Ⅲ、変化

 随分と、変わったものだ。


 主要な者が十二人となり、改めて世界を目にしたアーテルの率直な感想だった。自分が生まれた瞬間に比べ、なんと遥かに賑わいを見せるようになったことかと、己の黒い翼で飛んで回りながら口にした。フラーウムに教えてもらった、自分と同じ器官である翼をもつ動物が更に種類を増し、一転して深海に植物が進出していたり、もっと驚いたことに、自分等と同じ形をした、だが動物たちに近い存在が数を増やしているのを見た。何より、他の者たちが楽しそうに過ごしているのを心から嬉しく思っていた。彼女はこの世界が好きだった。皆が楽し気に世界を歩くのを、眺めているのが彼女の日課だった。


 十二人になったとともに、自分らの衣装に変化があった。アーテルの服は相変わらず黒を基調としたものだったが、その形は随分と動きやすいものになった。背後に生えた翼のために背が大きく開いていたり、スカート調でなくなったりなど。他の十一人は白が基調で、各々の象徴する色が入った衣装となっていた。基本他の女神はスカートだというところがアーテルとの大きな違いだった。一応アーテルも女神ではあったのだが、彼女自身がどちらであるかを特段気にしていなかったのが原因だったのかもしれない。






 ある時、自分等と同じ形をした、より動物的な存在───人間が大きく三種に分かれた。ひとつは今までと同じ。ひとつは、見た目は変わらないものの、持つ力が大きく変化した。神々の創造する力とは異なるそれは、彼らに『魔法』と呼ばれた。それと同時に彼らは今までの者たちに比べて長い時を生きるようにもなった。そして残ったひとつは、様々な翼をその背にはやした者たちだった。個体によっては更に魔法も手に入れ、その力はずっと強大なものとなった。


 なぜそのような変化が生じたのか。彼ら『人間』を創り出したのはウィオラーケウス、フラーウム、ルーフスの三人だったが、彼らにもこの事態は予測できなかったようで非常に混乱していた。その原因を解明すべく、三人と共に、アーテルは人間たちを観察し始めた。


 観察を続けることでわかってきたのは、割合彼らは各々の種族として必要以上に接近せず、うまく暮らしていることだった。ただ、やはり持たないものが持つ者に抱く嫉妬が完全にないわけではなく、あちこちで紛争とまではいかずとも小さないさかいが勃発していた。その様子は四人にとって気分が良いものではなく、特に彼らを創る中心となったウィオラーケウスは特にその様子に嘆いていた。アーテルはそんな彼らの間をしばしば取り持ち、諍いを治めようと試みた。その時に決まって持たない者たちが口にしたのは、[白い神が贔屓ひいきしたのだ]という言葉。白い神、つまりアルブスである。どうやら自分好みの人間にねだられるままに力を与え、他には見向きもしなかったというのだ。アーテルはアルブスを訪ね、贔屓差別は良くないということを持ちうる語彙の限り説いた。力を無闇に与えるなということも。


「俺は俺がやりたいようにやっただけだ。悪いとは思っていない」


今まで素直で平和を堂々と謳っていた彼の初めての利己的な言葉に、アーテルは少しうろたえた。だがここで引いては他の神たちに示しがつかず、彼を創り出した彼女自身罪悪感に濡れる。何がどうして、如何に彼の行動がよくないのかを何度も説明したが、全く彼は聞く耳を持たなかった。それどころか、うんざりとした表情でこう吐き捨てた。


「何を偉そうに…最初に生まれただけの分際で」


仕方なしに、彼女はその場を離れた。






 「姉さん」


 当てもなく空を飛んでいると、ウィオラーケウスの声が彼女を呼び止めた。そちらを見ると彼女の他にフラーウム、ルーフス、そしてカエルムが揃ってアーテルを見上げていた。四人が手招きをしているのをみて、その場へ降り立ち翼を畳むと、翼が起こした風で彼らの髪が舞う。彼女を呼び止めた理由は偶然もあるが、やはり人間たちのことについて。アーテルがついさっきまでのアルブスとのことを告げると、誰もが落胆した表情を見せ、感情が激しいルーフスに至ってはその赤い瞳を爛々と燃え盛らせて憤慨した。どうやら彼ら側にも報告があるらしく、アーテルは話を促した。


「この世界に居続けるのもいいけれど、『人間』たちが自分等に似た姿の存在が自分等より長生きすることに恐怖を覚えるみたいで」

「だから、インディクムみたいに俺たちも自分たちの家というか、領域を作ってみようかと話していたんです」


それを聞いたアーテルはなるほど、と頷いた。インディクムは管轄が海であるため、都合がいいからと太陽の当たらないほど深い深海に彼女の領域を持っている。同族であるアーテルたち以外には容易にその中へ入ることが出来ないため、便利な時もあるのだと彼女自身が話しているのを聞いたのはつい最近だった。どこに作るつもりなのかと尋ねると、彼らは無邪気に答える。


「俺は火山の近くかなと、頑張ればマグマの中でも大丈夫かな…」

「燃えちゃわないかしら…私は勿論地上のどこかですけれど、うーん、やっぱり動物たちの生息域によるかしら」

「君たちはいいけど私なんてどうしたら…命なんてそこら中に溢れてる」

「ウィオラーケウスは確かに大変そうですね、僕は…この世界で一番高い山の頂上とか」


わいわいと楽し気に話し合う様子に、聞いていただけのアーテルはつい微笑んだ。彼らの楽しそうな様子というのは、いつでも彼女の癒しなのだ。


「アーテル様は、どうするので?」


誰が言ったか、その言葉に問いかけられた張本人は目を見開いて固まった。何も考えていなかったと顔がありありと語っているのに、彼女の子供らは顔を見合わせ、笑い出した。ウィオラーケウスがやれやれと言いたげに口を開く。


「そうだと思いましたよ、まあ確かに無理もないですけどね」

「常に闇、か…意外と難しいな、地中になっちゃうのかな」

「それ、アルブス様とアルゲントゥム様にも言えるわね」

「そのお二人は常に太陽か月が出てるところを追いかけなくちゃいけなくなるからね。あ、ちなみにカエルレウムは一番大きな川の傍、ウィリディスは森林のど真ん中、エスメラルダは…何も言ってなかったな…」

「多分彼は放浪でしょう、風だし。プルルスは最も肥沃な土地に、とか言ってましたよ。どうです、参考になりそうですか」


挙げられた例はどれも彼らの特性に合わせた場所で、その輝く瞳はこの話が彼らにとっていかに楽しく意欲が湧くものかを物語っている。おそらくこれだと自分も早いところ作るべきなのだろうと考えたアーテルは、本格的にどこに自分だけの領域を構えるかを検討することにした。他の4人は12人の中でも比較的行動の早い者たちだ。きっと日が一回転するうちに領域を作り終えてしまうだろう。

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