第13話 アイコンタクト
そして待ちに待ったお昼休憩。
コンビニでサンドイッチを買って、向かうは六丁目のコーヒースタンド『ピーベリー』です。
今日は早めに到着したからか、いつもならある5~6人ほどの列が無く、すぐにカウンターの所のイケメン店員・石原さんに声をかける事ができました。
「どうもお疲れ様です」
「ああ、いらっしゃいませ。土曜日は楽しめた?」
すぐさま遠藤さんが割って入って、石原さんとの会話を楽しもうとしました。
「んもう、楽しかったですぅ。また飲み会を企画して下さいね。絶対参加しますぅ」
やっぱり猫なで声の遠藤さん。イケメンに目が無いですわ。
そこでまたおしゃべりが始まるだろう事は想像に
「すいません、中炒りをひとつ」
と、一言だけ、イケメン店員の石原さんに告げてカウンター前から横にずれます。「あー、中炒りねー」と奥の店員さんに声をかけてから、遠藤さんと石原さんのマシンガントークが始まります。今回ばかりは、後ろにまだ誰も並んでいませんでしたので、そのままおしゃべりを続けてもらいましょう。
横にずれた私は、ふとコーヒースタンドの奥に目を向けます。カウンターの石原さんの肩ごしに、奥の店員さんがうつむいてドリッパーに視線を落とし、集中してコーヒーを淹れている姿が見て取れます。天井から吊るされたペンダントライトの光だけでは薄暗く、ましてやうつむいた姿勢の奥の店員さんの顔は、影になってかなり見えづらい状況でした。ドリップポットを回すようにしてお湯を注いでいるであろう事だけは、わかります。
そんな時でした。私の視線に気がついたのでしょうか、ふと顔を上げてこちらの方の様子を見てくれたのです。正確に言えば、薄暗い店内で顔も確認できない状況でしたから、私の事を見てくれたと、私が思っただけなんですが。
それでも(視線が合った)と思った私は、ちょっとだけ奥の店員さんに向かって会釈をしてみたのです。土曜日にあんな事があったせいもありますが、少しの申し訳無さと挨拶も込みで、頭をちょっとだけ下げてみたのです。
そうしたら、奥の店員さんはぺこりと会釈をし返してくれたのです。その間、言葉は全くありませんでしたが、ちょっとした意思疎通がカッチリはまった感覚を覚えたのです。
また奥の店員さんはドリッパーに目を落とし、コーヒーのドリップに集中し、出来上がったコーヒーを紙コップに注いで持ってきてくれました。
「中炒り、上がったよ」
カウンターの石原さんに声をかけて渡すと、石原さんはプラスチックのフタを被せて、私の方に渡してくれました。
「おまちどうさま」
「ありがとうございます」
料金を支払って受け取ると、紙コップを通してじんわりとコーヒーの温かさが手に伝わります。早速口をつけてコーヒーをすすると、苦味だけでなく華やかな酸味も感じられました。酸っぱいコーヒーは苦手なはずなんですが、ここのコーヒーは嫌味もトゲトゲしさも無く、とても好ましいベリー系の酸味でした。
私の注文はすでに終わって品物も手に取っている状態でしたが、遠藤さんはそれに気づかずおしゃべりに夢中だったので、私の動向に気づいて「あっ」と小声でつぶやいてから
「じゃあ、深炒りを……」
と、おずおずと注文を通してくれました。おしゃべりに夢中になるのは悪くはないですが、待っている身の事も考えてほしかったですね。
私は横に置いてある椅子に座って、サンドイッチを膝の上で開けて、コーヒーを頂きながらお昼御飯となっていました。もう待ちきれないですからね。
サッサとお昼御飯を済ませてしまった後、やっと遠藤さんのコーヒーが出されてきました。遠藤さんは申し訳無さそうに、
「ごめんなさいね。ついつい話が弾んじゃって」
と言って私の隣に座り、やはりサンドイッチを膝の上に広げてお昼御飯を取っていました。
「まあしょうがないですよ。それよりも、午後の仕事の時間、もうすぐですよ」
と、腕時計を指し示して少し急かすようにし、それを見た遠藤さんはサンドイッチを頬張ってコーヒーで流し込んで、「じゃ、戻りましょ」と席を立ちました。あーあ。せっかくの美味しいコーヒーなのに。もったいない食べ方だなぁ。
そんなこんなで午後の仕事に取り掛かるため、会社に戻る私達でした。
────────
「なあお前、あのおしゃべりなオバちゃんの横にいる女。お前の女?」
「何を言ってるんだ。お客に手を出すなって言ってるだろ」
「ふーん。じゃあ、あの子フリーなんだー」
「お前なぁ……」
「なんだよ。ここは俺の店だぞ。どうしようが勝手だろうが」
「お客と店員の線引きくらいしろよ。まったく」
「へーへー」
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