弐、紅葉
さて、
この屋敷の主は鬼神である。元は妖怪の一端である鬼一族の姫君であったが、とあることをきっかけに神格を得た強者である。そんな彼女がこの山を取り仕切っている。故に彼女の従者がともに住んでおり、三階建て構造となっている屋敷の一番下の階は鬼たちが常に何かしらの用事で動き回っている。それとは別に、鬼神にも二人の眷属がいた。日常の活動の場となっている二階を飛ばして最上階、鬼神の私室とともに彼らの私室も設けられている。彼らの役割としてはもっぱら『お勤め』中心で、鬼神の外出時には彼女の側近として動いている。
ここでの朝は、鬼神の身支度の手伝いから始まる。姫君であるために身の回りの世話は基本従者や御付きである眷属の二人が行う。起床した彼女のために洗顔の桶を持っていき、着物を着つけ、髪を結う。そして二階の大広間へと連れてくると、『お勤め』に二人が舞うのだ。赤茶の髪の少年は七支刀を持ち、金髪の少年は扇を持ち、くるくると回って跳ねる。あわせて鬼の従者たちが楽器を奏で、さながら神楽のようにも見える。一通り舞い終えると鬼神が二人に声を掛けた。
「うむ。今日も変わらず元気そうでよいな」
「はい、幸いなことに不調もなく」
「何よりだ。腹が空いたろう、朝餉としよう。そら支度してまいれ」
「はい!」
幼さの残る声が元気よく返事を返し、二人は舞の衣装から普段の活動着に着替えるべく各々の自室へと戻っていった。残った鬼神は一人の従者を連れて庭へと出た。昨夜は少し冷えたらしく、朝露に濡れた紅葉を端から鑑定していく。ふと足を止めると、少し伸びた枝に触れて眺めた。何か満足そうにうなずくと、従者にこれを切り取って八等分するように言いつけた。すぐさま従者が言われた通りの場所から枝を切り、それを八本に等分する。それを自ら抱えて屋敷の中へと戻った。早くも戻ってきていた二人に分けて持たせ、鬼神に届かない背丈の頭をそれぞれそっと撫でた。
鬼神は二人の眷属と幾人かの従者をつれて、あの小さな社までやって来ていた。ここへ来るには紅葉邸からは遠く、また移動手段を持ち合わせていないために到着は遅い。既に八つの花瓶のうち手前に今日の分の花たちが置かれているのは少し濁った赤の物と橙にも近い黄の物の二つだけとなっていた。他には朝露に濡れたままの花が生けられている。鬼神は二つの花瓶からそれぞれ眷属の二人に花を取らせ、持ってきていた紅葉をすべての花瓶に生けた。
「…うむ。最後が来てからもう三十年ほどか?」
「確かそうでしたね!知らないうちに随分と経ちました」
「そのようだ。どうだ二人とも、ここでの生活は」
「楽しいですよ、とっても!」
「僕もそう思います。ここに来てから自分の好きなことをこんなにさせてもらえるなんて…」
二人が元気に答えると、鬼神はその形の良い口を少し緩ませた。それを見たその場の者たちすべてが一層楽し気な表情を浮かべる。また鬼神が二人の頭を撫で、一行は住まいへと戻るべく歩き出した。
紅葉邸の彼女らは、鬼神は『
屋敷へと戻った一行は、とうに昼食の時間となっていたため食事をとるべく皆で集まった。上座に鬼神が座すと他の者たちが倣ってお膳の前に座る。そうして賑やかな昼食が始まった。本来家来の立場である鬼たちは別室でとるものだが、鬼神の皆で食べればよいだろうという一言でこのように屋敷の者たちが一堂に会しているのだ。誰もが好きに話しながら箸を進めるのを、実は鬼神自身が見ていて楽しんでいる。
「今日二人はどうするのだ」
「俺は山菜を採りに出て来ます!きのこと野蒜が群生しているところをこの間発見したんですよ」
「僕は…どうしようかなあ」
「ではついでに私も蘇芳と行こう。杏も付いて参れ、そのあたりに確か生えている薬草が丁度切れそうだからな、採取を手伝え」
「はい」
そのやり取りが実に微笑ましく、家来の鬼たちもこうして聞いているのが一日の楽しみだったりする。そんなことは露知らず、三人は午後の山菜採りを兼ねた山の散策の計画をあれこれと立てるのだった。
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