第9話 文章読本のメモをまとめてみたよ 三島編

文章読本のメモをまとめてみたよ 三島編


■文章読本 三島由紀夫 中公文庫 1973年


 日本語の歴史的な成り立ちから文章の書き方に至るまでを書いた文章読本

 華麗な文体を駆使するわりには、良い文章として「ものごとを淡々とそのままに描写することの深い文章」を挙げている。森鴎外を手本としていたらしい


□もっとも良い文章


 最もよい文章とされていたのは、直叙する文章、修飾のない文章、ものごとを淡々とそのままに描写することの深い文章


 本来の文章道からいうと、このような文章は多くの作家がたくさんの余計なものを削除したのちに最後に達する理想の境地


 小説の利点は、読者の想像力を刺激していつも想像力の余地をのこして、その余地でもって作者の思うところへ引っ張っていこうという技巧である


□日本語の特質


 日本語の特質はものごとを指し示すよりも、ものごとの漂わす情緒や、事物のまわりに漂う雰囲気を取り出してみせるのに秀でている


□日本の短編小説


 ヨーロッパの近代詩人たちが詩で表現しようと思うことを、日本の現代作家は短編小説で表現した

 日本では短編小説が一種独特な芸術的な質をもった文学形式と考えられていた


 日本人は短いものにたいへん芸術的に高度な性質を与える国民

 日本のように韻律を欠いた国において、詩人的才能をもった作家が、現代口語体による近代詩に満足を見出すことができず、小説家となって短編小説に詩的結晶を実現した例も少なくない


□小説の会話


 小説の会話というものは、大きな波が崩れるときに白いしぶきが泡立つ、そのしぶきのようなものでなければならない。地の文はつまり波であって、沖からゆるやかにうねってきて、その波が岸で崩れるときに、もうもちこたえられなくなるまで高く持ち上げられ、それからさっと崩れるときのように会話が入れられるべきだ


□心理描写と感情描写の境目


 日本の作家は心理と感情と情緒と気分と雰囲気と、さらにその先に続く雨や嵐や風などの自然と、そういうものを一連のものとして見る傾きがある


 日本人は、心理と官能や感覚との境目をはっきりさせないことが文学上の礼儀と考えていた


 心理描写は、心理描写の虚しさと恐ろしさをいちばんよく知った人間が、はじめて完全にできるものだ


□形容詞


 形容詞は文章のうちでもっとも古びやすいもの

 形容詞は作家の感性や個性ともっとも密着している

 鴎外の文章が古びないのは、形容詞が節約されているため


 しかし形容詞は、文学の華でもあり、青春でもある

 豪華な華やかな文体は形容詞を抜きにしては考えられない


□比喩


 適切な比喩は、小説の文章をあまりにも抽象的な乾燥したものから救って、読者のイメージをいきいきとさせて、ものごとの本質を一瞬のうちに掴ませてくれる


 比喩の欠点は、せっかく小説が統一し、単純化し、結晶させた世界を、比喩がさまざまなイマジネーションの領域へ分散させてしまうこと


□凡庸な文章


 私は短編小説ばかり書いていたときには、文章のなかに凡庸な一行が入りこむことがひどく不愉快だった

 しかしそれは小説家にとって、つまらない潔癖にすぎないことに気づいた

 凡庸さを美しく見せ、全体のなかに溶けこますことが、小説というこのかなり大味な作業のひとつの大事な要素である


□文章のリズム


 文章のなかに一貫したリズムが流れること

 言葉の微妙な置き換えによって、リズムの流れを阻害していた小石のようなものが除かれる

 わざと小石をたくさん流れに放りこんで、文章をぎくしゃくさせて印象を強める手法もあるが、私はそれよりも小石をいろいろに置き換えて、流れのリズムを面白くすることに注意を払う


□文章のスピード


 大急ぎで書かれた文章がかならずしもスピードを感じさせず、非常にスピーディな文章と見えるものが、実は苦心惨憺のすえに長い時間をかけて作られたものである


 問題は密度とスピードの関係


 文章を速く書けば密度は粗くなり、読む側からいえばその文章のスピードは落ちて見える

 ゆっくり書けば文章は圧縮され、文章のスピードが強く感じられる


□文章の気品


 私は文章の最高の目標を、格調と気品に置いている

 文章の格調と気品とは、あくまで古典的教養から生まれるものである

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