずはレベル上げに徹したいんだ」

「うーん……」

 そう言ってシアンは考え込んだ。

「反撃されない所から狙撃できるなら最高だろ?」

「分かったにゃ、これ使って」

 そう言うとシアンは不思議な猫パンチで空中を何回か叩いた。


 カラン!


 黒ぶちのメガネが落ちてきた。

「え? これかけろって?」

「これは望遠テレグラス。見たい物に意識を集中するとどんどんズームしてくれる便利なメガネにゃ。どんなに遠い物でもクッキリハッキリ見えるにゃ」


 俺は早速かけてみて、遠くの木の枝をジッと見てみた。するとギューンと映像が拡大され、細かい木肌の模様までクッキリと見えた。

「うぉぉぉ! すげー!」

 まさにチートである。

「この先の丘から遠くの獲物を狙うにゃ」

 そう言ってシアンはピョンピョンと駆けだした。


       ◇


 小高い丘を登っていくと、奥が崖になっていて、そこからは広い平野が一望できた。遠くにはかすかに山脈も見える。


「ここから狙うといいにゃ」

 なるほど、ここなら条件としてはぴったりだ。

 しかし……、魔物などどこにも見えない。望遠テレグラスで一生懸命探してみるも、小鳥くらいしか見つからない。

「魔物がいないよ~」

 俺が情けない声を出すと。

「仕方ないにゃぁ、あそこにデカい木があるにゃ?」

「あるねぇ」

「その向こうの山のちょっと左を拡大するにゃ」

「山の左……、あ、何か動いてる!」

「ワイバーンにゃ」

 俺は拡大して驚いた。ウロコに覆われた巨大な龍に翼が生え、バッサバッサと優雅に飛翔している……。まさにファンタジーそのものではないか!

「適性レベルは90くらいかにゃ? 一気に経験値かせげるにゃ」

 シアンは事も無げに言う。


 鋭い歯に巨大で鋭い爪……目の前に現れたら到底勝ち目はないだろう。でも……百キロも離れたここからだったら襲われる心配もない。一方的に狩ってやるのだ


「よし、やるぞ!」

 俺は望遠テレグラスの視野がワイバーンから外れないように慎重に動きながら足場を整え、エクスカリバーを構えた。そして、ゆっくりと深呼吸をし、気合をエクスカリバーに込める。

 チチチチと小鳥がさえずり、爽やかな風がビューっと俺のスーツをはためかせた。

 そして……、一気に振り抜いた。


瞬月斬りエクストラッシュ! 行っけ――――!」

 手元がまばゆく輝き、光の刃はまっすぐにワイバーンめがけて飛んで行った。百キロは離れているのにあっという間にワイバーンは真っ二つになって落ちて行く。


「や、やった! いける! いけるぞぉ! チート最高!!」

 作戦成功である。あんなに恐るべき魔物をこんなにあっさり倒せるなんて夢みたいだ。

 俺は、興奮を抑えられず叫んでいた。


 ピロロ~ン! ピロロ~ン! ピロロ~ン!

 レベルアップの音が頭の中に鳴り響く。


「ふぁ~ぁ」

 隣でシアンがつまらなそうに大きなあくびをしている。


「シアン、次もよろしく!」

「面倒くさいにゃぁ……、どんな魔物がいいにゃ?」

「どんなって……、そりゃぁ一番いいのは魔王だろ魔王!」

「魔王は北のお城に居るにゃ、こんな所には……いた……」

 目を丸くするシアン。

「なんだ、どこどこ? これでこの異世界クリアじゃないか! とっとと倒して東京に戻るぞ!」

「ちょっと待つにゃ……、高速で飛行してるにゃ、そっちの山の上空から北東に移動中にゃ」

「どこどこ?」

「そっちそっち、ワイバーンの所から左に10度くらい……」

「10度ってどの位だよ!」

「10度くらい自分で考えるにゃ!」

 えーと、直角が90度だから……この辺り……

「もう5度くらいにゃ」

「えー!? そんなに速いの?」

「何しろ世界最強だからにゃ」

 俺はとんでもない奴を相手にしていることに背筋が凍った。しかし、倒さねば帰れない。何としてもこのチャンスをものにしてやる。

 必死に探し続けると、高速に移動してる黒い点を発見! こいつに違いない。

 俺は拡大してみると……楕円だえん形をしている。どうも飛行艇みたいなものに乗っているようだ。

 下の方には船室があって、その窓から人影が見える。

 チャンス到来!

「ちなみに魔王って悪い奴なんだよね?」

 俺は最後に確認した。

「今もたくさんの多くの人を殺してるにゃ」

 なるほど、魔王には恨みはないが、この世界の安寧のために死んでもらうしかない。


「正義の鉄槌! 瞬月斬りエクストラッシュ!」

 俺はエクスカリバーを振り抜いた。

 まぶしい輝きは一直線に飛行艇を目指す。

 直後、客室の窓が割れ、人影が倒れるのが見えた。


 ピロロ~ン! ピロロ~ン! ピロロ~ン!

 レベルアップの音が響く。


「Yes!」

 俺はガッツポーズをした。

 もうこの異世界クリアである。なに? 俺って天才?

 俺が勝利の余韻に浸っていると、

「外れにゃ、倒したのは四天王のバルベリトにゃ。魔王は隣に座っていたにゃ」

 シアンは淡々という。

「え~!? 最初に言ってよ~!」

 俺は急いでもう一度飛行艇を探すが……

「もう山の向こうに逃げちゃったにゃ」

 シアンはそう言うと丸くなって座った。

 なんと、俺は千載一遇せんざいいちぐうのチャンスを棒に振ってしまったのだ。

 俺は頭を抱え、力なくペタンと座り込んでしまった。

 これで魔王は俺の能力を把握しただろう。きっとチャンスはそうは無くなるに違いない。クリアは逆に難しくなってしまった。


「そう簡単にはいかないにゃ」

 シアンはそう言って大きくあくびをした。


 結局その後は三時間ほど大物を狩り、レベルも35に達したので街へ向かう事にした。冒険者として認められるのがレベル20、中堅の冒険者がレベル50らしいので、まぁ人並みレベルには達しているだろう。

 途中、小銭稼ぎにゴブリンやらコボルトやらを倒して魔石を回収しておいた。


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