第49話 『2週間で小説を書く!』実践演習 その4(BGM物語)
清水吉典氏の『2週間で小説を書く!』の実践練習のお題をひとつずつやっていくノートです。 お題が14日分(二週間分)あります。
【実践練習第4日】BGM物語
【実践練習第4日】BGM物語
三種類の音楽を選んで用意する。まったく曲の雰囲気が異なることが望ましい。早いテンポの曲、リズミカルな重々しい曲、抒情的な緩やかな曲というように、バラエティーの組み合わせが大事だ。また、ストーリーを規定してしまうような、歌詞が分かる歌ものはできるだけ避けたほうがいい。
それらをBGMとして、ストーリーや場面を書く。たとえば三種類の音楽の場合、三つの場面を分割して書いてもよいし、ひとつながりの物語になるように書いてもよい。
書く場合に心がけてほしいのは、できるだけ目に見えるような描写を入れてほしいということである。音楽が耳に響いたとき、頭の中に何ということもなく反射的に場面や情景が浮かぶことがある。その雰囲気をできるだけ詳しく、目に見えるように文章にしていくことである。そして、むりやりストーリーにしようとせずに、断片的な情景だけの文章になってもかまわないというつもりで書いてほしい。
『2週間で小説を書く!』清水吉典 幻冬舎新書
Grover Washington Jr. feat. Bill Withers - Just The Two of Us [HQ]
https://www.youtube.com/watch?v=PJ0u5c9EF1E
明治時代に作られたという木造の校舎を訪れた。白く塗られた格子の窓には、厚いぽってりとした板ガラスが嵌まっていて、すこしかすれたガラスの向こうに、雨の名残を残した街路樹の木が見える。
ガラスを薄く透明に作る技術がなかったころの、筋が残る板ガラスを撫でてみる。冷たいのに温かみのあるガラスだった。雨上がりの陽光に照らされて、指先で点々と雨粒が光っている。
乾いた木の匂いがする教室には、背の低い机と椅子が整然と並んでいる。自分が小学生のころ、こんなに小さい机を使っていただろうかと訝しむ。
小学生だった自分が友達と共に机の隙間を走り抜けていく。曇りがない、ただひたすら今を生きていた日々だった気がする。
時間の襞にたたまれていた記憶が次々と出てくる。牛乳が苦手で、デザートのみかんと交換していた自分、上履きを忘れて一日裸足で過ごした自分、調理実習で小麦粉を床にぶちまけた自分。馬鹿馬鹿しいことに一生懸命だった。大人になって、そんな自分を忘れていた。教室の窓を離れて、入口へ引き返す。
あのころの自分に戻れるだろうか。教壇の前に立つ自分に聞いてみる。教壇の自分は腕組みをしてにやにや笑いながらこちらを見ている。
戻れるよ。君が望めば。
雨上がりに記憶が戻るよう、時計をセットしておくよ。
教壇の自分がひらりと手をふった。ありがとう。軽く会釈をして教室の木の引き戸を開けた。
Gazebo - I Like Chopin
https://www.youtube.com/watch?v=_GKQi4a78ZE
恋人が出て行った日も、こんな薄暗い、冷たい雨の降る一日だった。
温度がなくなると、色彩がなくなる。磨りガラスに、滲むように雨の筋が落ちている。窓から透けるモスグリーンの常緑樹の森が、恋人の気配を隠して夜に沈んでいく。
なぜ恋人は自分の荷物を残して家を出ていったのだろう。片づけなければならない服や雑誌や食器が、部屋の地層になって積み重なっている。
別れるなら今までの痕跡もすべてなくしてほしかった。ゴミ袋にゴミを詰めていく作業が空しくて、ぼうっと窓の向こうを眺めてしいる。
もう恋人はここへは戻らない。一度決めたことは絶対に曲げない人だった。
好きになったときも一直線だが、別れを告げたときも唐突だった。そうやって付き合ってきた人を捨ててしまうのだと、恋人の友人から慰められた。
次の人を捜したほうがいいよ。通り魔に遭ったとでも思って。
友人の言葉に、もう一度殺されてみたいと返事をした。友人は呆れたように空を見上げた。つける薬なし。肩がそう言っていた。
この雨がやんだら、恋人が戻ってくるのではないかと考える。何かおさまりの悪い、あいまいな笑みを浮かべて。
恋人がやってきたら、部屋にもう一度色彩が戻ってくるだろう。暖かいコーヒーで迎えよう。捨ててしまったものはもう一度買い直せばいい。今度は明るく、ポップな色合いのものを。
ゴミ袋のなかでマグカップがゴトリと重い音を立てた。買うために捨てる。自分は今、脱皮の準備をしているのだ。
Sting - Shape of My Heart (Official Music Video)
https://www.youtube.com/watch?v=NlwIDxCjL-8
その服を着るには足を切り落とさなければならない。モデルが余計な肉をそぎ落とすように、歩くという行為を捨てるのだ。
いずれ足があったことも忘れるようになるよ。頭に声が響く。目の前に繋がる神々の宇宙で、私は意識だけで生きることになる。
イニシエーションは私の知らない間に行われていた。新しい名前と新しい住まい、そして新しい仕事と新しい家族が用意されていた。
戸惑う間もなく、今までの記憶が急速に薄れていく。最後に残ったのは、腕にぽつぽつと落ちる雨の冷たさだった。
雨の冷たさ。その日の喪服は半袖だった。母がもう夏を終えることができないだろうという叔母の判断で、私の喪服は半袖で作られた。
母の棺を囲んで賛美歌を歌う途中、空から雨が降り出した。突然の雨で、参列者の誰も傘を持っていなかった。
真夏の雨にしては、凍るような冷たさだった。私のかわりに空が泣いてくれている。そう思った。
雨は賛美歌が終わる瞬間にやみ、母の棺に黒くしめった土がかけられていった。
今、私も服のなかで身体を土に埋められていく。
君が永遠に生きるために、精神を身体から引き剥がすんだよ。
私のあずかり知らぬところで、神様がそうお決めになった。
私はその服のなかで、新しい人生を歩むことになるだろう。視界をグレイのスコープが覆う。永久に隔てられる、空気のぬくもり。
私はかつて水のなかで海と繋がっていた。引き剥がされていく母の思い出とともに、私は雨の冷たさも忘れていくのだろう。
足の裏で踏みしめた、やわらかい土の感触とともに。
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