6、尋ね人は、竜の女王

 妖精の国は、大きく三つに分けられている。かつては一つの大きな妖精の国として国名も無かったが、最初の妖精の女王が国を三つに分け、娘たちにそれぞれを治めるよう言づけた。三つの国は現在『蟻塚』、『炎の丘』、『北の島』と呼ばれており、今までに出てきた女王バシリッサは『蟻塚』を治めている。『蟻塚』は別名で黄昏の国とも呼ばれており、その所以は空の色が常に黄金色に輝いている事から来ている。三つの国の中で最も大きい『蟻塚』には、他の二国からそれぞれを治めている者がよく尋ねに来るのである。






 一人の従者が、女王の執務室へ入ってくる。積み上がる仕事をこなしていたバシリッサだが、その従者を認めると、ああそんな時間かといって手を止めた。彼女はすぐに支度をはじめ、従者には応接間などの準備を頼む。自分自身は別の従者に手伝ってもらいながら衣装を整え、髪を綺麗に結い上げる。普段よりもいくらか豪華な衣装とかしこまった髪型は、彼女をいつもより厳格な雰囲気にさせた。自分の支度が整ったバシリッサはその場を後にし、城の門へと向かっていった。


 門に到着すると、先にエイレーネーと門番の二人がその場に来ていた。三人も普段よりは丁寧な装いで、これから重要な用事があることが分かる。出てきたバシリッサは三人を呼ぶと、どこかへ向かうらしく移動用の馬を従者に用意させた。ひらりとそれに跨り、門番の一人ピュライが馬の手綱を引き、エイレーネーと門番のもう一人であるクレイスはそれぞれ馬の横に付き従った。


「さあ行きましょう。待たせては大変だわ」

「はい、女王」


バシリッサの掛け声と共に一行は歩き出し、背後に並ぶ腰を折った従者たちの列とそびえる巨木の城を後にした。ここから国の境である門まではそれなりに距離があり、道中ではそれほど表へ出てくることが無い女王たちを珍しがって妖精たちが集まってくる。彼らが陽気に手を振ってくるのに女王やエイレーネーも応え、時に自ら手折った花を束ねた可愛らしい献上品を渡しにくる子どもたちにはエイレーネーが馬に乗るバシリッサに代わって受け取った。バシリッサたちが如何に国民から慕われているかは、道のりの半分を来た時点で献上品を引き受けたクレイスの両腕が完全に塞がってしまったことを見れば明白である。


 ようやく門までやって来た一行は、門のすぐ前で立ち止まった。バシリッサは馬から降りるとなにやら門番の二人に頼みごとをし、それを受けた二人が溶けるようにして門の向こう側へと消えていった。エイレーネーはバシリッサのすぐ隣に立ち、門を真っ直ぐ見据えた。どこか緊張した面持ちの彼女に、バシリッサはそっと肩を抱き寄せた。


 少しの間二人がそうしていると、閉じられた門が光り輝いた。うねるように広がる光はやがて向こう側に人影を映し出し、その影が実態を持った。先に出てきたのはピュライで、出てくると同時に自分の後ろから続いて出てきた人物に手を差し伸べた。すぐに姿を現した後続の者は、琥珀色の角が美しい女性であった。青い髪、角と同じ琥珀色の瞳、黒く鋭い爪、そして腰元から伸びている青緑の鱗に覆われた尻尾を持つ女性は、バシリッサを認めると尖った牙を剥き出して破顔した。


「久しいな、バシリッサ!」

「ええ、お久しぶりですわコルヌーお姉さま」

「おや姉呼びも珍しい、どういった風の吹き回しだい?」

「いえ、ちょっと偉大な母上の日記を見つけて読んだら懐かしかったもので」


楽しそうに話す二人は、後ろからクレイスが出てきたのを察して少し門から離れる。クレイスが門を抜けた後、光り輝いていた門は徐々に暗くなり、やがて元の石造りが冷たい印象を与える門に戻った。


「さあ、城へ参りましょう。積もるお話もお互いにたくさんありますわ」


バシリッサの一声で、一人人数が増えた一行はすぐに巨木の城へと足を向けた。今度の道のりも妖精たちが様子見に集まって来たが、見慣れない来客になんだなんだと興味津々である。何人かは青い髪の女性を見て何者か気が付いたらしく、彼女に向かってお久しぶりと声を投げかけた。それに彼女が微笑んで応えると、その見目の美しさに見物人たちはほうとため息をついた。そうして『蟻塚』の国民たちに見守られるなか、一行は無事城へと辿り着いたのだった。






 城へと戻ってきた一行はそのまま応接間へ向かい、来客に合わせて美しく整えられたソファに腰を落ち着けた。すぐにお茶会の様な支度が目の前に整えられ、目を楽しませる色も形も様々なお菓子や丁寧に入れられた深い赤の美しい紅茶が並べられた。エイレーネーはここで退散し、一旦各人の動きも落ち着いた時点で、最初に口を開いたのはバシリッサだった。


「ようこそいらっしゃいましたわ、コルヌー」

「ああ、以前の祭以来か。『炎の丘』からここへは来やすくて助かる。門番の二人も揃っているのを見るのは久しぶりだな、元気だったかい」

「ああ、とても良くしてもらっている」

「そうだね…エイレーネー達もいるし、結構毎日いろいろあって楽しい」


そういったコルヌーは、彼女がここへ来た時の初めの会話の通りバシリッサの姉である。そして、三つに分けられた妖精の国のうちの一つ、『炎の丘』を治める女王でもあった。『炎の丘』は活火山が国土の大半に裾野を広げており、一年中それなりの温暖な気候を保っているのが特徴的な国である。また海に面している場所も多く、そのため雨が多く降る事から鬱蒼とした森も広がっていたりと、なんとも自然が豊かな国なのだ。主に水棲の妖精や森を好む妖精が多い『炎の丘』を治めるコルヌーは、種族はドラゴンである。他の種族と交流を深めるのに便利だからと人型を取ることができるが、実際はバシリッサの何倍も大きな体躯を持っている。


「最近はいかがです、国の様子は」

「火山の活動が収まっているせいか、最近はかなり暮らしやすいな。あの山は暫く火を吹いていないから、反動も少し恐ろしくはあるが」

「そうでしたか、何も無いと良いのですが」

「自然とは先が読めぬものだ、致し方あるまい」


自然が多い国という事は、それだけ自然が引き起こす災害も少なからずあるという事だ。過去には大噴火が発生したこともあり、その歴史を十分に知っている分少しだけ神妙な顔つきになったコルヌーだったが、すぐに表情を戻して、そちらはどうなのかとバシリッサに話を振った。『蟻塚』の場合は非常に魔力に満ちた土地であり、時折耐性のない人間が迷い込んでくると身体が魔力に耐え切れず異形へ変貌するという事故が起きたりする。しかし、それもほとんどあり得ないと言ってしまえるほどの頻度であり、基本は気付いた時に門番の二人がすぐ元の世界へ送り返しているのでほとんど心配はない。そうしたことを考えながら、バシリッサはコルヌーの質問に答えた。


「あまり心配事はありませんわね、国民も皆穏やかですわ」

「自然の脅威もここはそれほど心配がないからな。その点は非常に羨ましい事だ」

「時々、この国は穏やか過ぎていつかとんでもないことが起こるのではないかと少し思う事もあるくらいだ」

「考えすぎでしょピュライ…アタシもちょっと思わなくもないけども」


ピュライとクレイスの発言に、バシリッサも少しだけ同意を示した。実際、活火山がある『炎の丘』と寒さゆえの脅威が常にある『北の島』と比べて、『蟻塚』はかなり安定した土地である。それが理由の一端になっているのかは定かでないが、国民性も他の二つの国と比べて非常に穏やかである。バシリッサにとってはそれが自慢のひとつであり、また時折何かを切欠としてあっという間に崩れ去ってしまうのではないかと考えてしまう底知れぬ不安の種でもあった。もちろん、普段から危険因子になりそうな部分についてはバシリッサ自ら早めの対処をしており、平和であることに胡坐をかくような妖精ではない。そんな気を張っている事で溜まりつつある普段の疲れから連想して、最近は国民の間でとある噂が回っている事を思い出し、丁度良いと思ったバシリッサは話題に出してみた。


「そういえば、以前からそちらでは熱い湯が沸くと聞いておりますけど、最近その湯は何やら良い効果を持っているとも聞きましたわ」

「ああ、こっちじゃそれほど馴染みは無いだろうが、湯につかるというのは良いものだぞ。疲れに非常に効く、お前も忙しそうだから取り入れたらどうだ」

「やはりそうなのですね。この間も甥っ子の誕生日の祝福でそちらへ参りましたが、如何せん忙しかったものですから体験する間もなくとんぼ返りしてしまいました」


今度訪問した暁にはぜひ試してみたいというバシリッサに、コルヌーもぜひ来てほしいと楽しげに話す。以降も暫く他愛のない話に花が咲き、机の上に並べられたお菓子が半分ほど彼女たちの胃に収められ、紅茶も二杯目が注がれる。ここで、さて、とコルヌーが話題を切り出した。


「本題へと行きたいところだが…『北の島』のは明日に来るのか」

「ええ。四人揃ってお見えになるようですわ」

「久方ぶりに姉妹が勢揃いするのを見られるというわけだな、楽しみだ」

「私もとても楽しみですわ。お姉さま方が『蟻塚』へいらっしゃるのはとても嬉しい」


ここで対談の時間は一区切りとなるようで、バシリッサは近くにいた従者にコルヌーを部屋へ案内するように言った。移動にそれ程苦労が無かったと言っていたコルヌーだったが、やはりそれなりの疲れが出ている様で、言づけられた従者に連れられて宛がわれた部屋へと向かっていった。それを見送り、バシリッサたちも休憩にしようと言って応接間を後にした。

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時を渡る こんききょう @Konkikyou098

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