7話「つまらん幕切れじゃの」
「竜の魔物、か……」
眼帯の軍人――ケスラー大佐は調査報告書を読み終え、険しい表情でそう零した。
トンネル工事中、不運にも遺跡の壁にぶつかり、さらには濃い魔素反応、魔物の発生まで確認された。工事は長期にわたり中断――どころか、事態はそれ以上に深刻なものとなった。
「災害級の魔物――それがお前の見立てだったな。アンドレ准士官」
第一発見者であり、竜を直接目の当たりにした青年をケスラーは執務室に招き、改めて確認の言をとった。
「……はい。自分も、軍人としての経験は浅い若輩者ではありますが、それだけは断言できます」
キャザウッド地下で発見された遺跡は、軍が調査を依頼した考古学者ヴァイスマン教授によって騎竜時代後期の王墓であることが断定された。ただし、他に類を見ない特徴としてこの王墓は二層構造であり、下層は通常の九倍もの規模の迷宮構造を持っていた。
そして、なにより特筆すべきは、玄室で埋葬されていたのが「人」ではなく「竜」であったということである。考古学上でも、そして常識としても「実在しない」とされていたはずの竜である。
「全長約12m。深い眠りについたような不活性状態ではあるものの、遺骸はすでに魔物化。お前たちが玄室に踏み入ったことで刺激を受け、活性状態に移行しつつある、と」
「は。おそれながら……」
「私もその拍動は感じたよ。おそらく、二ヶ月以内には目覚めるだろう。対処を急がねばならない」
仮に、竜の魔物が目覚めた場合。
その被害規模は確実に「災害」となる。少なくともキャザウッド市全域の壊滅は避けられないだろう。今からでも緊急避難としての疎開を検討しなければならない。そのうえで一個師団を動員し、多大な犠牲を払ったうえで仕留められるかどうか。災害級の魔物とはそういうものだ。
ならば、そうなる前に仕留めるしかない。
「大佐。例の考古学者が来ています」
「通せ」
思考を遮るようにノックが響き、客人が訪れる。ある意味で功労者でもある彼を無碍にはできなかった。
「失礼します。大佐」
「ヴァイスマン教授。ご苦労だった。そこにかけてくれ」
「いえ――」
金縁眼鏡をかけた痩せぎすの男。ケスラーからすればあまり好ましくはないタイプだ。とはいえ、彼もまた専門家であり、その知識と経験が今回の発見へと至った。その点についてケスラーは一定の敬意を払っている。
ただ、その用件は好ましいものではないだろうとケスラーは察していた。
「その、本当なのですか。遺跡を……破壊するというのは」
やはりか――とは思ったが、ケスラーは表情には出さなかった。彼は考古学の専門家ではあるが、国防については素人だ。ならば、異なる専門家として自身にも説明の義務があるとケスラーは考える。
「やむを得ない決定だ。このたびの発見が学術上、大変意義深いものであることは私も理解している。あの遺跡の価値もな。この調査報告書に目を通すだけでその熱意は伝わってくるし、そこのアンドレ准士官からも再三聞かされた。だが、これは同時に現実的な脅威でもある」
ヴァイスマン一行が王墓内で出会った黒鉄の蜘蛛だけでも、街に現れたなら計り知れない被害をもたらす。そんな魔物を無数に発生させている源である竜が魔物として暴れ回ったらなにが起こるか。専門知識などなくとも十全に理解できることである。
「破壊を……避ける方法はないのでしょうか?」
「残念ながら、ないだろうな。もちろん、我々とて遺跡の破壊を目的とするわけではない。トンネル工事の邪魔だというのは確かだが……もはや、それどころの問題ではないのだ。竜をその魔素源ごと〈葬火焔〉術式で滅却するには遺跡の倒壊は避けられん」
「……そう、ですか……」
「我々軍の仕事は国防――そのうちには魔物の対処も含まれる。ここから先は我々に任せてもらいたい。すでに専門術師を招集している。術式の基礎構築は明日にでも始まるだろう」
「いえ、ですが……」
「ん?」
「もう少しだけ、調査を続けさせてはもらえないでしょうか?」
「許可できない。調査は中止だ。迷宮の規模から試算して、術式展開には最短で一ヶ月は要する。それも魔物の妨害がなかったとしての話だ。竜が目覚めるまでの猶予が定かでない以上、悠長に構えている余裕はない。あの遺跡はもはや危険すぎる。ただ、我々は運がよいとも言える。被害を未然に防ぐことができるのだからな」
「…………」
「ヴァイスマン教授。このたびは協力感謝する。謝礼金は後日、研究室宛に届けさせよう」
返す言葉もなく、重い足取りでヴァイスマンは執務室を後にした。
***
「どうじゃった?」
廊下で待っていた雅は返事を聞くまでもなくその表情で結果を察した。というより、地獄耳なので扉の向こうの会話はぜんぶ聞こえていた。偉そうな態度の眼帯髭にはイライラしていたし、言われるがままの教授にもイライラしていた。
「ダメみたいだ。やっぱり、遺跡は取り壊しになるって……」
「はぁー?! まったく、軍人というやつは。なんでも壊せば解決すると思いよる。遺跡を壊したからというて魔物が消えるわけではなかろうに」
「いや、〈葬火焔〉を使うといっていた。残らず魔物は消えるよ」
「ほう?」
たしかに、ケスラーはそれらしいことを言っていた。〈葬火焔〉――雅には聞き慣れぬ単語である。
「最近になって制式化された軍用魔術でね。ニュースにもなってたから僕もよく知ってる。デノン王墓を吹き飛ばすことにもなった実験の成果でもあるからね」
「うむ」
「魔物というのは魔素溜まりから発生する現象だ。魔物そのものをいくら退治したところで対症療法にすぎない。魔素源そのものを消滅させないかぎり魔物はいくらでも発生し続ける。これを解決するための根治療として開発されたのが〈葬火焔〉術式だ」
「なるほど?」
完璧な反論ポイントだと思っていた穴が一瞬で埋められ、雅は言葉に詰まった。竜が魔物化したというのであれば人類にとって最悪の災害であるのは間違いないし、それを一切の被害なく根絶できるのであればなにもいうことはない。
「もし竜が目覚めたなら、どちらにせよ遺跡は壊れる。いや、それどころかキャザウッド市そのものがなくなるかもね。せっかく竜が見つかったのに……。いや、そんなこと言ってる場合じゃないか……」
「申し訳ありません、先生」
遅れて執務室から出てきたアンドレは、ヴァイスマンにそう声をかけた。
「アンドレくん。いったいなにを……」
「あのときは、その、気が動転していて……もう少しだけ報告を遅らせれば、調査は続けられたんじゃないかって。特に下層の迷宮は、まだまだ調査が不足していらしたはずですから」
「はは。そんなことで気に病んでいたのかい。君は立派に仕事をしただけだよ。軍人として正しい判断をしただけだ。不正の加担はさせられないな」
「ですが、その」
(つまらん幕切れじゃの)
雅は深いため息をついた。
ただ、謎は解けた。なぜ玄室が見当たらなかったのか。それは王墓が二層構造であり、下層にあったからだ。下層はなぜあれほど巨大だったのか。それは「竜の王墓」であったからだ。雅にとっても未知であり謎であった王墓の真実はひとまずの決着をみた。ヴァイスマンにとっても、それは長年探し求めていた「竜の実在を示す証拠」そのものであるはずだ。
(そうじゃ。大発見ではないか。だというのに、なぜそんな沈鬱な表情をしておる?)
つい雰囲気に呑まれていたが、今はむしろ考古学上の偉大な発見を喜ぶべきなのだ。遺跡が壊されてしまうくらい、なんだというのだろう。
「アンドレくん。十日間もありがとう。僕らは戻るよ。ミヤビくん」
「お、おう」
実際、研究室に戻ってもやることは多い。今回の調査で彼は多くの記録をとった。それはある意味で、真っ先に本命の玄室へ向かわなかったがゆえに取れた記録でもある。
その記録の検証、そして竜の発見という事実を過去の研究と見比べるという膨大な作業が待っている。考古学はほとんど素人同然である雅も、その結果得られるであろう名声は想像に難くない。
「“竜はいた”――これはあまりに大きな発見だ。もはや覆しようのないほどに明白な実体として竜はあった。だが……それでもわからないことは多い……」
帰路につくヴァイスマンの口から漏れた言葉は独り言だった。誰に聞かせるわけでもないのでぶつぶつとした小声ではあったが、聞き耳を立てていない雅は一字一句違わずに聞き取っていた。
「迷宮構造が巨大なのはわかる……竜のための墓だったからだ……。だが、二層構造だったのはなぜだ? それに、竜のサイズからいって、墓を作ってから運び入れたとは考えられない……倒れた竜を囲うようにして墓を建てたんだ……なんのために? 竜は実際にいたのに、これまでその証拠が見つからなかったのはなぜだ?」
雅はそのいくつかの疑問について、おおよその答えを持っていた。だが、あえて口出しはしない。
「なぜ遺跡では魔物が発生していた……? いや、それは竜がいたからだ……竜のような強大な魔力者が亡くなれば大きな魔素源となり、その遺骸も魔物化する……それがわかっていたから迷宮構造の墓を……? いや、しかし……」
すぐにでも、彼はその答えに辿り着きそうだったからである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます