Ⅱ、12の神々

 ある時、白と黒が十回くらい反転した頃、アルブスがアーテルに頼みごとをした。


「もう一人つくり出せないか」


それを聞いたアーテルはふむ、と一考する。ここまで特に目的もなくただ存在するのみで、世界にあれから変化はない。新しく誰かをつくることが出来れば、何かが変わるかもしれないと思ったのだ。頷いて了承し、いつかのように腕を前に差し出す。意識を集中し、今度はどんなものが来たら良いだろうかと思案する。今は黒と白がはっきりと分かれ目を作っていて、中間というものが存在しない。何か、白と黒を中継し、互いに和らげてくれるものを。そう願うと、掌で白っぽい中で極僅かに黒の輝きが乗った淡い光が集まり始めた。てのひらから離れながら徐々にまとまっていく光はアーテルよりも少し大きいくらいで留まり、凝集した。収まった光の中にいたのは、長い銀髪が揺れるもの。アルブスに比べ随分と丸い体つきをしていて、柔らかそうな見た目が印象的だった。やはり始めのアルブスの様にただ茫然ぼうぜんと立っているばかりで、特に自分から動こうとはしなかった。


「名は」

「…アルゲントゥム」


か細い声が聞こえてきた。放つ光はアルブス程強くはなく、アーテルの闇をぼんやりと照らす程度だったが、美しい光だ。


「お前はアルゲントゥム。あわいに立つ者…月を司る者」


そう言うと、生まれたばかりの体を銀色の光が包み込んでいく。くるりと一周した後に光は霧散し、白い衣装に身を包んだアルゲントゥムが現れた。衣装の形は少し異なっている。アーテルは隣り合って立つ二人を見比べた。体格の差が歴然としており、同じものと言って片づけるのはいささか乱暴ですらあった。


「…男と、女か」


初めて言ったはずのその言葉が、なぜかとてもしっくり来た。アルブスが男で、アルゲントゥムが女。この二人はそういう意味で対極のものであり、光を持つという意味では同じものだった。同じものを持つということが少し羨ましく感じたアーテルだったが、羨ましいという言葉とその感情を結び付けられる程にはまだ至っておらず、胸のうちが僅かに騒がしくなったことに不思議を感じているのみだった。






 白と黒の入れ替わり方が変わり、ある時は全て白、またある時は全て黒という様に、周期をもって入れ替わるようになった。また黒の時もアルゲントゥムの持つ淡い光で僅かに相手を認識することが出来るようにもなっていた。


 そんな頃、再びアルブスがアーテルに声を掛けてきた。連れてきたのはアルゲントゥムと、アーテルが見たことのない、長い黒髪の少し幼い女だった。


「俺とアルゲントゥムの二人で、つくり出すことが出来たんだ。だけれどこの先は出来なかった。俺たちでは命を吹き込めない」


そう言われ、アーテルは黒髪の女をしげしげと見詰めた。確かに、自分でつくり出した直後の二人とそっくりで、ぼんやりとした薄い紫の瞳がアーテルを見上げた。決まりごとの様に問いかける。


「名は」

「私はウィオラーケウス」


芯の通った、はっきりした声で名乗った女に、アーテルは少しだけ驚いた。生気をまだ入れられていない状態だというのに、既に持っているような、魂を持って生まれてきたような声。僅かに気迫のようなものも感じることが出来て、初めての事例だと先に生まれた三人は興味深げだった。


「お前はウィオラーケウス。魂を宿すもの。命を司る者」


そう言い終えたと同時に紫の布のようなものが現れ、ウィオラーケウスを巻き込んだ。すぐにそれは消え去り、アルブス、アルゲントゥムと同じように白い衣装を身にまとったウィオラーケウスが立っていた。アーテルに近づいた彼女は、そっと微笑んで姉さんと呼んだ。周囲を見渡せば、ひたすらに平面しかなかったこの場に、いつの間にか高く低く様々に隆起した部分が増えていた。






 四人となり、初めからいたアーテルはこの世界が少しずつ変わっていくのを感じていた。激しい変化が一気に来ることはなかったが、どこかが小さく変わっていく様を見て、アーテルはこれから全てを流れに任せてみようと思う様になった。自らつくり出すことはやめ、他の三人が何かをつくり、この世界を変えていこうとするのであればそれを見守っていよう、と決めていた。


 アルブスとアルゲントゥムはよくこの広大な場所を移動してはアーテルの元へと戻って来た。ウィオラーケウスはアーテルの傍にいて、何かを話したりして過ごすことが多かった。






 白と黒が反転を繰り返し、一体幾つ変わったのか分からなくなった頃、久々にアルブスがアーテルに話しかけてきた。彼はまた生気のない者を連れてきた。今度は見た目がアルブスにそっくりで、彼より少し明るめの金髪と思わずはっとするようなさえた青の瞳が輝く男だった。恒例となってきている呼びかけを行う。


「名を」

「カエルレウム」


声が辺りにのびやかに広がる。静かな雰囲気が見る者に神秘的な印象を与えた。

「お前は、カエルレウム。清らかさを体現する…水を司る者」

途端に青い液体が彼を取り巻く。それらは流れるように消え去り、白い衣装を纏ったカエルレウムが毅然と立っていた。顔に微笑みをたたえた彼が辺りを見回すと、その視線の先には隆起の窪みに沿って水が細く流れていた。






 こうして、この世界の住人はその数を増やしていった。そして増えていくと同時に、何かしらの変化をもたらした。


 次に生まれたのは、植物を司るウィリディスだった。くすんだ金髪と明るい緑の瞳が美しい彼と共に生じたのは、世界に鮮やかな色がついていったことだった。また背丈の様々な、種類ははっきりとしない植物が地面、特に水が流れているそばに発生した。硬い心地しか感じなかった地面が柔らかな芝生に覆われたことで、アーテルは柔らかなものに触る心地よさを覚えた。


 続いて生まれたのは動物を司るフラーウム。ふわふわとした長い茶髪に黄金のような強い輝きの瞳を持つ彼女の誕生は、あらゆる動物を連れてきた。それは存在の確かなもの、不確かなものなど多岐にわたり、彼女は常に何かの動物を傍に連れて歩いていた。アーテルの肩に乗ってきた動物は彼女と同じような形の器官、すなわち翼をもっていると教えたのはフラーウムだった。


 次に生まれた風を司るエスメラルダは、空気の変化を伴ってやってきた。彼女はアーテルのような器官を持たずとも自由に飛ぶことができ、灰色の長い髪を靡かせながら世界を回り、時にはアーテルと連れ立って空を滑りながら、その翡翠のような瞳を輝かせた。


 インディクムの誕生と共に起きた世界の変化は今までになく大きかった。濃い茶色の髪を振り、限りなく深い青の瞳を地面の大きく窪んだ場所に向けると、これまで好き勝手な方向に流れていた川がそこへ流れを変えることで水が大量にたまり、やがて海が出来上がったのだ。彼女はその海の中に住居を構えていて、不思議とそこだけでは息ができたためアーテルも時折訪ねては光の届き辛い海の底の様子を眺めていた。


 ルーフスは季節の変化を伴って生まれてきた。黒い髪は静かな印象を与えるが、その瞳は炎が燃え盛るような赤で、まるで熱い炎を黒い岩で覆い隠している様な新しい印象を彼に抱いたのは、アーテルには比較的新しい記憶である。


 栗色の髪と明るい茶の瞳が愛らしいプルルスは、総ての生命に分け隔てなく豊かさをもたらした。大地が正しく形成され、草木は一層茂り、それと共に動物たちは種類を増やした。この頃に最もこの世界が賑やかになり、微笑みをたたえながら先達であるウィリディスとフラーウムから祝福を受け取っている様はまさに母の様だとアーテルは感じていた。


 十二番目、最後に生まれたのはカエルム。黒髪と鮮やかな青の瞳を持つ彼が成したのは、この世界を覆う大空だった。それまでただ白と黒、光と闇が反転するのみの天は、時間により様々な様子を映し出すようになり、時にはドラマチックな色が空を塗り替えていくのを、アーテルは美しいと思いながら見渡していた。

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