2、憶うは、王家の成立

 門番の双子がその日の役目を終えて巨大樹の城へと戻ると、女王バシリッサがついて来いと手招きをした。二人が言われるままにその後をついていくと、やって来たのは来賓との会合のために作られた豪華な応接間。この部屋にはバシリッサの美しいコレクションがずらりと並び、ちょっとした美術館の様にも見えるような場所であった。彼女はそのまま壁際にある棚へと来て、一冊のあまりにも分厚い本を取り出した。


「バシリッサ、これは?」

「つい先ほど見つけたのですよ。古い歴史書…前女王、我が母上の日記とも言うわね」


そう言いながら本を重たそうにローテーブルに置くと、ピュライとクレイスを隣に座らせた。なんでも、倉庫の掃除をさせていたところ、奥底からこれが転がり出てきたらしい。質素に見える表紙は目を凝らせば布と同じ色の糸で細かい刺繍が施されており、非常に繊細な仕上がりだ。これが倉庫の奥深くで埃を被りながら眠っていたというのだから、王家の倉庫は底が知れない。バシリッサが何が書かれているのかとわくわくしながら注意深く表紙を開き、両隣りの二人も興味津々でページを覗き込んだ。






 表紙を開いて初めのページには、下の方に『ティターニア』とだけ書かれていた。それは、妖精たち総ての母たる存在であり、妖精の国の初代女王として永い間君臨していた者の名前である。誇り高く美しい崇高な存在であったとして、妖精たちからは永遠に慕われ尊敬される女王だ。次のページからは、今は亡き初代女王の言葉が流れる様な文字で連ねられていた。



───ふと思い立ち、この日記を始めることにする。ついさっき妖精たちが集い、出来上がったこの国の有様をつぶさに記録できたらいい。今日は私の戴冠式であった。この私を国母として信頼してくれた者たちに応えられる存在になれるよう、日々努力を怠らないようにしたい。


───お付きの者が増え、私のもとで働きたいと言ってくれる者たちが連日集まってくる。ありがたいことだ。今日は私の身辺の世話をしたいという娘が四人も来た。試しに得意な事をやらせてみると、皆何かしらの特技を見せてくれたので、採用させてもらった。また賑やかな日々になる。


───いつの間にか、巨大樹を城の様に加工した者がいた。とても素晴らしい技術だ。今この日記をその巨大樹の城の中で書いている。木の香りがとても落ち着く、素晴らしい城だ。こんな技術を持っている者がいるとは、この国の将来はかなり発展することが出来そうだ。



 書かれているのはなんて事のない女王にとっての日常で、こうして妖精たちが周りに集まってくる様子が書かれているのを見るに、彼女は相当人望の厚い女王だったのだろう。バシリッサは感激し、門番の二人も徐々に出来上がっていく妖精の国に興奮を覚えた。早く次へ、とバシリッサがページをめくっていく。



───ある妖精が随分と遠い地からはるばる私を訪ねに来た。話を聞くに、出身地は炎の丘というらしい。何でも水棲の妖精が多いにも関わらず近頃火山が活発で、周辺の者たちが困っているらしい。どうにかしてやりたいが…以前この巨大樹の城を造った者に相談してみようか。


───例の加工が得意な妖精が仲間を引き連れ、炎の丘に向かった。彼曰く加工に強い者は炎など熱いものにも耐性があるものが多いのだそうだ。同族と言えども、そのうちのさらに細かな種族は未だ私も把握しきれていない部分が多い。


───炎の丘から彼らが戻って来た。なんと石造りの家を建てたのだという。それも大量に。水中で住むことが出来る妖精は大丈夫だが、水辺に住みながらも水中での生活が困難な者がいたらしい。流石は城を造った者たちだ。何か褒美などを渡したいが、何が良いだろう。炎の丘からも感謝の手紙が届いた。妖精の国の一部になりたいとのことで、ぜひそうさせていただこう。






───今日は北の島から妖精がやってきた。こちらの国としての仕組みを見に来たようだ。北の島はタウル系の妖精が多いが、こちらにいるセントール以外にも様々な種類がいるらしい。ぜひ交流を深めたいものだ。


───一人の屈強な狼のタウルが婚姻を申し込んできた。属国として傘下に入りたい、ぜひ受けて欲しいという言葉に、あまりそういったことを考えたことがなかったが、前向きに検討すると返した。


───タウル系の妖精はそれほど長命でない事を今更思い出し、返事は早い方が良いだろうと了承の手紙を出した。私としても、そろそろ後継を考えなければという事に気が付いたので、丁度良かったのだろう。一度だけあった彼は随分と優しそうな眼をしていたし、きっとうまくいくだろう。






───なんと、今度は炎の丘から婿候補がやって来た。ドラゴンであるらしい彼も狼の君と同様な理由を持って、更に親交を深める上で受け入れてもらいたいと言う。多夫制…考えたことが無かったが、女王である私がこうして君臨する限りはその方がある意味正解なのだろうか。


───ドラゴンの君に了承の返事をした。これで夫は二人、ならばここからも誰か娶る方が公平で良いだろうか…?そんな気がしてきた。民は皆夫たちを歓迎しているし、大事は起こらなそうでその点は非常に嬉しい。さて、誰を三人目の夫にしようか。


───夫選びを考えていたところで、一人の美しい透ける翅を持った者が名乗り出て来た。金の髪が美しい彼は妖精の取替え子だと言った。その見事な金髪は確かに妖精たちからは非常に魅力的に映った事だろう。既にだいぶ前に来ていたらしい彼は妖精への変貌も完全に終わっており、得意な事は何かと聞けば歌と舞だと答えた。妖精として芸術に造詣が深いのは素晴らしい。私は楽器と絵は得意だが、その方向に疎いため丁度いい。




 


───最初の娘たちを授かった。四人姉妹で、父が狼だと言うのに同じなのは長女だけだったのが面白い。長女から、狼、梟、狐、鹿のタウルで、全員父親に似てキリッと勇ましい。三女は少し頼りなげな表情だが、それも愛嬌だ。無事に生まれて来てくれてありがとう、娘たち。


───立て続けに次の娘も授かった。今回は一人のドラゴンの娘で、目元は私によく似ているらしい。全体的な色なんかはほとんど夫のものだ。本当に最初の頃は炎を吐くのに苦労したが、最近は急成長だ。


───少し間を置いたが、次の娘が生まれた。銀髪や赤い瞳は私とそっくりだが、翅は夫のものを貰ったようだ。ここまで全員が娘だったのが何とも面白いものだ。六人全員が美しく気高く育って欲しい。






───妖精の数も増え、管理が難しい規模となって来た。これまでわが国の一部としてきたかつての炎の丘と北の島を、改めてそれぞれの国として独立させることを少し考えてはいたが、これは実現させる方向に考えて行こう。幸い、私には意志を継いでくれる六人の娘たちがいるのだ。どの子もとてもいい子だから、母に協力したいと言ってくれている。子離れの時期がやって来たようだ。


───そう言えば、この地域の呼び名が無い事を思い出した。三つの国として別れるならば、呼び名が欲しいところだ。…思いついた、どの国もある場所をそのまま表した名前なのだから、蟻塚に入り口があるここは蟻塚と呼ぶことにしてしまおう。うむ、悪くない。


───炎の丘と北の島の長をそれぞれ娘たちに頼む日となった。幸い天気も良く、式典には相応しい日だったのではなかろうか。娘たちがそれぞれの種族の家臣と共に蟻塚を離れていくのを見送るのは少し寂しいが、末永い先の発展に彼女たちが大いなる貢献をしてくれることを期待していようと思う。蟻塚の長は、もう少しだけ私の役目だ。


───北の島にいる四人姉妹は、先日、時の君のご兄弟方から季節の管理という役目を賜ったそうだ。これからは四姉妹がそれぞれで入れ替わりながら長を務めていくという知らせを受け、私は非常に誇らしかった。きっと彼女たちならば互いを上手に助け合っていくことだろう。






───今日もいい天気だ。私は恐らく、もう長くない。今日やって来た時のきみがひとりの女神と連れ立って訪ねてきて、向こうの世界で『架け橋』を管理して欲しいと頼んできたのだ。もちろん、私は快諾した。まだ求められる、何か私が与えられるような能力を持っているというのは非常に誇らしい事だ。もう私の愛しい六の娘たちは十分に力を付けた。私の出る幕は既にこの世界には無いだろう。満足した。


───今日は、ついに最後の娘に国を任せる日だ。もう、この日記を書くための力もほとんどない。いつかこの日記を見つけた際、この国が如何にして発展してきたかをしる術となってくれればいい。


 頼みましたよ、バシリッサ。



 最後、読み手がバシリッサである事を見据えた様にそう書かれ、歴史書もとい前女王の日記は終わった。全て読んできた三人は国の歴史を一気に見た疲労感でソファの背もたれに沈む。すぐに家臣が飲み物を運んできて、三人はすぐに口をつけた。飲み物はよく冷えたアイスティーで、歴史の流れに興奮し上昇した体温を程よく下げてくれる。暫くちびちびとアイスティーを飲み、気が済んだ三人はゆっくり体を起こした。


「…バシリッサは、六人姉妹の末っ子だったのだな」

「そうなのよ。今でも少なくとも年に二回は姉さま方に会うわ」

「新年と、あとは舞踏会の時か…あの方たちがお姉さまだったのかあ」


あんまり似てないなあ、とこぼしたクレイスに、バシリッサはくすりと笑った。『炎の丘』の女王と『北の島』の女王たちはバシリッサよりずっと早く国の長として活動している。難なくこなしている様に見える、その裏は大変な業務であるもののそれを他人に見せない姿勢がバシリッサが姉たちを尊敬する点だった。前女王の日記の表紙をひと撫でし、それを片付けたバシリッサは身体を伸ばして元の業務へ戻っていった。

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