2話「はぁ~~、わかっとらんの~~」

 魔術学講義は内容こそ間違ってもいないが、特に目新しさもない退屈なものだった。魔物学講義も同様だ。いくらか見知らぬ新種が発生はしているようだが、大差はない。二千年も経ったというのに騎竜時代の「王」に匹敵する魔力保持者が現れていないのだろう。

 つまり、あの当時においても高みにあった彼女は今世においてなお“最高の魔術師”であることを意味する。やはりか、当然か、と彼女は思う。そのうち実技演習で何気ない才能を発揮して「なにかやってしまったかの?」と首を傾げる練習をしておく。

 そして、彼女はもう一つの分野でも高みでいられる。

 それが考古学だ。


(……こんなにつくっておったのか)


 研究室の黒板にはルードベル王国の簡易的な地図が描かれている。その上には王墓遺跡の発見地点がプロットされていた。その数は合計二百八十基にも及ぶ。

 加え、それぞれの王墓にはなんらかの年数を示す数字が書かれていた。ヴァイスマン教授はその数字をいったんすべて消し、ノートと見比べながら新たに別の数字を書き写していた。二百八十にも及ぶため、必然的にかなり細かい字になる。


「なにをしておるんじゃ?」

「これかい? 推定建造年を書き写しているんだよ」

「ほう」


 と、一瞬納得しそうになったが、もともとは別の数字が書いてあったはずだと思い出す。


「さっきまで書いてあったのは発見年だね。以前は他にも保存状態や副葬品の詳細も書き込んでいたんだけど、黒板のスペースにも限度がある。だから、週ごとにこうして書き込む情報を変えているんだよ。発想の転換とか、情報を限定した一覧を眺めることでなにか閃かないかとか、そういうのを期待してのことなんだけど……」

「先週が発見年、今週が建造年というわけか。ふむん」


 涙ぐましい努力よの、と雅は鼻で笑う。「遺跡の謎」を探るにあたり「発見年」などはふつうに考えればノイズだ。建造当時に「いつ発見されるか」といった想定などあるはずがない。それでも藁にも縋る思いで参考にしているのだろう。

 新たに書き込まれた「建造年」もあくまで「推定」である。書き込まれる年には数十年の幅があったり、「?」が付随するものもあった。


(というか、こういう地味な作業こそ助手であるわしにやらせればよいのでは?)


 教授の背を眺めながらそんなことを思ったが、別にやりたくはないので口には出さなかった。


「で、こう地図に書き込んで、眺めてみてわかることはあるのか?」

「そうだねえ。いくつかの説はあるよ」


 雅はニヤニヤしながら話を促した。


「どういった説がある? おぬしはどんな説を支持しておるんじゃ?」

「うーん。難しいな……。昔は国土法陣説なんてロマンがあると思っていたけど」

「国土法陣?」

「それぞれの王墓が魔術的に関わりあって、国土全体で一つの巨大な法陣を描いて大規模魔術を発動しようとしていたという説さ」

「ほお~」


 ずいぶんと荒唐無稽な説に雅の興味は逆にそそられた。当時の知識によらずともいくらでも反論の浮かびそうな説だった。


「王墓の複雑な構造はなんらかの魔術的機能を持っていたとは考えられるけど、王墓は三百年に渡って各地に建造されていた。それほどの長大な計画は考えづらいし、建造年代順からも法陣形成を目的としていたとは考えづらい。建造年代順に線を引いてみればわかるけど……こう、ぐちゃぐちゃだ。そもそも、そんな計画があったという史料もない。というわけで、単なる思いつきの域を出ない、今ではまったく支持されていない説だね」

(そりゃそうじゃろ)


 呆れ果てる。次だ。


「他には?」

「他? そうだね。権威誇示説や資産リセット説なんてのもある。前者はそのままだね。王の権威を示すという意図はあったかもしれないけど、これだけでは内部の複雑な構造が説明できない。外からは見えないからね。後者は、試算された推定工費があまりにも膨大過ぎることから、“資産を次代に引き継がないため”に巨大な王墓をつくらせたとする説だ。そういう思想自体は古代ヴィンケル帝国あたりにはあったらしい。画期的な視点転換ではあるけど、これも迷宮構造についての説明が欠けている。両者とも、一因としてはありえても決定力に欠ける説だね」

「いろいろ考えておるのう。で、最も有力な説は?」

「有力といえるかは微妙なんだけど……」


 ヴァイスマンは黒板の王国地図を指し示し、その国境をなぞった。


「国境形成説。見てわかるように、現在のルードベル王国の国境付近で王墓は見つかることが多い。このことから、王墓には国境形成に関わるような――なんらかの“力”があったという説だ」

「ほーん。たまたまではないのか? 実際、国境から遠い内陸にも王墓は見つかっておるようじゃし」

「うん。それに、北部沿岸で特に多く見つかってもいる。他の国境も、川や山など自然の地形に依拠している。国境と関わりがあったとしても、おそらく順序は逆だと思う」

(いや……、全然関係ないと思うんじゃけどな~~)


 挙げられたどの説に覚えがないため雅は首を傾げた。真相はもっと単純なのだが、二千年も経つとこうも埋もれてしまうものらしい。


「ん~、わしは王墓単体で完結した機能を持つものだと思うがの~」


 推論のふりをしてヒントを出す。見かけ上は類稀なる洞察力を発揮する天才児に映るに違いない。ノートに描かれた王墓の構造模式図を指しながら雅は続けた。

 騎竜時代の王墓は石造の巨大建造物である。魔術加工で補強された理魄石の煉瓦を積み重ねて壁が形成される。外観は角に装飾の施された平らな正方形だ。

 内部は中央に王の眠る玄室、周囲を取り囲むように迷宮構造が形作られ、通路は人の通れるほどの幅と高さがある。そして、「出口」が四方に一箇所ずつ。どの出口も玄室からの経路で四回の曲がり角がある。経年劣化や事故で倒壊し崩れているものはあれど、この構造は概ねどの王墓でも共通している。

 ちなみに四つの「出口」は石扉によって重く閉ざされている。魔術的には「開かれる可能性」が「閉じている状態」にこそ意味を持つからだ。


「わしの目には、玄室を中心とした迷宮術式の一種に見えるんじゃがの。だったら、玄室に魔力源を設置してみれば機能はわかるのではないか?」

「……すごいな。模式図を見ただけでそこまで……」


 ヴァイスマンは目を丸くし、息を呑んでいた。雅は(さすがに鋭すぎたかのー!)と内心ほくそ笑んだ。


「もちろん、そういった実験は行われた。実際の王墓でも試されたし、王墓を再現した構造体でも同様に実験を行った。でも、んだ」

(あ……?)


 根本的な認識の齟齬に雅は気づいた。現代には、騎竜時代における「前提」が伝わっていないのだ。


が機能じゃろ? はぁ~~、わかっとらんの~~)


 一方、ヴァイスマンの話は続く。


「二千年という経年劣化によって当時の機能を再現できないのかもしれない。あるいは、単独では機能しないものなのかもしれない。前者の発想が国境形成説、後者の発想が国土法陣説だね。ただ、ここまで述べたとおり、どちらの説も根拠は乏しい」

「王墓は、どれも似たような構造であろう?」

「うん。それぞれの王墓に微小な差異はあれど、ほとんど同じだね。現物の王墓での実験は保存状態を損なうおそれがあるから数回しか試されたことはないけど、模造した構造体での実験は何度も繰り返されたよ。魔力源の起点が玄室ではない可能性や、なにかが欠けている可能性。そういった点も考慮してね。それでも、やはり王墓の迷宮構造には“魔素を散らす”以上の効果はなかった」

「玄室には……王の遺骸が埋葬されておるのよな?」

「そうだね。だから、当初は遺骸の保存状態を保つための仕組みが迷宮構造にあるのではないかとも考えられていた。実際には逆のようだけどね」

「墓じゃろ? だったら、“埋葬”以外の目的はないと思うんじゃがの〜」

「うーん、ところが、それも疑問でね……。“王墓ではない”可能性も指摘されているんだ。遺骸が見つかっていないものもあるからね。盗掘者に奪われてしまった可能性もあるけど、副葬品も含めなに一つ痕跡が残されていないんだ。僕も講義で“王墓”と断じてよいものかは悩んだよ」

「それは……試験的につくられたもの……ではないかの? その、王墓になんらかの魔術的機能があるとして、ぶっつけでは上手くいかんじゃろうし」

「かもしれないね。いや、待てよ。その視点はなかったかもしれないな……うーむ、試験王墓か……」

(おっと)


 これは洞察力の冴え渡る天才児ムーブがすぎたかもしれない。話題を少し変える。


「では、別のアプローチはどうなんじゃ? 王墓では副葬品として竜具が見つかっておるようじゃが、つまり竜との関連じゃ」

「竜か……。たしかに謎だね。実在したにせよ、しなかったにせよ、当時は竜を神聖なものとする“竜信仰”があったのはたしかだ。王族と竜を同一視していたかのようでもある」

「ふむふむ」

「火のないところに煙は立たない。竜が架空のものだったとしても、その信仰の原型となった“なにか”はあるはずなんだ……」

「うーん」


 やはりこの段階で躓く。「竜の実在」ですら懐疑的なのだ。


(ここまでヒントがあっても……わからんものかのう)


 真相は、そう難しい話ではない。

 旧王国の王族は竜より力を授かっていた。だが、人の身にあまるその魔力は死後に遺骸より溢れ出し禍いとなる。魔物の発生を引き起こすのだ。それを防ぐための装置が王墓の迷宮構造である。魔素を効率的に拡散し無害化する。それこそが「機能」だ。

 ただ、百年も経てば魔素拡散は完了する計算だ。残された王の遺骸に上記の証拠は残らない。現在の考古学者を混乱させているのは、つまり王墓が正常に機能しているためだ。

 もっとも、二千年も経過したならたとえ野晒しでも希釈され無害化してはいる可能性は高い。あるいは、「王」自身が魔物と化し未だ現世を彷徨っているか。

 そして、王墓の配置に大した意味はない。強いて挙げれば、以前の王墓と魔素が干渉しないよう離れた土地を選ぶというくらいだ。また、拡散された魔素もまったくの無害というわけでもないので当時の「辺境」が立地に適していた。現王国の「国境」付近だ。

 すなわち、王墓の真実とは「産業廃棄物処理施設」なのである。情緒のない話だが、真実とは得てしてそういうものだ。


(さて、どう右往左往するのか。見ものじゃの)

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