第20話 探し物





「あの、本当に、けほっ、どうし、たんですか!?」


 結局、人混みの中を抜けるのは困難だと判断したオウルは、すぐさま道を切り替えた。

 広い道から狭い道へ。

 人気のない路地裏を走りながら、息も絶え絶えにミーシャが問い掛ける。

 オウルは振り向くことなく答えた。


「何故かわからんがエリエがどっかに行こうとしてるらしい。……つーか、ちゃんと付いて来れるか?」

「ちょ、ちょっと、キツ、イです……」

「だろうね」


 チラリ、と横目に見れば精一杯だ、とでも言いたげに走っている少女の姿が一つ。

 段々と体勢の崩れていくその様を見届けたオウルは小さく溜め息を零した。


(ま、しょうがないか)


 彼女の体力のなさはオウルも既に知っている。

 そんな状態で入り組んだ道を走れば一分と持たずにスタミナ切れを起こすのも仕方のないことだ。

 それでもミーシャを連れて来たのは、何となく、一人で置いておくことに不安を覚えたからだ。

 しかし、これではエリエに追い付くこともできないことは明らか。

 故に、オウルは決断した。


「すまん、俺は先に行くからミーシャは正門の方に行っててくれ」

「はっ、わかり、ました、けほっ」


 そう、答えるや否や。

 ミーシャが足を止めた気配をオウルは背中に感じた。


(要、精進だな)


 恐らく膝に手を突いて息でも整えているのだろう。

 そんな少女に心の中で手を合わせたオウルは、そのまま、狭い道を駆け抜けていった。




 ☆☆☆




 ごめんなさい、ごめんなさい。

 そう他人とぶつかる度に謝りながら進んでいたミリアはグッと歯を噛み締めた。


(ぐっ、早い!)


 人が多いせいでもあるのだろうが、既に追いかけていたはずの背中は見えなくなっている。

 ミリア自身、田舎の出というのもあって走ることにはそこそこ自信があった。

 だが、相手は森の中で暮らしていたような少女だ。

 障害物だらけの場所を走る実力は、相手の方が数段上であることをミリアはヒシヒシと思い知らされていた。

 それはどうやら、近くにいる少年も同じようだった。


「どうすんだよミリア! このままじゃ追い付けねぇぞ!?」


 レオンの声色は焦燥に駆られていた。

 その声を聞き、走りながら足りないと分かっている頭を動かす。

 そして、叫んだ。


「とにかく追いかける!」




 ☆☆☆




 自分はあれをどこに落としたのだろうか。

 ぼんやりとした瞳を前へ。

 体を必要以上に低め、まるで草木の中を駆け抜けるように。

 人々の足の合間を縫うように進むエリエはそのことだけを考えていた。




 ――これ、大切な物だから。失くしたらダメよ。わかった?




 何気ない日常の最中で、唯一の親である母がくれた物。

 どこか物憂げな、悲しそうな顔をしながらくれた物。

 それにどんな価値があるのかは知らない。

 けれども、その日から貰った『ソレ』を片時も手放したことはなかった。

 何故ならそれが、




 ――母親から貰った最後の宝物だったから




(……ん)


 人混みの中から矢のように飛び出し、目を留めたのは見覚えのある寂れた道。

 迷うことなく、その道に入ったエリエはただひたすらに駆け抜ける。

 記憶力に自信はないが、足を止めるようなことはしない。

 この道の先に、あの古びた家があるはずだ。

 そして、そこにきっと自分の大切な物が――







「っ!?」







 それはほとんど反射的なモノだった。

 一瞬の蹴りでフッと浮いた体。

 それを舞い散る落ち葉のように捻らせ、ふるりと音を立てることなく鮮やかに着地を決める。


「……誰っ?」


 手足を地に伸ばし、猫のように体を屈めて顔を突如現れた人物へと向けて誰何する。

 だが、相手がその問い掛けに答えるよりも早く、目が丸くなった。

 何故なら。

 そこにいた人物に、見覚えがあったからだ。




「すげーな、お前」




 太くはないが、細くもない体付き。

 白い髪の隙間から覗く何かを見透かしているかのような水色の瞳。

 そして、穏やかで、全てを包み込んでくれるような優しい――『魔力』。

 その姿を、その顔を、その魔力を。

 エリエは知っていた。


「いよう。まさかあんな風に避けられるとは思わんかったよ」

「…………オウル?」


 ごく最近、覚えたばかりの名前を口にする。

 それに答えるかのように。

 ゆっくりと。

 宙を握り締めていた右手が下げられる。

 それから、低くなっていた体がぬくりと起き上がる。

 エリエから名を呼ばれた男――オウルは顔を向け、下げた右手を頭のそばへ持っていくと小さく手を振った。




 ☆☆☆




「……よっ。お急ぎみたいだったけど何かあったか?」

「…………」


 答える代わりに、ジッとエリエの視線が返ってくる。

 表情をうまく読み取ることはできないが、警戒心を抱いているのか四つ足状態を解こうとはしない。

 不意打ちじみたちょっかいは少しばかりやり過ぎだったのだろうか。

 あー、と困惑気味に言葉を詰まらせたオウルは、少しばかり逡巡してから口を開いた。


「まぁ、なんだ、いきなり掴もうとしたのは流石に悪かったよ。ああでもしないと止まりそうになかったからさ」

「…………」

「……あのさ、無言はやめない? 俺的には結構キツイんだけど」

「…………ん」


 誠意があったとは言えない。

 が、攻撃する意図ではなかったことは伝わったらしい。

 妙にヒリついた空気が霧散し、エリエの四つ足状態もようやく二つ足状態になった。

 それを見たオウルは面倒事は回避できたとばかりに胸を撫で下ろす。


「で、ミリアたちとは一緒じゃないのか?」

「ん。置いてきた」

「さいですか」


 あれだけの人混みの中を潜り抜けるのも楽なことではない。

 オウルですら人のいない路地裏を使って目の前の野生少女に追い付いた程だ。

 そういった場所に慣れていないミリアたちでは追いかけるだけでも精一杯だろう。

 と。

 そんなことを考えていたオウルは、ふとエリエがこちらへ近づいてくるのに気付いて顔を上げた。


「おっ、どうした」

「……首飾り」


 それだけ言うと、エリエはスッとオウルに小さな手を差し出した。

 おそらく、なんて言葉もいらない。

 つまりは出せ、ということなのだろう。

 だが、首飾りというモノに心当たりはない。

 オウルは反問するしかなかった。


「ん? 首飾り?」

「……ない?」

「うーん、そうだなぁ。俺は持ってないけど……」


 顎に指を引っ掛ける。

 そうしてオウルが思い返したのは、ミリアと二人でエリエを見つけた時のことだった。

 木の根元にもたれ掛かり、ぐったりと座り込んだエリエ。

 服は目のやり場に困るくらいにはボロボロで、手と足が深い青紫に腫れ上がっている。

 しかし、


(首飾りっていうか……アクセサリー自体何もなかったよなぁ)


 パッと一目見ただけであり、記憶もおぼろげ。

 それでも、オウルの脳裏にそのような物は映っていない。

 映った記憶もない。

 オウルがそのことを口にすると、エリエは相変わらず乏しい表情で小さく俯いた。


「……そう」

「まあ、俺の記憶が全部ってワケじゃないからさ。後で他の人にも聞いてみた方がいいと思うぞ?」

「……」

「とにかく、だ。ミーシャが正門のところで待ってるはずだから、そこで皆と合流しよう。まだ街の中を全部見れてないだろ?」

「……ん。わかった」


 随分と小さな声だ。

 けれども、首をコクリと振ったエリエに、オウルもコクンと頷きを返した。



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ステラエルムの魔法使い 大和大和 @Papillion

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