Part.1 act3

「お、おじゃまします」

「どうぞ」

 外の冷えた空気から一転、優しい温もりに包まれた室内へと案内される。廊下を通り過ぎる際、一瞬玄関に置かれた写真立てが目に入る。しかし他人のプライベートを盗み見るのもマナー違反だと思い、気になりつつもスィロはカラルの後を追った。

「気は休まらないだろうが、ゆっくり休んでくれ」

「うん、ありがとう」

 案内されたのはそこそこな広さのリビングであった。ソファーとテーブル、そしてテレビが据えられたかなり質素な部屋だ。案内されるがまま、ソファーに腰を下ろす。

「ベッドは一つしかないからな。いきなり僕のを使うのも不快だろうし、悪いがそこを使ってくれ」

 そこと言うのは今スィロが座っているソファーの事だ。カラルがソファーの背後にあった扉の向こうへ消える。あとを追いかけるように視線をぐるりと見渡すと、最低でも2部屋はある2LDKの構造のようだ。スィロが興味津々で辺りを見渡していく中、カラルはすぐにリビングへと戻ってきた。

「ほら、毛布だ。仕舞ってあったやつだから清潔だ」

「ありがとう。その、至れり尽くせりでごめんなさい。明日になったらすぐに行先を探すから」

「そうか」

 引き止めるわけでも早く追い出そうとしているわけでもなく、カラルは静かに頷く。表情にあまり変化はなく、無愛想な印象を受けるが、スィロを見つめる瞳は優しいものがあった。

先ほどから感謝の言葉しか述べていない事に気がつくスィロ。自分からも何か話題をふるべきかと考えるも、そう簡単に話のタネは沸いてこない。一方でカラルはお構いなしに部屋の構造を説明していく。

「そっちがトイレであっちが風呂場だ。シャワーは浴びていくか?」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 今日一日中歩き回ったため、全身が汗でじっとりと濡れている。貰えるものはこの際なんでもありがたく貰おうと心に決めると、キャリーケースから必要な道具を出していく。ホテルなどのアメニティは肌に合わない事が多いため、スィロはいつも自分用のボディーソープやトリートメントを持ち運んでいた。ほかにも念のため持ってきていたタオルや着替えを全部バッグに詰め込むと、カラルに促されるまま脱衣所へと向かった。

「どうぞ、ごゆっくり」

「ありがとう、カラル」

 案内された脱衣所や浴槽もきれいに掃除されており、カラルの几帳面さが伺える。ふと財布をキャリーケースに置きっぱなしにしてきたことを思い出す。一瞬取りに行くか悩むスィロであったが、カラルの雰囲気からは物を盗むだとか風呂場で襲うだとかの邪な感情は見られなかった。ここは先ほどと同様女のカンを信じ、スィロは一人静かに浴槽へと向かった。

「……ふぅ」

 20分程経ったところで、火照った顔のスィロが風呂場から出てくる。あまり水滴を床に落とさないように注意しながら長い髪をまとめていく。花柄プリントされたパジャマに袖を通すと、静かにリビングの方を覗く。先ほどはシャワーの水音で気が付かなかったが、どうやらカラルは何か映像を見ているらしい。聞きなれない言語の会話と光の点滅から、おそらく映画だろうと推測する。

 ふと視線に気が付いたカラルがスィロの方を向いた。スィロはドアから半分顔を覗かせたままカラルに問う。

「ドライヤー使ってもいいかしら……?」

「あぁ。構わないよ」

「ありがとう」

 またもや感謝の言葉を述べ脱衣所へと戻る。その後、聞こえてくる映画の音が僅かばかり大きくなるのを感じながらドライヤーのスイッチを押した。

 スィロの長い髪を乾かすには時間がかかるようで、化粧水やらヘアオイルやらを付けていれば、あっという間に1時間たってしまったようだ。素足でリビングへと戻れば、映画もいつの間にかエンドロールが流れている。

「時間かかっちゃって……ごめんなさいね」

「いやいい、気にするな。僕も風呂に入ってくるから、適当に何か見ててもいいぞ」

 スィロと入れ替わるようにしてカラルが脱衣所へと消えていく。流れていたのはどうやらゾンビパニック映画のようで、おどろおどろしいタイトルがでかでかと表示されている。

 着ていた服などをキャリーケースに詰めなおしていく中、一応確認したが特にカラルが荷物を触った様子は見られなかった。自分のカンが当たったことに胸を撫でおろしながら、適当にテレビのチャンネルを変えていった。結局彼女の好みの映画はやっていなかった為、充電の溜まったスマホをぽちぽちと眺めていた。

 火照る身体も相まって、カラルが戻ってくる頃にはスィロは既に眠りに落ちていた。やれやれと溜息をつきながら、座ったまま寝落ちしている彼女の身体を横に倒す。そして持ってきていた毛布を掛けると、オレンジ色の小さい明かりを残して部屋の電気を消した。

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Lost Days 梅jaco @sakitaro87

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