第5話 魔力供給

「色々と運んだのだ、魔力をもらってもよいか?」



 セイル様が運んできたばかりの椅子に腰掛けてそうおっしゃいました。

 想像以上にたくさんの物を運んでいただきましたから、魔力をさしあげなければならないのは当然のことでしょう。

 私は頷きました。



「もちろんです。えぇと、どうさしあげればいいのでしょう?」


「一番簡単なのは口付けであるな」



 さらりと紡がれた言葉に、私の思考は停止します。

 てっきり、さきほど契約の際に行った、親指の血のやりとり程度のことと思っていたのです。



「オレ様をぶのは大抵が年老いた男であったから口付けなんかは遠慮えんりょしてきたが、お主であれば問題ない。むしろ大歓迎であるな!」


「く、口付け……」


「血や体液をもらうのが楽なのだ。痛いのは嫌であろう?」



 どれくらいの血を流せばいいのかは分かりませんが、確かに唾液だえきをさしあげるのが一番平和的な手段に思えてきました。

 たくさんの血が流れるような怪我などはしたことがありませんから、どれほど痛いのか想像も付きませんけれど。


 まだ、誰とも触れ合ったことのない唇。

 これからもずっと、誰とも交わらぬものと覚悟していましたが、セイル様にならさしあげても、大丈夫。



「口付けで大丈夫ですわ! ……け、経験はありませんので、お任せいたします」


「そうは言うが、オレ様も初めてだからな。嫌だったりしたら教えてくれ」


「は、はい……」



 セイル様も初めて。

 そう聞いて、少し気持ちが楽になりました。

 私が目を閉じると、セイル様が近付いてくる気配がします。

 大きな手が私の腰と後頭部に回され、ぐいと引き寄せられました。

 私はセイル様の胸元に手を置きます。

 すると、セイル様が動きを止めました。

 どうしたのだろうと目を開けると、すぐそばにセイル様の顔があって息が詰まります。

 きめ細やかな肌、吸い込まれそうなくらい深く赤い瞳、色素の薄い唇。

 どうしてこうも整っているのでしょう。

 人間離れした美貌びぼうです。悪魔ですので、当然なのかもしれませんが。

 私の顔は大丈夫かと不安になります。



「セイル様?」


「あー、その、手を置いたのは……拒絶の意思表示というわけではないのだな?」



 私の置いた手を、そんな風に受け取っていたなんて。

 こんなに優しい悪魔がいるでしょうか。

 目の前にいるのですけれど。

 緊張して張り詰めていた気持ちが、ほぐれていくのが分かりました。

 私はセイル様に微笑ほほえみます。



「大丈夫です。嫌だったら、トントンと叩きますわ」


「よし、わかった」



 私は再び目を閉じます。

 セイル様の吐息が私の肌にかかり、唇に柔らかなものが触れました。

 何度かついばむように唇に触れ、それよりも温かな舌が優しく唇を舐めていきます。

 閉じた唇を割り開き、セイル様の舌が私の口の中に入り込みました。

 どう呼吸をしたらいいのかもよく分からない私の口から、吐息に混じって声がれました。

 その声に気を良くしたのか、セイル様は後頭部にあてがっている手に少し力を込め、ますます深く舌を差し入れるのでした。



「ん……っふ……」



 私の息と、声と、唾液の水音、静かな塔の中にそれだけがうるさくて、私は自然とセイル様の首に腕を回していました。

 もっと、触れ合いたい。

 もっと、深く。

 頭の中がぼうっとして、セイル様のことしか考えられません。

 私は一体どうしてしまったのでしょう。

 ああ、ですが、このままちてしまっても、いいの、かも。



「っと、すまぬ。オレ様の気に当てられたな」



 唇が離れ、後頭部に回されていた手が私の顔の前にかざされました。

 セイル様が指をパチンと鳴らすと、霞がかっていた思考が一気に晴れます。

 同時に、私は自分が何を考えて何をしていたのか理解し、一気に恥ずかしくなりました。

 なんてはしたないことを……!



「お主の魔力が美味くて、調子に乗った。もうあそこまでのことはしないから安心するがいい。ああ、お主があの先を望むなら喜んでいただくが」


「も、もう……!」



 赤い舌をぺろりと出して私を誘うセイル様は、やっぱり悪魔です。

 私は急いでベッドに潜り込み、布団の中で丸くなって寝てしまうことにしました。

 小さくセイル様の笑い声が聞こえますが、気にしません。

 初めてと言っていたくせに、とても手慣れていらっしゃるではありませんか。

 少し悔しいです。


 次の魔力供給の時は、絶対理性を手放したりしませんから!

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