兄編
翼ある話 恋愛探偵最後の事件
時計の音が聞こえる。ただ暗闇の中ではそれだけしか手掛かりが無い。刻む事だけが機能として存在している。時間は分からないのだ。
「郭公近友、君は何故モテるかを私に聞いたな。一つずつ説明しよう」
説明している場合か、助けろ。
「まず、春日鳩の場合だ。彼女は自身の男性的面が嫌いで仕方がなかった。だが、君はそれを肯定も否定もせず受け止め続けた。素晴らしい事に思えるが実際は違う。どっちつかずの態度は彼女を腐らせ、煮えたぎった欲は爆発。憑物であった犬神が受肉した。これに関しては君の体質が理由だ。存在する怪奇である君の体液を啜り、君が体液を啜った。これにより女誑の繁殖条件が整った。鳩は伝承の一コマになった」
鳩が、鳩が吠えている。俺の上で揺れている。獣の顔、犬の顔、頭には耳がある様に思える。カーテンは締め切られ、時間帯は分からない。ケタケタ嗤っている。
「しんゆー、好きだ。愛している。私が、君を守ってあげる。この世の全ての残酷さから、君を守れる力がある」
少し毛深くなってた様に見える。ああ、犬神ではないか。
「次に森羅まほろ。彼女は元々、君に出会わなけば幸せだった。それも微妙だな。彼女の精神は不安定だった。本当は誰かに寄り添いたかった。君に会わなければ馬鹿なヒモを囲っていたかもね。だがそうはならない。彼女は初めて恋をした。だがやり方が分からない。滅茶苦茶で少しでも君に好かれるように涙ぐましい努力をした。だが君はそれを受け取らなかった。その所為で彼女は徐々に壊れ、最後尊敬する祖父の期待を裏切った事、好きだった男を守れず、守られてしまった事。誇りが汚され、踏み躙られて、それを快感に思ってしまった。彼女に付いていた誇りが、地位が、名誉が、ずり落ちた。今の彼女は真っ白なぬっぺっぽうさ。そしてその姿になって君を啜って形を整えた」
体を這っている真っ白な何か。ナメクジの様に突起がない。だがそれは闇のせい。目を凝らせば、赤い目だけがボーと浮かぶ。むじゅむじゅと這い寄って来る。酷く臭う。
「きき君は、私の物だ。君君君が望む私を望むよ。ああ、好きだ。キキキキ君だけが好きだ」
光る物しか目に入らない。ああ、形が無くなった。ぬっぺっぽうだ。
「最後が、ゆるだな。彼女は元々、怪物だった。生まれながら偶像と簡易的に認識が繋がってしまう。高度伝承体質とでも言うべきそれは周囲の認識を苦痛に感じてしまう。だが、君はそれを受け止めて、君自身が受肉した伝承でありそれが認識した事で完成してしまった。彼女は自由自在な偶像と一心同体になった。そうなれば彼女の体は無限に欲の形になる。今の彼女は単なる淫らな魔性だ」
ゆるが叫ぶ。飛び散った唾液や血は俺に張り付いている。その破片ですらゆるの面影がある。過去に遡っても、妹は変わらず美しい。出会った日も可愛らしい。まるで記憶という伝承が塗り替えられている様な。
「お兄ちゃん、ぜーんぶ私の物。これからずっと綺麗な私を思い出すの。16ビットの記憶なんか捨てちゃおう。今のご時世は32ビットだよ」
ゆるは長い舌を伸ばして、俺の体を舐める。肥大化した乳、夢のような形。ああ、淫魔がここにいる。
彼女達は俺の体を立ち上がらせる。裸に近い状況である。そのまま椅子に座らせられる。侍っているのは三人。まるで機械仕掛けのオレンジのファーストショットだ。
喘ぎ声が木霊する。気が狂う。
「この世においてハーレムという物が存在する。ラブコメではお約束のご都合主義だな。だがね、君こそそれが許される。喜べよ。お前は生涯、望んだ普通の生活が出来るぞ。お前がモテるのはな、その血筋、その生まれ、その存在。全てが女にとっては魅力的なんだよ。歓喜しろよ、お前はこれから奪われる存在だ。だがな、それだけで止まらない。ここにいる三人は他の女を許さない。無論私もな」
恋愛探偵は知った口を効く。何もしねえくせに偉そうに。解決編だろ、解決してみろ。
「知らねえよ」
「そう言うなよ。寂しいな。私の寿命だってあと少しだ。すかしっぺはさせてくれよ。お前はこれから永遠と快楽を受け続ける。それ無しでは満たされない哀れな存在だ。だがな、お前は伝承の存在ではあるが人間なんだ。お前の下半身は壊れるぞ。だから助言だ。今ならお前は死ねるぞ。さあ、早く」
恋愛探偵は下世話に笑う。口を開き、命を掛けた最後の言葉を言い放つ。
「死ねえええええ、ここは三階だ!!!上手くいけば死ねる!!!死ね死ね死ね!!!!!」
「はははっはは」
その言葉が俺の体の活力になる。無理矢理立ち上がる。彼女達が掴んで来るが粘液で滑る。鳩ですら俺を掴めない。椅子を抱える。手錠も関係ない。カーテンで閉じられた窓がある筈のその場所に向かって、椅子を振りかぶる。
そしてぶっ叩く。そこには確かに窓がありガラスが割れる。狂った世界は現実だ。ならば死ねる。一撃で死んでみせる。そうすればもう気持ち良くならずに済む。もう嫌だ。お腹いっぱいなんだ。
「待てええええええええ」
振り向く。恋愛探偵の首は逆になっている。鳩が、先輩が、ゆるが、俺に向かってくる。妖怪や物怪だ。憑物落としは今宵で終わりだ。下らない夜はこれで終わり。だってそうだろう。怪談はいつだって・・・
「語り手が死んで終わりだ!!!」
俺は窓枠に足を掛けて飛び出した。
街明かりは疎らだが、黒い闇の中に点々としている。体に当たる寒気は落下の風。体が回転して月明かりを見つける。星が美しく、世界が輝いて見える。ああ、俺はようやく末路に辿りついたのだ。心の底から感謝をしながら地面がそこまで迫る。ああそうか何もかも分かってしまった。死の淵、走馬灯。そこで見えるこれまでの事。詰まる所あれなのだ。
どうも周りの女子がどんどんヤンデレになったのはきっと俺のせいだったのだろう。
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