第11話 文章読本のメモをまとめてみたよ 丸谷編

文章読本のメモをまとめてみたよ 丸谷編


■文章読本 丸谷才一 中央公論社 1977年


□作文の極意


 ちょっと気取って書け


 作文の極意はただ名文に接し名文に親しむこと

 君が読んで感心すればそれが名文である


 著者の言わんとするところが読者の頭にすっきりと入る

 イメージがくっきりと浮かぶ

 どんなに美辞麗句を並べ立て、歯切れがよくても、伝達の機能をおろそかにしている文章は名文ではない

 名文は、あれこれとこみいった微妙なことをあっさりと言ってのける


 文章ではイメージが大事

 具体的なものを差し出されると、抽象語や観念語よりもずっと頭に入りやすい


□明治以降の文体


 明治維新以後の小説家たちの最高の業績は、近代日本に対して口語体を提供したこと


 漱石や芥川が悩んでいたのは、当時の口語体の未成熟

 口語体と話し言葉とのあいだに膨大な距離があるせいで、文章がとかく現実から遊離する

 問題の根底には、大正の社会と西欧近代小説とのはなはだしい乖離がある


和漢混交文

 和文風と漢文訓読口調とをまぜあわせた文語体のこと

 『平家物語』『太平記』『雨月物語』『今昔物語』『愚管抄』


 亀井勝一郎が佐藤春夫を目して「和漢混交文の無二の名手」と呼んだ


 人はしばしば佐藤の文章のくだけた口調、流露感、彼自身のいわゆる「しゃべるように書く」文章心得の実践のことを口にするくせに、それが遠い昔の和漢混交文によく学んだあげく、新しくよみがえらせた姿だということは忘れている


 言葉はもともと歴史的な存在であり、過去によって刻印を打たれることではじめて機能が成立する

 言葉を選ぶには、その語の由緒来歴から現代との関係に至るまでの総体をしっかり感じ取っていなければならない

 その感じ取る幅が広ければ語義に詳しいのであり、感じ取る度合が深ければ語感が鋭いのだ


□日本人の思考法


 われわれの文章はとかく単一の軸で話が進みがち、視野が狭くなりがち、論旨が一面的になりがち

 螺旋階段のように曲がりくねりながら上方へ昇ってゆくという立体的な仕掛けではなく、平板に、横へ横へと伸びていく


 日本人の思考は並列的で、さまざまの要素を横へ横へとぺたぺたと付け加えてゆくこと、さながら絵巻物のようであり、無差別になんでも受け入れて、いろいろのものを包んでしまうこと、まるで風呂敷のようである

 この態度は、あらゆるものを神様にして一応の敬意を表するあたりに表れている


□西洋近代文明の影響


 パラグラフおよびその最初の一字下げは、いずれも西洋渡来のもの


 現代日本人が相手取らなければならないのは、和漢の融合によって成立したかつての文明と、西洋近代の文明との複合体である

 前者は江戸後期にほぼ完成したが、明治維新の結果、後者が闖入して途方もない混乱が生じた


 われわれの文明は、明治維新以後、西洋のものをいちいち漢語に翻訳してつくりあげたものなので、言語に断絶がある


 口語文が貧弱なのは現代日本文明が劣悪なことの結果である


□レトリック


 レトリック、言い回しの型は、公的な文章を書くにあたってそれを効果的にするために生じたもの


直喩には二種類ある

 詩的なもの

 常套句的なもの


 詩的なもの(叙述的直喩)

 常套句的なもの(強意的直喩)

 血のように赤い、独楽鼠のように働く、など


 もっとも刺激が強くて緊張を高めるのが隠喩

 中間にあるのが叙述的直喩

 気楽で疲れさせないのが強意的直喩


擬人法

 抽象的観念ないし無生物に人間のような性質を与える

 表現法


迂言法

 言葉数を多くして遠まわしにものを言う技法


代称

 迂言法の一種

 何度も話題にのぼるものや人を、複合語その他で婉曲に処理する方法

 シェイクスピアが得意 星を「夜の蝋燭」、太陽を「旅するランプ」など


頭韻

 頭が韻を踏む方法。日本ではあまり用いられない


畳語法

 同音語(同一名)をつづけて強調するもの


首句反復

 文首ないし句音に同一語句をくりかえすもの

 なぜ……、なぜ……


結句反復

 文尾に同じ語句をくりかえして印象を強める


前辞反復

 前の文中の最後の語ないしもっとも重要な語を次の文でくりかえす技法


 西欧の修辞学では、反復による工夫と並んで、平衡や対照による綾のつけ方が同じくらい重要な位置を占めている


パリソン

 同じ構造の節や句をつづけざまに用いる


対句

 「日暮れに暗い淵の陰で河鹿が鳴き、夜明けには岸の高みで山鳩が鳴いた。」

 『野火』は対句で書かれた物語である


 ふたつの句を並べることが正しいかどうかを調べるだけではなく、それらを文章全体のなかに置くことの適切さまで確かめなければならない


連辞省略

 節や句を接続詞ぬきでつなぐ


誇張法

 李白の「白髪三千丈、愁いによってかくのごとく長し」


『野火』

 誇張法が一箇所しか見つからない

 人肉食いや神や狂人の物語は、ちょっとでも大げさな印象を与えたら最後、もう誰にも信じてもらえないような奇談である


曲言法

 物事を控え目に言ってかえって効果を高めたり、反対語を否定して強い肯定を表したりする


修辞的疑問

 反語のこと

 上の語句を受けて疑問系で結び、意味としては上の語句を強く否定する


換喩

 物事を表すのに、その属性や密接な関係のあるもの(容器とか作者とか)をもってする方法

 白髪で老年を、永田町で首相官邸を表す


撞着語法

 矛盾し対立する語をふたつ結びつけることで、一見矛盾した、実は真理を含む表現を差出するもの

 有難迷惑


声喩

 描写しようとするものの声、動作などを音声で表現したり暗示したりする方法

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