妹、兄を求める・裏

 「南足浩太が殺されたのは君達が出会ってから数ヶ月も経っていない。全く恐ろしい話だ。人に殺人を扇動させるまでの精神的支配をこの間に済ましたんだ。まあ、ゆるの体質を考えれば当然だろうね。ゆるの全力を受け止めれば、少し想像豊かな男なら脳内に彼女が張り付いて取れないだろうからね」


 恋愛探偵のその言葉があの時の疑問を解決する。やっぱり、義父は殺されたのだ。


―――


 父親が死んだ時のニュースは覚えている。電車に乗ろうとした時、後ろから誰かに押され、父親がそいつを掴んで一緒に線路に落ちて、そのまま引かれたらしい。そいつはゆるるのファンクラブ会員であり、彼女が生放送で言った言葉を一言一句欠かさず覚え、その中に隠された暗号を見つけ出し、実行したらしい。当然、そんな物はない。だが、ゆるは伝える事に関して神懸かりの才能を持つ。本当に無いかは分からない。

 

 過去に戻る。


―――


 ある日の昼間、いつもの様にゆるの部屋でゆるを撮っているとまるで何でもない様にこう言った。


「お兄ちゃん、お父さん死んじゃった」


「嘘!」


 俺がゆるの撮影を手伝っている時にスマホが鳴り、それが分かった。俺がカメラマンになると表情に油が乗ると言っていた。実際、ゆるの仕草に力が入っている。だがそんな事している場合じゃない。


 ゆるはベットの上。俺は三脚の一眼、その電源を落として近づく。


「どうするよ」


「もーお兄ちゃん心配しすぎ。たかが父親が死んだ位じゃん。そんなに不安になってもしょうがないよ」


「そういう訳にも」


 ゆるはケラケラ笑っている。何がおかしいと叱るのも違う気がする。ゆるは薄手の服を着て居る。だが納期がある。ゆるは毎日投稿をしている。それを俺が止める訳にはいかない。俺がカメラを向けるとまた投げキッスをする。部屋は写真館、撮れば撮るほど金になる。


 胸を強調するポーズ。下腹部が痛くなるほどの色香。光る目。細い腰。折れそうな手足。大き過ぎる胸。フィクションみたいな体型だ。そしてそれが俺を覗いて・・・


―――


 ・・・見つめている。俺の蕩けた意識の中でゆるは俺の膝に跨っている。俺の口に自分の口を付け、何かを啜っている。そして何かを押し入れている。


 退屈そうに見つめるのは恋愛探偵。


「互いに証明し合い、伝承し合う事で完成したのが君達だ。幼少期、多感な時期。自己性が弱く脆い頃に強固な偶像としてゆるを確定してしまった。小さな村で土地神程度になる筈だった存在をお前の欲の為に完璧に作り替えてしまった。自分に憑いたそれを食らってしまう程にね」


 ゆるは俺の体を弄る。俺の胸をそして心臓あたりを撫でる。そして、口から離れるとそこを啜る。舌がくすぐったいが急に鳥肌が立つ。まるで肌より奥を舐められている様である。


 じゅるじゅる。音が鳴り響く。そして、唇を話して見上げる様にこちらを見る。小動物の様な、弱気でついつい意地悪したくなるような薄幸の乙女の様な、無力な奴隷の様な、弱く脆くいたぶりたくなる様な顔をする。


「お兄ちゃんはもう私の物。他の何もいらない。それに全て整った。お金も地位も暴力も名誉も全て、お兄ちゃんが受け取るべき。お兄ちゃんこそ、郭公近友こそがこの街の王になるの」


 鳩が、先輩が、俺の周りを回っている。皆、いつの間にか服を脱いでいる。肌色と黒、酷く強い女の匂い、部屋はいつの間にか密閉され、恋愛探偵は苦悶に染まっている。踊り狂う彼女達、頭を振るう彼女達、俺の体を撫で回し貪る彼女達。一分と一秒の差が分からない。光と闇の境界線が無くなっている。


 ぐじゅぐじゅ。卑猥でおぞましい音。


 眼球が蕩ける感覚。昼も朝も夜も分からない。頭が壊れてしまった。下半身の感覚が無い。口の中は誰かの味しかしない。流し込まれ続ける彼女達。穴という穴から何かが入り、出口から何かが出ている。分からない。何も分からない。だが、腹が満たされて、ただただ気持ちいい。


「おえ、おえ」


 口から何か落ちた。透明な液体。唾液ではない。


「えずくなよ。君みたいな存在はそれこそが腹を満たせるたった一つの餌だぞ。女誑はね、女性の性欲を喰らうんだよ。人間と交わりながらあやふやな存在である君にとって妖怪的な面では満足しても人間として気が触れる程、性欲を注がれている。ましてや淫らな魔性も注がれたとなれば・・・」


 味がする。人の味。お腹がいっぱいだ。もういらいない。


―――


「お兄ちゃん、気持ちいい?」


 ゆるが跨っている。俺の上で揺れている。こんな事になっている理由が分からない。まるで、記憶自体が歪んでいる様な。


―――


「お兄ちゃん、気持ちいい?」


 ゆるが跨っている。俺の上で揺れている。こんな事になっている理由が分からない。まるで現実が歪んでいる様な。


―――お兄ちゃん。


「お兄ちゃん」


お兄ちゃん―――


「人の許容量を超えている。一夫多妻制なんてのは机上の空論だ。これほど濃厚な愛を注ぎ込まれて人間がマトモに機能出来る筈がない。なあ、近友。君は最初から間違っていた。生まれるべきでは無かった。死ぬべきだった。だが、彼女達と出会い、かけがえの無い存在になってしまった。これがゆるの結末だ。そしてこれが最後になる」


 俺の体は揺れている。押し倒され、三人の少女達が俺の指を、手を、足を、口を、胸を、絡みついて一つの巨大な塊になっている。そこでまほろは俺の上右半身、鳩は上左半身、そしてゆるが下半身を担当している。それが体液を潤滑液として、ぐじゅぐじゅとかき混ぜながら、場所を入れ替えている。


「しんゆー、最高だろう。肉ってのは上質な程、鍛えれば柔らかくなるんだよ」


「さささサラブレットさ。わわわ私の体は純血だ。しししし至高の快楽だろ。もっと味わえよ」


「お兄ちゃんに全て上げる。何もかもほーら、これも」


 ゆるが、鳩が、先輩が俺の顔を見ている。そして、昏倒しかけるとまた起こされる。もうだめだ限界だ。


 俺は泣いていた。もう嫌だ。もういらない。もう、もうもう。もう嫌だ。だが抵抗できない。鳩の力には負ける。まほろはどこから持って来た手錠で固定している。ゆるは分からない力で俺の体に入り込んでいる。


 あああ、やめろ。やめろ。やめろ。


「た、助けて」


 縛られた恋愛探偵は哀れな物を見る目つきをする。俺をそんな目で見るな。


「さあ、これで最後だ。語部が語部足り得るのは語り続けるが故である。この大恋愛の後始末、不肖この恋愛探偵が最後までさせて頂きましょう。さてさてお立ち会い、せめて威勢良く行こう。ここまで知った私は生きては出られない。だが、いい。一世一代が今来たのだ」


 そして叫ぶは最後の恋の話。快楽の海でたゆたいながら、俺はそれを聞くだろう。終わりが来る事を信じて、この地獄天国から。


「郭公近友、お前の物語だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る