カッコーの家の中で

 目覚めるとそこはベットの上だった。全て夢だ。安易で退屈な話だが、あの恐ろしい夜も、悍ましい行為も全てが夢なんだ。天井には明かり、頭の周りに違和感があるがまあ起きたてだからだろう。


 少しだけ安心してしまう。鼻腔を擽るの明るい日差しの香り。そして、酷く強く臭う女の・・・


「え?」


 俺が起きあがろうとすると動かない事に気付く。体の至る所に包帯が巻かれ、管も刺さっている。その上、喉の奥にはチューブが刺さっており、出した声も苦潜っている。完全に重症である。


 周囲も変わっている。ベット自体が医療用の物になっている。


「あ、気づいた?もうお兄ちゃんったら」


 ゆるが俺の体を拭いている。他には誰もいない。体を動かそうとするが、痛みと根本的な部分で動けない。この包帯の下、想像したくない。体の中身が滅茶苦茶になっているのだろう。


「森羅先輩って流石この土地の支配者だよね。すぐ様、病院の確保してくれたよ。私の信奉者でもそれは無理だからね」


「お」


 ゆるはふふふと笑う。何がおかしいのか。いやどちらかと言えば目的達成の笑みだろう。


「しゃべれないよね。あの二人は買い出しに言ってるよ。お兄ちゃんの下着とか服から色んな物を買わないとね。これからお兄ちゃんは私達の監視下に置かれるんだから」


「えあ」


 訳が分からない。だが、ゆるは拭く手を徐々に強める。ゆるの服は良く見ると下着みたいに薄い服である。ネグリジェとでもいうべきか。見えてはいけない部分は全て見えている。


「安心して、全部私達がお兄ちゃんの全てを適切に処理してあげる。どんな事でもやってあげる」


「いいいや」


「もー森羅先輩みたいな喋り方して、でもね。お兄ちゃんが悪いんだよ。薮の中を突いて、蛇を出したのはお兄ちゃん。恋愛探偵なんかを呼び出したのはお兄ちゃん。そして、人の心を暴き立てて、私達の秘密を知ったのはお兄ちゃん。ぜーんぶお兄ちゃんが悪いんだよ。だけどね、それでもいいの」


 ゆるは動けない俺の体を探る。体は無理矢理反応して何度も跳ねる。徐々に下腹部に移動する。跳ねは膨らむ。何度も快楽を与えられる。俺は頭部を激しく振るう。もういらない!


「お兄ちゃんが有能で、この事態を少しでも想像出来たのならこの場所から逃げられていた。愚かで、小賢しくて、不運で、無力だから、私達は確保出来たの。お兄ちゃんという怪異も私達が保存して上げる。安心して死ぬまで愛して、死んだら蘇生してみせる」


 ゆるの顔はいつも通り無垢な顔である。だが確かな覚悟がある。運命だって乗り越えて見せる邪悪な意思である。そして、扉が開く。荷物を持った鳩と先輩がやってくる。


 二人とも既に下着状態である。下で脱いだのだろう。そして、俺の事を見ると満面の笑みを浮かべる二人。案外、二人とも仲が悪そうには見えない。そこだけは救いだった。


「おおお、驚いた。ようやく目覚めたのかかかか」


「しんゆー、おっはー。良かったぜ、俺心配したぜ」


 彼女達が持ってきたのは大量の食料品である。俺の部屋には冷蔵庫や家具が勝手に入れ込まれている。鳩は買い物袋からアクエリアスを取り出して二人に渡している。一体どれくらい寝ていたんだ。


「お兄ちゃん、これからお兄ちゃんは平凡な日常を好きだなけ享受させて上げる。私達が管理する世界、私達が作り上げた世界、この街はこれからお兄ちゃんの為に生まれ変わるの。鳩さんお願いします」


「おう」


 鳩は俺の体を持ち上げると車椅子に座らせる。そして、ゆっくりと動かして窓の外を見せる。そこには壁があった。良く目を凝らすと分かった。高層ビル群である。灰色のそれらには森羅のマークがある。真っ赤な鶴の家紋である。


「すすす、凄いだろ。あれは全て私の持ちビルだ。これからも君はこの街で過ごすんだぞおぞぞ」


「もー先輩、気持ち悪いです。でも、先輩のお陰で完全な管理街社会の構築が可能になりました。その点は感謝してます。それに私の信奉者達を監視者として運用しているので、必ずお兄ちゃんを見つけます。すごいでしょ?」


「おおお」


 驚愕ではない。恐ろしいのだ。


「最悪、裏切り者が見つかったら鳩さんが始末します。鳩さんは本当に素晴らしくて、その気になれば簡単に人を殺して頂けるので助かってます。いちいち殺す度に後悔しないのは本当にありがたいです」


「まあな、私は馬鹿だからな。せめて、人をぶち殺す時に躊躇しないくらいの強みがねえと、しんゆーの側にいられねえよ!」


 鳩が親指を立てている。ご機嫌だ。


「我々はお兄ちゃんこと女誑の完全な管理体制を整えたの。さーてこれからお兄ちゃんは素敵な日常が始まるんだよ。好きなプレイを教えて、私達が必ず叶えてあげる。どうせ、お兄ちゃん変態だからアブノーマルで非倫理的かもしれないけど、ぜーんぜん構わないよ」


 車椅子は戻り、ベットに落とされる。そして三人が俺に近づいて来る。よく見れば撒かれた包帯は拘束の様に見える。そして行為に必要なモノの場所には穴が開いている。ゆるは俺の口を舐める。鳩が下半身を触りだし、先輩は俺の胸を弄る。


 ああ、そうか。もう俺は死ぬ事すら出来ないのだ。俺はこれから彼女達を望みを叶える装置になる。そして俺もまた彼女達を栄養素として食い続けるのだ。もう元には戻れない。知らなけば良かった。思い出さなければ良かった。辿り着かなければ良かった。俺は泣いていた。


 だが、怪談の根底を忘れていた俺が悪い。


「あらら、もしかして後悔しているの。でも遅いよ、私達がおかしくなったのはお兄ちゃんのせいなんかじゃないんだから」


 怪談は語り部が死ぬなんて事は無い。いつだって気を失って、無事に終わるのだから。 

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