第14話 ナンパ
ここ数日、そろそろ給料日が近いせいもあってか、お財布事情があまりよろしくない訳で。そこで、コーヒースタンド『ピーベリー』に行く頻度を減らしているのです。
でも、美味しいコーヒーが飲めない・インスタントや缶のコーヒーでは満足ができない、そんな自分もいる訳で。一度上げた生活の質は容易に下げられないというのは、こういう所に表れるのですね。
そして数日ぶりに金銭的に余裕ができたので、久しぶりにコーヒースタンド『ピーベリー』に立ち寄る事にしたのです。今回は遠藤さんが仕事の調整がうまく行かずにお昼休みがずれてしまったので、私ひとりで立ち寄る事になりました。
『ピーベリー』に向かってみると、相変わらず5人ほどの行列ができていまして、人気の高さが伺えます。私はその行列の最後尾に並び、順番が来るのを待っていました。さすがにお客をさばくのはお手の物で、どんどん列は短くなっていきました。イケメン店員の石原さんとのおしゃべりを楽しむ人たちもいましたが、お昼休みの短い時間もあってか、二言三言交わしただけで済んでしまっている様子でした。
そして私の順番になったので、カウンター前に進み出ていつも通り、「深炒りをひとつ」と注文して横にずれようとしました。しかしここで、思わぬ展開が起こったのです。
「ねえねえ、キミなんて名前なの?」
イケメン店員の石原さんが、私に声をかけてきたのです。
「え??? ……松本……ですが?」
そこからさらに質問が投げかけられます。
「松本さんかー。下の名前は?」
「え?
「じゃあ
??? ずいぶんと馴れ馴れしい物言いです。ちゃん付け? しかも彼氏の話とか、どういう事でしょうか。
頭にはてなマークを浮かべて状況を把握できないでいると、イケメン店員の石原さんは、カウンター横にずれた私に寄ってきて、さらに馴れ馴れしくグイグイと押してきます。
「
訳がわかりませんでした。なんでコーヒースタンドの店員さんに声をかけられ、あまつさえ食事に誘われなきゃならないのでしょうか。疑問を通り越して怖くなって、一歩引いてしまいました。
そんな時に奥の店員さんがコーヒーを持って前に進み出てくれて、「どむっ」という鈍い音がした後に、コーヒーの入った紙コップにフタをしてくれて、カウンターの上に置いてくれました。
「お客に手を出すなって、あれほど言ってただろ。はいおまちどうさま」
おそらく膝蹴りかなにかを石原さんにしたのでしょう、当の石原さんは、背中に手をまわしてモゾモゾともだえていました。私は怖くなって、その隙に代金をカウンターの上に出してコーヒーの入った紙コップをひったくり、その場を離れました。
男の人に、何の悪意も無く無邪気に言い寄られる。それも会話をしたり食事に同行したりするのが当然のような前提で。そんなコミュニケーション(と言っていいのかわからない一方的なもの)をされるなんて思ってもみなかった私は、面食らったのと同時に、足元に蟻の大群が押し寄せるようなザワザワとした嫌悪感を催しました。
「男の人は怖い」
そう改めて痛感した、そんな最悪なお昼休みでした。
────────
「なんであんなに引くかなー?」
「当たり前だろ。訳のわからない
「あーあ。脈ありだと思ったんだけどなー」
「その自信はどこから来てんだよ。まったく……」
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