Lost Days

梅jaco

Part.1 act1

ガタゴトと電車が揺れながら夜の街を駆けていく。窓の外には街灯や建物の明かりが、オレンジ色の線を描きながら通り過ぎて行く。観光地街の駅を過ぎれば、電車内にいる乗客の数も少しずつ少なくなっていった。

 市街地を抜け、トンネルを抜け、電車はいつの間にか閑静な田舎町を走っていた。観光地から揺られ続ける事30分、乗客はまばらになり、外から見える明かりも寂しいものになった。

「……んぅ」

 そんな静かな電車内の中、舟をこぐ少女が一人。対面式の座席に座り、こくりこくりと首が揺れる。彼女の隣には巨大なキャリーケースが鎮座しており、近くに彼女の同行者らしき人はいない。カナリヤ色の艶やかな髪は腰の先から淡いピンク色に変わる、不思議な髪色をしていた。長い髪が電車の揺れに応じて不規則に揺れる。

『……駅~。お降りのお客様は足元にご注意ください~』

「……ハッ!」

 電車が失速し、やがて一つの駅へたどり着いた。ブレーキの衝撃か、はたまた車内アナウンスの影響か、少女が唐突に顔を上げる。そして駅名を確認することも無く、慌ててキャリーケースを引っ掴むとガラガラと音を立てて扉へと向かう。

「お、降りま~~す!!」

段差にキャリーケースの車輪が当たり、ガッタンと大きな音を立てて跳ねる。そんな衝撃もお構いなしに少女は駅のホームへとたどり着いた。少女が離れるのを見計らって、電車のドアがゆっくりと締まり、ゆっくりと動き出した。少女は忘れ物が無いか荷物を確認しながら、ぐるりと辺りを見渡す。

「……ここどこ……?」

 勢いのままに飛び出してきたが、駅名は聞こえていなかった。焦っていた感情を少しずつ落ち着かせながら状況を把握していく。

 降りたのは彼女一人だけのようで、あたりには客一人見当たらない。ポケットからスマートフォンを取り出し、現在位置を確認する。赤いピンは、彼女の本来の目的地を余裕で超えた先に刺さっていた。

「ウッソ……思いっきり寝過ごしちゃった……」

 愕然として溜息をつく。今日は朝早くから歩き回っていたため、ホテルに着く前にその疲れが出てしまったのだろう。一人旅は時間も行動も気にしないのが利点だが、その反面移動でのミスが起こりがちである。その為、怒りを誰かにぶつける事も叶わない。

「はぁ~、もうサイアク。反対の電車で戻るしか……えっ!?」

 ぶぅたれていても状況は解決しない。少女は不満げな様子で次の便を調べていく。しかし、その手はすぐに止まった。

「えっ、終電9時⁉早すぎない⁉」

 スマホの時刻と時刻表を交互に眺める。寄り道をし過ぎで、電車に乗るのが遅れてしまったのが仇となったようだ。はあぁと先ほどよりも深いため息をついてがっくりと肩を落とす。

「はぁ……もう最悪。……タクシーで戻るか、この辺りでホテル探すか……どっちにしよう……」

 先ほどの勢いはどこへやら、少女はガラガラとキャリーケースを引きながら重たい足取りで改札へと向かう。ホームから見えた景色はどこを見ても山、山、山……。もしかして自分はとんでもない田舎に来てしまったのではないか?と内心焦りながら外に出る。

 仮にも駅だというのに、あたりには仕事帰りの会社員か飲んだくれのオッサンしかおらず、一人年端も行かぬ少女はどこか浮いていた。邪魔にならないよう駅の隅の方で、キャリーケースに寄りかかりながら地図を見ていく。

「それにしてもどこかしらここ……えぇと、フィストリア?ホテル……か、最悪ネカフェでも……あたしでも泊まれるような場所……ううん……」

 この時間のタクシーは高い。ましてやまだ『子供』の彼女をこんな時間に一人で乗せるような運転手もそうそういない。しかし、ホテルや商業施設は彼女程度の年頃なら泊めてくれる場所も少なからず存在する。結局観光地には戻らず、この地で一夜を明かす事を決めたようだ。

「……よし!」

 レビュー評価もそこそこのホテルを見つけると、ナビゲートを開始させる。何とかなるだろうの超前向きな精神を心に、少女は一人静かな町を歩きだす。月明かりだけの夜道を、黙々と進み始めた。

 歩き続ける事10分。まだ春先の夜はかなり冷え込む。長いブーツを履いてきてよかった、と足元のぬくもりに感謝しながら初めての街を進んでいく。田舎、と呼ぶほどではないが住宅地が多く店は少ない。そして、その住宅地もあまり窓の明かりがついている様子がなく、家の中から聞こえてくる音も少ない。空き家が多いのだろうか、と思いながら少女はスマホのナビを頼りに進んでいく。

 少女は心の底から嫌な雰囲気を感じていた。もうすぐ目的地だというのにも関わらず明かりが少ない。怪しげなバーが並ぶ路地も、最後に人が立ち寄ったのは何年前なのだろうと思わせるほどの廃れ具合だ。近づくほどに大きく感じるホテルの明かりも一切感じられない。

 そして、その嫌な予感は的中する。

「……潰れてるじゃない!!」

 店内から貼られた紙には2年ほど前の日付と閉業しましたの簡素な告知文。レビューがやけに古いと思えばこの有様である。この場所を頼りに歩いてきた少女だったが、心も体も限界であった。

「……はぁ、もう。ホントに最悪……。あたしこれからどうすればいいの……」

 座り込み項垂れる少女。見知らぬ街で頼れる人もおらず辺りは夜。彼女の心労はピークへと達していた。

 スマホの充電も残りわずか。これが尽きれば、いよいよ成す術はなくなってしまう。しばらく俯いたままであったが、この場で野宿だけは避けたかったようで、重たい腰をゆっくりと持ち上げる。せめて駅へ戻れば何か情報が聞けるかもしれないと思い、記憶を頼りに来た道をとぼとぼと戻っていった。

 しかし、不幸なことは立て続けに発生するものである。

 充電節約のためナビを使わずに戻ろうとしていたが、路地裏で完全に迷ってしまったようだ。街灯も少ないこの街では、目印になるものがほとんど無く、土地勘のない彼女にとっては迷路のような場所であった。

 観念してナビを操作していると、ふと背後から物音が響く。心臓が飛び跳ね、口から飛び出しそうになるのを必死にこらえながら振り向くと、なんてことはないただの酔っ払いであった。

 ほっと安どのため息を漏らしたのもつかの間、酔っ払いの男はフラフラと千鳥足で少女に近づいた。

「……!」

「おー。おじょうちゃん、こんなところで何してんだぁ~?」

「うっ……酒臭っ……。な、なんでもないです……」

 男はかなり泥酔しているようで、吐息はかなりのアルコール臭がしていた。そそくさと逃げようとする少女だったが、男は構わずついてくる。

「カタイ事言うなって~~~、なぁ~~~」

「ちょっ、ちょっと!やめて!!警察呼ぶわよ!!」

 そう叫ぶが早いか、握りしめたスマホがブーーッと一際大きく震える。まさかと思って画面を見れば、充電は無くなっており強制シャットダウンが行われている最中だった。

「えっ、ちょっ、嘘!!?」

 焦りと驚きの混ざった顔でスマホをペチペチと叩くが、そんなもので充電が溜まってくれるわけではなかった。そして、目の前の酔っ払いも少女を掴もうと手が伸びてくる。

「やっ、……こ、来ないで!!」

 慌ててキャリーケースを引きずって逃げだそうとするが、地面のくぼみにキャリーケースのタイヤが挟まってしまう。向きに注意すれば簡単に引き抜ける状況ではあったが、パニックに陥った彼女にはそんな正常に判断できる思考も残っていなかった。酔っ払いが少女の腕を掴もうとした、その時であった。

バシャン!と突如空から大量の水が酔っ払いへと降り注ぐ。そして、その水を入れていたのであろうバケツも落下しちょうど男の顔にすっぽりと被さった。酔っ払いの男はその衝撃で一気に気を失ったようで、ドタンとひっくり返ってしまった。突然の事に少女はポカーンとした様子であったが、直ぐに水が降り注いだ方向を見上げた。

「……」

「あっ……」

 見上げた先には、アパートの屋上からこちらを見下ろしている人影が見える。距離と月明かりの逆光で顔までは見えなかったが、目は合ったような気がした。屋上の人影は酔っ払いが完全に伸びた事を確認すると、踵を返し去って行こうとした。

「あっ、あの、待って……!」

 慌てて回り込みアパートの入り口を探す。夜も遅いため静かにキャリーケースを一段ずつ持ち上げながら、先ほどの人物を探す。へとへとになりながら4階まで上がった所で、一番奥の部屋のドアが閉まるのを目撃した。

 最早行くあてのない彼女には、これが最後の頼みの綱であった。

 部屋の前まで移動し、コンコンと控えめにノックをする。祈るような気持ちで待つこと数十秒。青いドアがキィと静かに開いた。

「……。何か用?」

 突然の来客に怪訝そうな顔を浮かべているのは、空色の髪がよく似合う人物であった。

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