第10話 文章読本のメモをまとめてみたよ 谷崎編

文章読本のメモをまとめてみたよ 谷崎編


■文章読本 谷崎潤一郎 中公文庫 1975年


 谷崎の文章読本でも、三島由紀夫の文章読本と同じように文章の飾りを取り除くことを推奨されている

 両作家の華麗な文体を見ていると、私にはそれが意外に思えるのだが、それは華麗な文体を極めると文章が簡素になっていくということなのかもしれない

 あと、谷崎の文章読本では含蓄の重要性が述べられていて、文章に間隙を置くこと、行間に意味を含ませることなどがよく語られている


□和文調と漢文調


 和文調とは、往古の口語体のこと 土佐日記や源氏物語のような文体

 当時においては口でしゃべったとおりに書いたものだった

 漢文調とは、保元物語や平治物語等の軍記ものから用いられた文体で、在来の和文に漢語を交え、また漢文を日本流に読み下すときの特別な言い回しを交えたもの

 和漢混合文のこと


□和文調を好む人と漢文調を好む人


和文……泉鏡花、上田敏、鈴木三重吉、里見弴

    久保田万太郎、宇野浩二

漢文……夏目漱石、志賀直哉、菊池寛、直木三十五

和文……大鏡、神皇正統記、折焚く柴の記など


□森鴎外


 漢字やかなの使い方にいかに注意を払っているかがわかる

 彼の文芸作品で文章の構成法、用語法等を組織的に調べたら、立派な口語文法の書物ができる


鴎外の漢字の宛て方

 その言葉の由来に遡って語源のうえから正しい文字を宛てる


□文章の条件


 文章の第一の条件は「分からせる」ように書くことだが、第二の条件は「長く記憶させる」こと


□必要な言葉で書く


 言語に蔭のあることを嫌い、ひたすら緻密に、明晰に、新鮮に、感覚的にと心がけ、なるべく人目につきやすい顕著な文字を選ぶことに骨を折ったが、しだいにさような書き方が卑しいものであることを悟り、いまではその反対に、できるだけ意味を内輪に表現し、異色を取り去ろうとする結果である


 余計な飾り気を除いて実際に必要な言葉だけで書く

 もっとも実用的に書くということが、すなわち芸術的の手腕を要するところである

 無駄を削っては読み直し、削れるだけ削る


□文章の要素


1 用語

2 調子

3 文体

4 体裁

5 品格

6 含蓄


1 わかりやすい語を選ぶこと

2 なるべく昔から使い慣れた古語を選ぶこと

3 適当な古語が見つからないときに、新語を使うようにする

4 古語も新語も見つからないときでも、自分で勝手に新奇な言語を拵えることは慎む

5 拠り所のある言葉でも、耳遠い、むずかしい成語よりは、耳慣れた外来語や俗語のほうを選ぶべきこと


 明治以降、西洋の文化が入ってからできた言語を新語という

 現代の人々が必要以上に新しい言葉をつくりたがるのは、漢字という重宝な文字のあることが、かえって災いしている


□文章を書くには


1 饒舌を慎むこと

2 言葉使いを粗略にせぬこと

3 敬語や尊称を疎かにせぬこと


イ 言い回しが自由であること

ロ センテンスの終わりの音に変化があること

ハ 実際にその人の語勢を感じ、微妙な心持や表情を想像し得られること

ニ 作者の性の区別がつくこと


□文章の音楽的効果と視覚的効果


 われわれは読者の目と耳とに訴えるあらゆる要素を利用して、表現の不足を補ってさしつかえない

 われわれは形象文字を使っているのだから、それが読者の目に訴える感覚を利用することは、たとえ活字の世の中になっても、あるていどまで有効である


□文章の視覚的効果


イ ふりがな、おくりがなの問題

ロ 漢字及び仮名の宛て方

ハ 活字の形態の問題

ニ 句読点


□文章の音楽的効果


 目よりも耳に訴える効果、すなわち音調の美である

 音読が廃れ、文章の音楽的効果がなくなること

 文章を口に出してみて、すらすら言えるかどうか試す


□名文


 文法的に正確なのが、かならずしも名文ではない

 長く記憶に留まるような深い印象を与えるもの

 何度もくりかえして読めば読むほど滋味の出るもの

 文章の味は芸の味、食物の味などと同じで、学問や理論は観賞する助けにならない


 古来の名文を、できるだけ多く、繰り返し読むこと

 暗誦できるくらいに読む

 意味がわからない箇所があっても、あまりそれにこだわらないで、漠然とわかった程度にして読む


□文章の工夫


流れの停滞した名文

 淵に湛えられた清冽な水がじっと一箇所に澱んだまま、鏡のような静かな面に万象の姿をありありと映しているごとく、書いてあることが一目瞭然としているので、読者の頭のなかまでがきちんと整理されたようになる


飄逸な調子

 何の気迫もなしに、横着に、やりっぱなしに、仙人のような心持で書く


ごつごつした調子

 簡潔な調子をことさらに避けて、わざとゴツゴツと歩きにくいでこぼこ道のような文章をつくる


悪文の魅力

 リズム、音楽的要素をゴツゴツさせるだけではなく、視覚的要素、文字の使い方も、わざとカタカナにしてみたり、変な当て字をはめてみたり、仮名遣いを違えてみたりして、字面を蕪雑にする


 あるときは流麗調のごとく、あるときは簡潔調のごとく、あるときは冷静調のごとく感じられる


□日本語の欠点


 言葉の数が少ないこと

 われらの国民性がおしゃべりでない

 君子は言葉を慎むことを美徳のひとつに数えたが、日本人はとりわけこの点において潔癖が強い

 わずかな言葉が暗示となって読者の想像力が働きだし、足りないところを読者自らが補うようにさせる

 作者の筆はただその読者の想像を誘い出すようにする


□優雅の精神


 優雅の精神とは、われわれの内気な性質、東洋人の謙譲の徳というものと、なにかしら深いつながりがある


 独特の考えを吐露する必要があるときでも、それを自分の考えとして発表せずに、古人の言に仮託するとか、先例や典拠を引用するとかして、できるだけ己を出しすぎないようにした


 政治家でも学者でも軍人でも芸術家でも、本当の実力を備えた人はたいてい寡言沈黙で、おのれの材幹を常に奥深く隠しており、いよいよというときが来なければ妄りに外に現さない


 日本語は言葉の数が少なく、語彙が貧弱であるという欠点を有するにもかかわらず、己を卑下し、人を敬う言い方だけは、じつに驚くほど種類が豊富である。どこの国の国語と比べても、はるかに複雑な発達を遂げている


 われわれは、生な現実をそのまま語ることを卑しむ風があり、言語とそれが表現する事柄とのあいだに薄紙一枚の隔たりがあるのを、品がよいと感ずる国民


□文章の間隙


 意味のつながり具合が欠けている部分がある

 行文のところどころにわざと穴があけてある

 現代の口語文が古典文にくらべて品位が乏しいのは、この「間隙を置く」「穴を開ける」ということを成しえないから

 現代の文章の書き方は、あまり読者に親切すぎる


□含蓄


 饒舌を慎むこと、あまりはっきりとさせぬようにすること、意味のつながりに間隙を置くこと

 この読本は始めから終わりまで、ほとんど含蓄の一事を説いている

 芸の上手な俳優は、喜怒哀楽の感情を表すのに、あまり大げさな所作や表情をしない

 ある感情を直接それと言わないで表現することが、昔の詩人や文人のたしなみとなっている

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