妹と出会う・裏

 昼の明かりは真っ白だ。外の景観を消して、まるで焼けたフィルムみたいだ。そう思えば、この事態は記録にも残らないような話なのかもしれない。まあ、そういう訳にもいかないだろうが。


 恋愛探偵は饒舌に語る。ゆるの分析、俺の分析。


「君の記憶が断続的なのは脳が常に激しいストレスと暴力に晒されていたからだ。自己防衛の為の忘却、それが現実的な答えだ。だが恋愛感情というオカルティズムが入り込むと別の一面が出てくる」


「訳が分からないです。みんなちゃんとして下さいよ。まともなのは俺だけじゃないですか」


 異常事態が日常になったせいで頭のネジが吹き飛んだ感覚である。恋愛探偵の後ろにいるゆると目が合う。可愛らしく笑っている。昔とは大違いだ。殺され掛けた人間に愛される。何とも奇妙な感覚だ。


「ず、随分だね。私はいつだってままマトモだよ」


 先輩はいつも通り爪を噛みながら俺の体を弄っている。


「そうだぞ、しんゆー。俺が狂ってる事なんて一度もないよ」


 そう言う鳩も俺の頭を甘噛みしている。こいつら滅茶苦茶じゃん。


「あー、みんなおかしくなってるな。おかしくなった人間は自分の事をまともって言うんだよ」


 みんな自分勝手に動いている。騒々しい。頭がぐらつく。脳味噌のあった蓋が開かれていく感じだ。恋愛探偵は俺のことを愉快そうにみている。何一つおかしくない。いや、おかしいのか?


「ちょっとした話をしよう。現実性と神秘性の違いとは何か分かるかい?」


 随分と急だが、俺はこの類の質問に強い。


「担保の重さですか?」


「話が早い。そう、現実とは現実的であると言う事が自明の理でありそれそのものを証明する余地を与えない。だが神秘とは虚構だ。虚構である故に常に存在を観測され伝承され継続されなければ存在出来ない。何故なら虚構だからだ」


「それとこれとで何関係あるんですか?」


「色恋が虚構めいた存在である様に、妖怪変化物怪憑物その悉くは語られる。つまり名付けられなければ存在し得ない。心臓の高鳴りをトキメキと名付けた時から、一方的執着を片思いと名づけた事から、存在しない物を望んで定義したその時からそれらはオカルトの領域に入った。奇妙な話だ。定義さえしなければ自然消滅する筈のそれを人は名を付けて生かしたのだ。存在しないと知りながら」


「要領を得ないですね。憑物筋から始まる今回の顛末、それらがそんな戯言で解決するとでも?」


 恋愛探偵はまた俺に手をかざす。惑わし導き忘却の旅へ。そのさなか、彼女は語る。


「まだ分からないのか?君はなんだよ。女誑と言うのはね文字通り人間の女の間に入り込んで子供の代わりに自分の子を育てさせる。伝承でしか存在し得ない憑物の筈が人間の肉体を得る流れが入り込んだ。君が狂う程女にモテるのはね。。そして、それは最悪の形で開かれた」


―――


 リビングでいつもの様にゆるに殴られている。義父は何も言わずどっかに言ってしまった。顔面が取れる勢いで殴られ続けているのに、全く何も言わなかったのはこの為に連れてきたのだろう。だが、彼女の攻撃はよく言えば少女の力なので致命傷にはならない。


 そんなきつめのスキンシップを受けながら俺は彼女を抱きかかえる。そしてそのまま通路を歩く。ひどく暴れているが正直にいえば今更殴られたり蹴られたりで動じる様な精神はしていない。人間慣れる物だ。


 ましてや拾われて得た新しく快適な生活である。ここから追い出されるのは避けたい。彼女と仲良くせねば俺に明日はない。


 噛みつかれ、引っ張られこそするがそれさえ耐えれば部屋に入る事は出来た。彼女の部屋は元々可愛らしい小物で満たされた少女趣味の筈だがそれらは全て破壊されている。そして窓はカーテンで覆われ光が入らない。写り込むもの、鏡やガラスは存在しない。俺から離れるとベットに潜り込んで蹲っている。


「ううううう」


 また唸り声。喋れない訳ではない。喋らないだけなのだろう。


「ゆる、まあ急にお兄ちゃんが出来るのは不安かもしれないが、俺だって不安なんだ。どこに至って俺は部外者だ。憎まれるか愛されるか、その中間なんてありゃしない。そんな俺だから君を理解出来る。自惚れなんかじゃない。俺はいつだってまともなんだ。狂ってるのは他の全員さ」


「うううううううううう」


 襲い掛かって来るゆる。だが、それに抵抗せず受け止める。頭部を地面に叩きつけられる。顔面を破壊する威力で殴られ続ける。意識が吹き飛び。俺は走馬灯を巡る。


―――


 生まれる。目を開ける。小さな村。にこにこ笑っている母親。乳房。父親、殴られる。母親笑っている。太陽。誰か。笑っている。怒っている。繰り返し。首を絞める。誰だ。母親が怒っている。父親が笑っている。


 母の顔は恋慕で、父親の顔は嫉妬だった


―――


 義妹の部屋で目が覚める。ゆるは俺に乗っている。だが俺の体を傷つけるつもりは無くただ抱きしめているだけだった。


 意識が吹き飛び、戻って来たらしい。


 ゆるは泣いている。俺に抱き着いている。ぼさぼさの髪、その下には可愛らしい顔がある。俺はぶっ壊れた顔、付いている眼で妹を見つめる。口の中を切ったのか血がたまっている。


 それを吐き出して、妹に投げかける。


「ゆる、助け合おうぜ。お前はどうしたいんだ?」


「私を・・・見るな!!!!」


 ゆるは見られる事を恐れていた。ゆるは俺をきつく抱きしめる。少しは興味を持ってくれたのだろう。非常に力強い愛が詰まった代物である。全身が悲鳴を上げていなければ最善だった。


―――


 「南足ゆる。彼女は非常に記録映えする外見をしている。彼女を被写体とすれば本人以上に美しく映る。そして、それは人間の脳にも言えてしまう。眼球とは生体記録装置だ。脳は生体記憶媒体。それは人が意識する時に経由される。つまり彼女は存在映えするんだよ」


「あららら、失礼ね。私の存在はそこらの低ビットな女の子と違うだけ。お兄ちゃんに見せているのは私の全てだよ」


 ゆるがキスを飛ばしてくる。全くもって可愛い妹である。


―――


 「怖いの。私が見る私と自分で触れた私が違う。私が見ている私はみんなが見ている私より醜い。でもそれが真実なの。私は怖い。鏡も映像も恐ろしい。夜だって怖い。醜い私がやってくるの」


 ゆるは俺の胸で泣いている。それを撫でながら彼女の弱さを聞く。昔からこういうことを良くやった。やりすぎて反感を買った。人生何事も丁度いい所がある。


 「大丈夫だよ。俺はお兄ちゃんだから君を守ってあげる。まあ、出来る事なんて大してないけど、傍にいる事は出来るからさ」


 俺は心の底から出た言葉をぶつける。きっと俺はこういう事をしたかった。恋愛とか性欲とかそんなの関係ない純粋な気持ちが欲しかった。


「ふふ、頼りないね。でもいいよ。私が殴ったり噛んだりしたらみんなどっかいちゃうの。ごめんね、おかしくて」


「いいさ。俺だってまともだけど、少しばかり人生に傾きがあるんだ。お互い欠けているんだ。手を取り合おうぜ」


 俺はぶっ壊れた顔面を向けながら笑う。ゆるはへへへと笑う。まあ、これで少しは心を開いて貰えただろうか。だが苦痛は限界だった。俺はまた意識を飛ばす。


―――


「暴力性を保持するヤンデレとは矮小な存在と定義したが此処まで来ると芸術だね。彼女の暴力性は間違いなく愛だった。その愛が無ければ君はその美貌で傾国の男になっていたかもな」


 戻って来たこの場所で恋愛探偵はそう断じる。


「だったら今の方がいいです。国を傾けるなんて大それた事、望んだ記憶はないですからね」


「じゃあ、君は何を望むんだ?」


 恋愛探偵は素朴な疑問をぶつけてくる。何を望むか、考えた事も無い。与えられ施され注がれる人生だ。今思えば何かを心の底から渇望した事なんて。ただ、望めるなら・・・


「・・・生きたい」


 口から出たそれは。


「生きたい?」


 きっと俺の抱え込んでいた全てだ。


「ああ、そうですね。俺は多分生きていたい。凄く原始的で根源的な渇望です。俺は生きていたい。何かがしたい訳じゃないんです。生きて色んな物を見たい。この町から出てもいい。旅をするのも悪くない。俺は普通になりたい。平凡な生活を送りたい」


 俺の夢を、俺のささやかな祈りを口にする。


 恋愛探偵は嘲笑う。滑稽で仕方がないようだ。まるで出来もしない事を語る子供を諭すような、酷く不快な笑みだ。


「おかしいですか?」


「おかしいだろう?お前みたいな狂人が今さら普通に憧れる?気狂いが今さら善人顔するなよ!春日鳩をぐちゃぐちゃにして、森羅まほろを壊して、たかが義妹を救った風な事をして全て救われて、解放された面して、ここにいる連中が言わないから言ってやる。お前はまともなじゃない。狂っているのはお前だ!!」


 ゆるが恋愛探偵の首を後ろから締める。だが黙らないだろう。俺はそれを止めさせる。頭が痛い。なんだよ、もう、俺が一体何をしたんだよ。


「南足ゆると郭公近友は出会うべきでは無かった。出会ったからこそ、こんな結末になった!!化生と化生、黙って消えれば良かったんだ!!」


 訳の分からない。いや、恋愛探偵はいつだって分かりやすい。これこそが真実なんだ。


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