第50話 『2週間で小説を書く!』実践演習 その5(人称を変える)
清水吉典氏の『2週間で小説を書く!』の実践練習のお題をひとつずつやっていくノートです。 お題が14日分(二週間分)あります。
【実践練習第5日】人称を変える
【実践練習第5日】人称を変える まず一人称の「私」を用いて普通に文章を書いてみる。書く内容としては、読んだ本の感想のような文章は避ける。生活の習慣や仕事の経験のような、自分が関わった出来事や行動を中心とした文章(私は……した)のほうがいい。もっと効果が高いのは、自分の悩みや不安や歓びを語った文章(私は……と思う)だ。すでに書かれた文章があるなら、それを材料に用いてもいい。
『2週間で小説を書く!』清水吉典 幻冬舎新書
例文
ホームセンターの観葉植物の棚にセール品の植物たちが並んでいた。すこし葉に元気がなかったり、徒長してひょろ長くなった子たちを眺めていると、ペットショップの売れ残った子犬みたいだと思う。
私はペットショップのケージの前で迷うように、セール品の植物を家へ連れて帰るべきだろうかと考える。でも家のベランダは私がすこしずつ揃えてきた鉢植えたちで満杯で、この子たちを置くスペースがない。
人間の都合で見栄えが悪くなった植物たちが、値打ちを下げられ売られていく。廃棄品となって捨てられていく植物の未来を想像すると、私はすこし罪悪感を覚えた。
ある画家が、人間の姿がない自然が本来の楽園であったと語っていた。そうかもしれない。人間の手が入らない自然は、歪め、たわめられ、形を整えられることもなく美しく栄えていくのかもしれない。
私はセール品の一番手前にあった鉢を取り、レジで支払いを終えた。
私たちは楽園から遠く離れてしまったのだ。手提げ袋のなかで小さな鉢がカサカサ鳴る。
私は私のワンルームマンションのベランダに、ささやかな人工楽園を作っていく。
書き終えたあとで、その人称だけを、三人称の「彼(女)」に変えてみる。「太郎は」のように名前で呼ぶなら、実際の名前とは違う架空の名前に変えてみる。
パソコンのワープロ(Wordや一太郎)だと、検索機能があるから「私」を検索して別の人称に置換すると、一回の操作で全部替わる。
私→彼女に変換
ホームセンターの観葉植物の棚にセール品の植物たちが並んでいた。すこし葉に元気がなかったり、徒長してひょろ長くなった子たちを眺めていると、ペットショップの売れ残った子犬みたいだと思う。
彼女はペットショップのケージの前で迷うように、セール品の植物を家へ連れて帰るべきだろうかと考える。でも家のベランダは彼女がすこしずつ揃えてきた鉢植えたちで満杯で、この子たちを置くスペースがない。
人間の都合で見栄えが悪くなった植物たちが、値打ちを下げられ売られていく。廃棄品となって捨てられていく植物の未来を想像すると、彼女はすこし罪悪感を覚えた。
ある画家が、人間の姿がない自然が本来の楽園であったと語っていた。そうかもしれない。人間の手が入らない自然は、歪め、たわめられ、形を整えられることもなく美しく栄えていくのかもしれない。
彼女はセール品の一番手前にあった鉢を取り、レジで支払いを終えた。
彼女たちは楽園から遠く離れてしまったのだ。手提げ袋のなかで小さな鉢がカサカサ鳴る。
彼女は彼女のワンルームマンションのベランダに、ささやかな人工楽園を作っていく。
次に、それを三人称に合うように補足したりして書き改める。その際に、彼(女)が自分だということをなるべく忘れて、客観的に突き放して書く。するとけっこう冷淡に観察しているような表現や、茶化すような言い方が出てきたりする。
このように仕上げてみると、あたかも自分をモデルにした小説のような文章が出来上がる。
私→彼女に変換
彼女はホームセンターの観葉植物の棚にセール品の植物たちが並んでいるのを見かけた。すこし葉に元気がなかったり、徒長してひょろ長くなった鉢植えを見た彼女は、ペットショップの売れ残った子犬と同じだと思う。
彼女はペットショップのケージの前で迷うように、セール品の植物を家へ連れて帰るべきだろうかと考える。しかし彼女の家のベランダはすこしずつ揃えてきた鉢植えたちで満杯で、売れ残った植物を置くスペースがない。
人間の都合で見栄えが悪くなった植物たちが、値打ちを下げられ売られていく。廃棄品となって捨てられていく植物の未来を想像して、彼女はすこし罪悪感を覚えた。
ある画家が、人間の姿がない自然が本来の楽園であったと語っていた。そうかもしれない、と彼女は思う。人間の手が入らない自然は、歪め、たわめられ、形を整えられることもなく美しく栄えていくのかもしれない。
彼女はセール品の一番手前にあった鉢を取り、レジで支払いを終えた。
私たちは楽園から遠く離れてしまったのだ。彼女は心のなかで呟いた。手提げ袋のなかで小さな鉢がカサカサ鳴る。
彼女は彼女のワンルームマンションのベランダに、ささやかな人工楽園を作っていく。
最後に、変えた人称を「私」に戻して読み返してみよう。一人称で書かれていても、冷静で客観的な文章になっているはずである。この経験をしてみると、「私」というタコ壺のような自意識に籠もっている状態を抜け出すことができるようになる。これが小説家としての、重要な出発点である。
彼女→私に戻す
私はホームセンターの観葉植物の棚にセール品の植物たちが並んでいるのを見かけた。すこし葉に元気がなかったり、徒長してひょろ長くなった鉢植えを見た私は、ペットショップの売れ残った子犬と同じだと思う。
私はペットショップのケージの前で迷うように、セール品の植物を家へ連れて帰るべきだろうかと考える。しかし私の家のベランダはすこしずつ揃えてきた鉢植えたちで満杯で、売れ残った植物を置くスペースがない。
人間の都合で見栄えが悪くなった植物たちが、値打ちを下げられ売られていく。廃棄品となって捨てられていく植物の未来を想像して、私はすこし罪悪感を覚えた。
ある画家が、人間の姿がない自然が本来の楽園であったと語っていた。そうかもしれない、と私は思う。人間の手が入らない自然は、歪め、たわめられ、形を整えられることもなく美しく栄えていくのかもしれない。
私はセール品の一番手前にあった鉢を取り、レジで支払いを終えた。
私たちは楽園から遠く離れてしまったのだ。彼女は心のなかで呟いた。手提げ袋のなかで小さな鉢がカサカサ鳴る。
私は私のワンルームマンションのベランダに、ささやかな人工楽園を作っていく。
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