第6話 しあわせな毎日

 それからの日々は、楽しいものでした。

 幽閉されているというのに、セイル様にはそんなの関係ないのですから。

 ドレスと宝石は返却しました。

 今の私には必要のないものですし。

 ただ、もともとの薄汚れたワンピースで過ごすのは、いくら洗浄したとはいえ受け入れ難かったので、数着、自分一人でも着られるくらいの簡単な作りの服をいただきました。

 手袋も、持ってきてくださいました。

 木箱に入った硬いパンは、いつの間にかセイル様が燃やしてしまいました。


 朝は温かなスープと柔らかいパン。

 昼はサンドイッチ。

 夜にはステーキなんかも出てきました。

 毎回私に食べたいものを聞いてくださるのですが、段々と思いつかなくなってきたので、ここ数日はセイル様にお任せしています。


 私がご飯を食べている間、セイル様は向かいに座って私を嬉しそうに微笑ほほえんで見つめています。

 セイル様には食事は必要ないそうなので、仕方がないことではありますが、とても恥ずかしいです。


 全部綺麗に食べ終わると、セイル様はますます笑みを深くして、私を迎え入れるように両腕を広げます。

 私は少しだけ唇を尖らせて形だけの抵抗をした後、セイル様の元へ歩み寄り、口付けをします。


 魔力を渡さなくてはならない都合上、どうしても舌を絡ませることになるのですが、これには未だに慣れません。

 私が躊躇ためらうそぶりを見せると、すぐにセイル様の舌が私の中に入り込み、私の舌を絡め取ってしまうのです。

 少しでも気を抜くとセイル様の魔力に溺れてしまうので、私は毎回必死に口付けをするのでした。


 一度にたくさんの魔力を渡そうとするからあんなことになるのだと気付いて以来、私は日に何度もセイル様と口付けるようになりました。

 それはそれで恥ずかしいのですが、あられもない姿を見せるわけにはいきませんから、我慢です。

 段々と、その口付けを楽しみにしてしまっている自分がいることに、私は気付かないふりをし続けています。

 心が読めるのなら、その辺りのこともセイル様には筒抜けなのでしょうか。





 その日はセイル様がクッキーと新しい茶葉を持ってきてくださいました。

 私は井戸水をお湯にすると、丁寧に茶葉を蒸らします。


 セイル様は地獄ではとてもお強いらしく、配下の悪魔たちも大勢いらっしゃるのだとか。

 セイル様の口からそう言った話を何度か聞いていますが、普段の言動が可愛らしすぎてどうにも信じがたいです。



「こら! 本当なのだぞ! オレ様には二十六の軍団がついているのだからな」


「でも私には確かめられませんし……」


「この茶葉も、配下の悪魔がくれたのだ。甘いクッキーによく合う、少し苦味が立った紅茶なのだと言っておった」


「確かに、セイル様では知らなそうな知識です」


「お、オレ様は紅茶より酒が好きなだけだ!」


「ふふふ」



 こんなにも和やかな午後を過ごしていていいのだろうかと思ってしまいます。

 蒸らし終わった紅茶をティーカップに注ぎ、セイル様と私の前に置きました。

 私は少しだけお砂糖を入れるのが好きですが、セイル様は何も入れずにストレートで飲むのがお好きなようです。


 仄かに舌に残る苦味は、確かにクッキーに合いました。

 口に含んで少し歯を立てればほろほろと崩れてしまうクッキーは、まるで砂糖菓子にも似た甘さでした。


 セイル様は食事が必要ないだけで、味が分からないわけでも食べられないわけでもありません。

 さきほどおっしゃっていたようにお酒はお好きなようですし、私と一緒に紅茶を口にしてくださいます。

 頼めばクッキーも食べてくださるでしょうけれど、甘いものはお好きではないかと思い、私だけが口にしていました。



「なぁ、お主にこんなことをしたやつらをらしめなくてよいのか?」



 セイル様からその問いが来るのは初めてではありません。

 度々、『塔から出たくはないのか』ですとか今のようなことを私に問います。

 私はその度、首を横に振るのでした。



「よいのです。何をしても、私の生活は元には戻りません。それに、今こうしてセイル様と過ごす日々の方が、幸せなのですもの。塔から出たとて行く宛もありませんし、セイル様のご迷惑でなければ、私は死ぬまでここで過ごしますわ」


「迷惑だなどということはない。お主が望むことをしてやりたいだけであるからな」


「セイル様は……どうしてそこまで私に優しくしてくださるのですか?」



 私の魔力が魅力的なのでしょうか。

 ですが、私は大量に魔力をさしあげることができませんし、きっともっと効率の良い集め方はあるはずです。

 セイル様に与えているものよりも、私がセイル様にもらっているものの方が多いのですから、私との契約にはあまり旨味うまみがないように思えます。



「お……」


「お?」


「オレ様が、…………好きでやっていることだ、お主の気にするところではない」



 やけに長い沈黙の中に、私の名前が含まれている気がしました。

 私のことが好きだから、と。

 それは、私の都合のいい空耳でしょう。

 セイル様がそんなことをおっしゃるはずがありませんし。



「ええい、もう良いのだそのような些事さじは!」



 セイル様は椅子から立ち上がり、私の前に立ちました。

 いつもより少しだけ乱暴な手つきで私のあごを持ち上げたと思うと、あっという間に唇を奪われます。

 驚きで薄く開いていた口に器用に舌が滑り込み、私の舌を絡め取りました。

 セイル様の舌は、私のものよりも少し長いようで、私がどう頑張っても勝てません。



「んんー……!」



 セイル様の胸元にしがみつきながら、必死で舌を絡めますが、セイル様の舌がさらに強く深く絡みついてきただけで、私はちっとも敵いません。

 私はセイル様のことで精一杯なのに、セイル様にはまだ余裕があるようです。

 塔の上の方に向かって、何やら手を振っていらっしゃるようでした。



「ふ、はぁ……っ」


「ごちそうさまでした」


「ご、ごちそう、さまでした」



 私が背もたれに体重を預けて呼吸を整えている内に、ティーセットはセイル様の手によって片付けられていきます。

 私が文句の付けようのない清潔さを保ってくださるセイル様は、まるで天使のようでした。



「それは、褒め言葉ではないぞ」


「申し訳ございません」

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