第5話 小説の文章

小説の文章


■文


 主語、目的語、補語、述語などから構成される


 ひとつの主語とそれに対応する述語(目的語、補語)しかない文を単文と呼ぶ

 完結している複数の単文を順に並べていったものを重文と呼ぶ

 複数の重文が「入れ子式」になったものを複文という


□重文

(主語1、述語1)(主語2、述語2)(主語3、述語3)


□複文

 主語1(主語2、述語2)(主語3、述語3)述語1

 主語1{主語2(主語3、述語3)述語2}述語1


 複文においては、主語、目的語、述語、修飾語などの各々で文章が構成されている。これらを節という


 日本語は、「主語、目的語、述語」の順に並ぶため、複文では主語と述語が隔たってしまう

 これを「主述泣き別れシンドローム」と呼ぶ


 「ロンドン留学の経験は、自分をさまざまな角度から客観視できた」


 この文は主語がねじれている

 「主述ねじれシンドローム」と呼ぶ

 文章が読みにくい原因の八割程度は、「泣き別れシンドローム」と「ねじれシンドローム」にある


 対処法は、複数の単文、または構造がより単純な複文に分解すること

 ひとつの文中の主語が三つ以内になるようにする

 「の」が続くときは、三個以上は避けること


■文体


1 自然でわざとらしさがなく、気持ちよくこなすこと

2 想定読者に受け入れられる文体であること

3 作家が伝えようとしている内容に合った文体


 文章から副詞と形容詞を取り除くこと


開高健

 作品のなかでもっとも滅びやすいのは形容詞からだ


■地の文


1 観念語、哲学用語などを文中に使わないこと

2 同じ言葉を使わない

3 形容詞を多用しない


■飾りとは?


強弱、デコボコ、フック(かぎ針)


□強弱とは

 リズムよく進む文章のなかで、とくにひとつの言葉、一節だけを際立たせる。そのために飾りを用いる


□デコボコとは

 すらすら読める文章には、ひっかかるところがない。わざと文章にデコボコを作り、言葉にごつごつした感じを与える


□フックとは

 読み手の興味を書き手の意図するところへ引っ張りこむ。フック(かぎ針)でひっかける。読み手が立ち止まり、考え込んでしまうようなこと


■名文


 私たちは名文という幻想にあまりにも毒されすぎていまいか

 本当の名文とはもっとも素朴な姿をして力がある


 見えるものを書くのではなく、その奥にある見えないもの、言葉にしがたいものを表現へと変換しなければならない。そのためには、まず書くまえに、いつも周囲を見て思考する日常の生活習慣がいる

 文章化とは、その思考の圧縮作業だろう


 本当に心を込めると、気の利いた言葉や形容詞は消えて、文章は素朴に平明になっていく

 作為に渾身の思いを込めて書くのが小説なのだ

 思いを込めた文章は、素朴平明な姿になる


 描写は対象に忠実であってはならない。対象の中から、自分の都合の良い材料を抜き取るのだ


 事実を語るときより、嘘を語るときのほうが、人は真面目でひたむきかもしれない

 嘘は文章を育てていくのである


■比喩


 比喩は遠いものから取ってくるほうが効果がある


  花のような娘


 の花と娘は近いが


  草原は魚の鱗を蒔いたようにキラキラと光っている


 の草と魚鱗は遠い取り合わせである


■描写とは


 目の前にある樹を見て、辞書の記述のようにどんな樹にも通用する説明をするのではなく、樹そのものがどんな樹であるかを書くこと

 自分がとらえたその樹の印象を書く

 初心者はとかくものを辞書的に説明しがちであるが、これではだれが書いても同じような文章になってしまう

 自分だけがとらえた印象を言葉にすること

 先入観を打ち破るために、わたしたちは五感を総動員させなければならない


 ものの形、様子、色、味、匂い、手触りを書こう


 「あやめが咲いていた」は、小説の描写としては失格


 あやめの花の色、あるいは匂いが主人公の感性に触れる描写であればいい


 ある人物の説明に、「神経質な人」とするよりも、「なんでも匂いをかいで確かめずにはいられない人」というふうに具体的にいったほうがわかりやすい


 シーンがさまざまに読み取られるのは、物語にとっての情報がデータではなく、たくさんの意味が関係しあって解釈を呼ぶ「カプタ」(多様な意味の半径が広がった情報)になっているから


□五感を駆使する


 主人公になりきって、何が見えるか、何が聞こえるか、どんな匂いがするか、何を食べているか、どんな風、空気を感じるかを感じる


 室内、家具、衣服などの固有の細密な描写は、女性読者に歓迎される

 女性読者は、心理的な葛藤や人間関係のもつれにより興奮を示す

 書かれる事象がショッキングであればあるほど文章は平明で簡潔、おどろおどろしさを避けた透明なものが効果的である


□小道具の役割


 主人公・登場人物の特徴をはっきりさせ、読み手に強烈に印象づけること

 背景、風景、部屋のようす、天気、服装、アクセサリー、乗り物、武器――これらはみな小道具と同じ役割を果たす


 物を書くことで、心のようすを伝えるため

 物の動きを書いて、心の動きを伝えることが描写である


■漢字、ひらがな、カタカナの比率


 原則的には、名詞は漢字、動詞の語幹も漢字、副詞や接続詞はひらがなとする

 漢字とかなの比率が、適切になるようにする

 漢字をキーワードにし、カタカナで変化をもたせ、アイキャッチングを狙う

 ダラダラした表現は、漢字を用いてひきしめる

 漢字は速読を可能とする手段になる


■ゲラの校正


 仕上がりのレイアウトのチェック

 ある行に一文字しかないことや、ある頁が一行だけになってしまうことを避ける

 節のタイトルや小見出しが奇数ページの末尾にならないようにする

 ダラダラした表現は簡潔にする

 同じ表現がくりかえされないよう気をつける

 接続詞や副詞には注意が必要

 くりかえしをチェックするには、パソコンで検索すればよい


■避けたい表現


1 乱用されてイメージが低下した表現

 思いやり、さわやか、美人、しなやか、やさしい、人間性

 乱用されたため、陳腐な表現と化している


2 陳腐な形容詞や副詞、そして比喩

 バイオリンの妙なる調べ、感動的な名演奏、咲きかけの薔薇のように美しい、など


3 内容空虚な紋切り文

 厳しい対応が予想される、成り行きが注目される、高度成長の秘密に迫る、など

 

4 不快感を与える表現

 生きざま、手垢のついた、ふれあい、共生

 生きざまは「死にざま」からの転用で、本来は誤用

 「ふれあい」「共生」は、むしろポジティブな表現と考えられている

 ふれあいは地方公共団体御用達用語だが、妙に湿った手で肌をなでられる気がして、ぞっとする

 共生は、相手に依存しないと生きられないのでは困る 自立した個人を前提としたうえで、それらの人々が自由な選択に基づいて協力しうる社会を望みたい


5 品位を下げる言葉

 ボキャ貧、ハイソ、イチオシ、一通、メルマガ、メアドなど


 小生は、辞書では謙称となっているが、実際には目下の人にあてた書簡文で使う表現

 印刷される文書で使う表現ではないので、傲慢に聞こえる

 貴兄、学兄、貴殿は、年上の人に対して決して使ってはならない


さらなる

 一層の、という意味だが、これは誤用

 全共闘用語


 曖昧接続の「……が」を使わない

 論理関係がはっきりしなくても文を続けられる

 一つのパラグラフに三度以上現れないようにしたい

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