時を渡る
こんききょう
第1章 創世記
Ⅰ、はじまり
この世界には、昔から語り継がれる神話と、一つの詩が存在する。この詩は神話の冒頭に綴られた詩が元となっており、そこに音が後からつけられた。そのため、元は抑揚をはっきりさせた朗読で読まれていたのが歌になり、より人々にとって身近なものとなった。しかし、現在でも祭事にあたってこれは歌としてではなく、朗読で語られるのが決まりとなっている。内容については神話の神々の紹介と創世の様を簡略的に表したもので、そのゆったりとした音から子守唄にもされるくらいに聞きなじみの深いものとなっているにも関わらず、神々の特徴を覚えやすい。
それは、次のようなものだ。
―無から生まれし
―世をつくるため 手を
―全てを照すは 太陽の男神―
―夜空を彩る 月の女神―
―生死を分たる 命の女神―
―清さを保つは 水の男神―
―黙して
―駆け巡り舞う 動物の女神―
―世界を巡りし 風の男神―
―還りを見守る 海の女神―
―夜をも照せり 炎の男神―
―いのちを育む 大地の女神―
―
―始めに現れたる 十二の神々―
―此れにて創世を 完了とした―
――――…闇。
どこまでも続くのは
そんな無の場所から、突然存在を持つものが生まれた。それは何とも表しがたく、強引に言うのであれば、黒い霧であろうか。
「…」
定まった形をとらずに、ゆらゆらと絶え間なく姿を変えていく。そうしてどれほどか経ち、それはある形をとった。その姿とは、今でいえば人間の形。そこで、それは急激に知性を成長させた。
「…わたし」
自分、という概念を持つと、それの直ぐ近くに何やらとてつもなく巨大な固体が現れた。そっと触れてみるもひたすらに、ある、ということが分かるだけである。温度などは感じられない。そもそも、元が“無”から始まったのだから、なくて当たり前と言えばそうなのだが。その固体に、自身の下の方に伸びた2本の棒――脚をつけてみると、表面に対して垂直に立つことが出来た。その瞬間、固体は急激にその大きさを増し、果てには端が見えなくなっていた。生まれたものは歩いてみた。どこまでも黒が続く。
「…暗い」
そう呟く。何か、この場を照らせるものを。そう願いながら、ようやっと勝手の分かってきた腕を前に伸ばした。かすかに見える手をじっと見つめていると、徐々にこの場にはなかった色――白が
「光と、闇」
対極するもの。相変わらず瞬きだけを繰り返す目の前のものを見て、思いついたものをそのまま言葉に出した。
そのまま暫くいて、はじめに生まれたものはふと頭によぎった言葉があった。それは意図せずに言葉となり、音として発せられる。
「名を」
「…俺は、アルブス」
はじめて口をきいた。何も教えていないにもかかわらず、そう告げた。どうやら生まれ落ちた瞬間から持っていたらしかった。その名を聞いて、再び言葉が口をついて飛び出した。
「お前は、アルブス。光の化身…太陽を司る者」
そう言い切った瞬間、突如目の前の者――アルブスの放つ光が強くなり、思わず目を覆う。少し経つと掌の向こう側で光が弱まったのを感じ、そっと手を下した。そこには先程と全く違う、瞳に生気を宿し、白い衣装に身を包んだアルブスがいた。ふわりと軽やかな衣装をみて、最初に生まれたものはふと自分がそのようなものを身に着けていないことに気が付いた。その拍子になんとも言えない居心地の悪さを覚えたが、
「貴方に名前はないのか」
名前。そういえば分からない。首を振ると、目の前の彼は不思議そうな顔をして、首を傾げ美しい金の髪を揺らした。最初に生まれたものは自分の手を観察してみた。アルブスよりは恐らく細く、随分と白くもある。これは暗闇ばかりの世界では分からなかったことだ。自分自身は、何者か。そう自分に問いかけ、途端に言葉があふれた。
「私はアーテル。無から生まれた。…闇を、司る」
言い切ると、急に体が闇に包まれた。明るくなったことで安心したはずなのに、今はこの闇が心地良い。あっという間に闇は消え去り、体に、特に背中に強い違和感を感じた。自身の体を見下ろしてみると、アルブスとは違う、真っ黒な衣装がいつの間にか体を包んでいた。背中に手を伸ばすと、違和感の正体は何やら自分の髪とはまた違う質のものに覆われた、大きなものが生えていることによるものだった。意識を集中させてみると、動かすことが出来る。つい先ほどまでなかった器官があるというのは何ともいえない不思議な気分になった。周囲を見渡すと、白い空間と黒い空間が丁度自分たちの中間から分かれていて、どうやら互いの持つ力が均等になったらしかった。アーテルはなんとなく、背に生えた大きいものを全力で動かしてみた。すると体が持ち上がりかける。今度は足にも力を
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