Part.1 act2

扉を開けて出てきたのは、空色の髪がよく似合う人物であった。端麗な顔立ちに少女は思わずドキリとする。女性のような線の細さがありながらも、男性のような頼もしさも感じる。顔つきだけでは性別の判断はつかなかった。

 少しの間見惚れていた様子だったが、すぐに我に返り彼(なのか彼女なのか)に感謝の言葉を述べた。

 突然の来訪者に少々怪訝そうな顔を浮かべていた彼であったが、直ぐに彼女が無害であることを理解したようで、少しばかり警戒心が解けなような表情に変わる。

「あっ、あの、さっきは助けてくれてありがとう……ございました」

「あぁ。いいよ別に。前から煩くて困ってたんだ。気にしないでくれ」

 ややハスキーな声で帰ってくる。ますます性別が不透明になり混乱する少女であったが、本題はまだ終わっていない。

「あの、すみません。この辺りに泊まれる場所って……無いですか?」

「……そうだな、昔はあったんだけどな。今は隣街に行かないとないぞ。一人旅でもしているのか?」

「えっ、あぁ、ハイ。そんな所で……」

 既に警戒心も解けた様子で少しばかり考え込む青年。見知らぬ少女とは言え「知らん。帰れ」と追い返すほど心は鬼ではなかったようだ。

 そんな考え込んでる顔を、俯きながらチラチラと見上げる少女。先ほどまでより幾分か顔は赤く、何やら心臓の音もうるさくなってきていたようだ。

 少女は親身になって考えている彼を他所に、今回の旅の最終目標に一気にたどり着いてしまったのではないか、と一人興奮していた。

「……の……人」

「ん?」

 ボソッと呟いた言葉は青年にはわずかにしか聞こえていなかったようだ。不思議そうな顔でこちらを見ている。中途半端に聞かれてしまったことが災いし、少女の頭の中は真っ白になった。

「へっ、あっ……えっと、その……」

 しどろもどろになる少女。そして、喉元で使えていた言葉を勢い任せに飛び出させる。

「あのっ……ひ、一晩だけ泊めてくれませんか!?」

「……は?」 

 突然の申し出にぽかんとした表情になる青年。いきなり出会った少女に泊めてくれと頼まれたのだから、当然の反応である。呆然とする青年に対し、少女はこの隙にと矢継ぎ早に言葉を連ねる。

「場所も何もかも全然分からなくて、スマホの充電も切れちゃって……朝になったらすぐに出ていきますから、一晩だけ……」

「……。ハァ……。あのなぁ……」

 息絶えたスマホを握りしめながら懇願する。少女の言い分をひとしきり聞いた青年は何か言いたげな表情のまま深いため息をついた。それからまたしばらく考え込んだ後、ようやく言葉を絞り出した。

「……君、そもそもなんでこんな所に来たんだ?」

「本当は観光市街で泊まって、そのまま移住する予定だったの。でも電車で寝過ごしちゃって、それで……」

「……。年は?この辺りじゃ16歳未満は保護者同伴が常だが」

「16歳よ」

 きっぱりと言い切った少女に対し、青年の問いかけが止まる。しばしの沈黙が続く中、青年はまたもや深いため息をついた。

「……もう一度聞くが、年齢は?」

「……っ」

 先ほどまでの親身な様子とは打って変わった、氷のような冷たさであった。あまりの違いに少女は怯みながらも言葉を絞り出す。

「……16歳……になるのは今年の5月で、実質今は15歳……デス」

 年齢確認なんてどこもガバガバだったので、今年の春からすでに16歳と名乗っていたしバレもしなかった少女であったが、初対面の相手に一発で見破られてしまったようだ。まるで狼に睨まれた羊のように一気に小さくなってしまう。

 一方で、青年は今度は真実だと分かったようで、すぐに先ほどまでの親身な空気に戻っていた。あまりの温度差に逆に少女がおいて行かれる。

「ともかく未成年なら話は別だ。困っているのを助けられないのは悪いが、僕も小児誘拐犯にはなりたくないからな。保護者とかに連絡は出来ないのか」

「あたし、ある事を終わらせるまで帰らないって決めて家を出てきたんです。だから……」

「だとしても初対面の相手の家に泊めてくれと頼まないだろう。仮に僕が小児性愛の変態だとしたらどうするんだ?」

 決意の眼差しで青年を見つめる。これは嘘でも建前でもない、正真正銘の彼女が一人でやってきた理由であった。青年もまた、黙って少女の顔をじっと見つめている。

 青年も鬼ではない。だからこそ、向こう見ずな少女の行いは引き留めたかったようだ。助けてくれた相手を無害だと認識して結果被害にあうケースは多い。むしろ、観光地では旅行者がカモにされ、所持金もパスポートも全部奪われる、なんて犯罪がメジャーと言われるほどだ。

 しかし、少女もそれは承知の上であった。

「もしそうだったら、あたしの目利きが悪かったと反省するわ。……でも、あたしには分かる。貴方は悪い人なんかじゃないって」

「……証拠は?」

「女のカンよ!」

 あまりにもオカルトチックな根拠である。しかしあまりにも堂々と胸を張って言う少女に、青年はまた溜息を漏らす。しかし、先ほどまでとは纏った空気の色が違っていた。

「……分かった。一晩だけだからな。日が昇ったらすぐに次の行先を決めてくれ」 

 少女の信念に根負けしたのか、青年はドアを大きく開けて少女を手招く。すかさず彼女のキャリーケースも軽々と持ち上げ、室内へ先に戻っていく。

「……!あっ、ありがとうございます!……えぇと、名前……」

 再度感謝の言葉を述べながら深々とお辞儀をする。閉まりかけたドアを開けながら、ふとまだ名前を聞いていなかったと思い出す。

「カラル。カラル・クォーレだ。そんなに畏まらなくてもいい」

「……わかった。ありがとう、カラル」

 小ざっぱりとした玄関で挨拶を交わす中、扉がゆっくりと閉じられた。

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