第19話 急変





 遠くから喧騒けんそうが聞こえてくる。

 今日も今日とて活気があるようだ、と変わらない平和に安堵さえ覚える。

 だが、チラリと横目に俯きがちなミーシャを見て、即座に頭を切り替えた。


(……死んだ、ねぇ)


 大通りへの道すがら、ミーシャからエリエの抱えた事情を知ったオウルは、深い溜息と共に空を仰ぎたくなった。




 ――……何で、お前が……




 ふと、あの時の夕暮れが脳裏に蘇る。

 いつも身近にいた人の死は、思っていたよりも心を傷つけ、思っていたよりも深く心をえぐる。

 そのことをオウルはとてもよく知っている。

 何せ、オウル自身がその痛みから立ち直れたのはついぞ最近のことだから。


「とりあえず、このことは秘密にしておこうか。エリエだって言いふらされても嬉しくないだろうしな」

「そ、そうですね」


 ミーシャが小さく首肯する。

 それを見たオウルは終わったとばかりに手を打ち合わせた。


「さて、今頃ミリア達は何をしてっかねー」

「さ、さあ? エリエちゃんを案内するって言ってましたから、もしかしたら広場とかに行ってるかも……」

「なるほど、じゃあ俺たちも広場の方に行くか」




 ☆☆☆




「すっげぇ!」

「おー……!」


 大勢の人々が行き交う大通り。

 その途中で、レオンとエリエは瞳を輝かせながら足を止めていた。


「ちょっと、ちょっと、そんなの見たってどうしようもないじゃん。早く行こうよ」

「なっ、ちょっとぐらい待ってくれてもいいじゃんよ!」

「……ん!」


 口で串を左右に動かしつつ、後ろから白けた目を向けるミリア。

 しかし、それに抗議したレオンとエリエは、再び吸い込まれるように『ソレ』を見た。

 見ているのは、大火でゴウゴウと焼かれている回る大きな肉の塊。

 そんな子供たちのやり取りに気付いた男は、手元のレバーを動かしながら二ッと口の間から歯を輝かせた。


「おっ、何だお前ら。いい目してるじゃねえか。こいつぁバードスの丸焼きだ」

「それバードスなの!?」

「……?」

「おうよ! ただ『マ・ルッセル』で仕入れた一品ものだかんな! お前らみたいなガキの小遣いじゃあ買えねぇかな。はっはっはっ!」

「ほらダメじゃん! 早く行くわよ!」

「ちぇ、つまんねぇの」

「……?」


 男の言葉で一気に気持ちが冷めたらしいレオンが口を尖らせながら屋台を離れる。

 エリエは首を傾げたままだったが、ミリアが引っ張るようにして屋台から引き剥がした。


「もうミーシャもオウルもいないんだから食べるのは後でいいじゃん!」

「……そういえばそうだったな」

「何、どうかしたの?」

「……いや、何でもねえよ」

「あそ」


 急に面持ちの暗くなったレオンにミリアが不思議そうな表情を向ける。

 だが、そんなことをしても仕方がない、と割り切ったミリアは広場の方へ顔を向けた。

 そして今度は、ミリアの目がキラキラと輝き始めた。


「あっちに行こ!」

「……ん、痛い」

「えぇ……」


 不意にミリアが走り出した。

 持ち前の怪力に痛みを覚えたエリエの顔が僅かに歪む。

 レオンは呆れたように溜息を吐いたが、置いて行かれたらたまらないとばかりに追いかける。

 そうやって向かった先にあったのは――いくつもの小物が並ぶ屋台だった。


「あらあら、可愛いお客さんいらっしゃい」

「おっじゃましまーす! わー! キラキラしてて可愛い!」

「……キラキラ」


 売り子をする女性が優しく微笑む。

 その微笑みを受けながら。

 並んだ小物の一つ一つに目を通していたミリアは、その中から小さな髪飾りを取るとそれを自分の頭に重ねて見せた。


「どお?」

「……ん、いいと思う」

「そ、そうかなぁ。レオンはどお?」

「んー、なんかしっくり来ないっつうか、何っつうか……」

「何ですって!?」

「げっ!」


 髪飾りを元の場所に戻したミリアが鬼の形相で酷評した少年を睨んだ。

 やっちまった、と頬を引きつらせたレオンは一歩二歩と後退りすると、ゆっくりと震える手を前に出した。


「ま、待て待てって! 別に似合ってなかったとかじゃなくてさ、何ていうか……」

「言い訳なんかいらないわ! ぶん殴ってやる!」

「待て待て! マジで殴んのはやめてくれ!?」


 右手を握り締め、左手で肩を抑えながら大きく腕を回しながらミリアがレオンへと詰め寄っていく。

 対するレオンは必死に言葉を紡いでは少しでも宥めようとしている。

 そんな二人の近くで。

 一人食い入るように小物を見詰めていたエリエは、ゆっくりと持ち上げた手を自分の胸元に置いて――




「……っ!」




 ない。

 そのことに気付き、目を見開いたエリエは何かを探るように手を動かす。


「……!」


 胸を、腹を、腰を、短いズボンのポケットを、探るように叩きまわる。

 それでも、ない。

 小さな感触も、固い感触も、何一つ手から伝わってくるモノがない。


「あら、どうかしたの?」


 明らかに様子の変わった少女へ優しく声を掛ける女性。

 しかし、


「ない!」


 『ソレ』がないことに気付いたエリエは声を荒げると、突如としてその場から飛び出した。


「なっ!」

「エリエ!?」


 エリエの急変にレオンが驚きの声を上げ、ミリアは振り向きざまに呼びかける。

 だが、その一瞬で、エリエの背中は人混みの中へ消えようとしていた。


「レオン!」

「わーってる!」


 あらあら、と突然の出来事に戸惑う売り子の女性を置き去りにして。

 焦燥に駆られたレオンとミリアは、示し合わせたように声を掛けてから消え行く背中を追うために地を蹴った。




 ☆☆☆




「いねぇなぁ」


 太陽が熱く照らす街の大広場。

 真ん中にある噴水では小さな子供たちがはしゃぎ、その周りでは若者たちが縁やベンチに腰掛けつつ談笑に興じている。

 人混みから抜け、待ち合わせ場所にしたギルドの横に立ったオウルは、小さく呟きながら困ったように頭を掻いた。


(もう広場にいるもんだと思ってたんだが……)


 右を見ても人。

 左を見ても人。

 随分と増えたもんだ、と人口密度の濃さにげんなりしたオウルは、口から大きな溜息をこぼす。

 丁度そんな時だった。


「オウルさん!」

「おっ、戻って来たか」


 オウルが来た方角とは反対の方から来たミーシャが、ゼイゼイと肩で息をしながらオウルの元に駆け寄った。


「お疲れさん。そっちはどうだった?」

「だ、誰もいなかったです」

「そうか……」


 ペタリと張り付いた前髪を退け、額の汗を拭いつつ息を整えるミーシャ。

 それを見ながらオウルは深く息を吸って思案した。


(さて、どうすっかねぇ)


 このまま広場で待つか。

 それとも、自分達から進んで探しに行くか。

 一瞬ばかり逡巡し、


(……しょうがない、使うか)


 どっちを選択しようが、すれ違ってしまえば意味がない。

 その結論に至ったオウルは静かに目を閉じると、息をおもむろに吐き出した。

 そして、


(『探知サーチ』)


 魔法を発動させると同時に、オウルの体から大量の魔力が一気に放たれた。

 噴水の水からレンガ造りの建物、果てには道行く馬車に至るまで。

 あらゆるモノが瞬く間に飲み込まれ、包み込れていく。

 歩く人達の足や駆ける馬、揺らめく炎に噴き上がる水。

 そういった幾つもの動きが感覚として伝わる中、オウルはあるモノに意識を集中させた。


(これは……?)


 場所は大通りの方だろうか。

 穏やかな流れの中で、激しく動いている感覚が一つと、その後ろを追いかける感覚が二つ。


(……あれ、これ、アイツらじゃね!?)


 明らかに広場から遠ざかるように動いている。

 その感覚に思わず頬を引きつらせたオウルはすぐさま魔力を霧散させると、近くにいたミーシャの手を掴んだ。


「ふぇ!? オ、オウルさん!?」

「話は後だ! ちょいと急ぐぞ!」

「は、はいぃ!?」


 突然のことに目を丸くするミーシャ。

 しかし、オウルの有無を言わさぬ雰囲気に圧され、結局は引っ張られるままに人混みの中へと飲まれていった。

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